■ 2003.06.05
thu 「『はたらく』ということ・1 『仕事をする』と『はたらく』の違い」
「はたらく」とはどういうことか。
その語源(というか意味)は「傍(はた)を楽(らく)にすること」であるという。
「はたらく」の本来的な意味は「他者への愛とサービス」と言ったところだろうか。
接客業であれば、お客様を楽にする、あるいは楽しませるために働く。
製造業であれば、その製品が社会の役にたつという意義をもって働く。
また社内においても、ともにはたらく社員を楽にし、楽しませることに努める。
会社全体に対しても、その運営が楽になるよう、ミスを減じ、実績があがるように注力する。
賃金の受給以外に、こういう価値観と動機をもって勤務することが「傍を楽にする」=「はたらく」ということだろう。
それによって、具体的に特別な報酬が支払われることはないが、そこには人格の成長と、誰かを愛するという喜びがあると思う。
労働には、二つの報酬がある。
肉体および生活の維持成長に必要な金銭。
そして、人格の成長と、他者を愛する喜び。
この両方が、本来は必要であり、片方だけでは、労働の報酬としては不完全である。
たとえば「会社に労働力を売る」だけのつもりで、喜びもなく働いていて辛くなるのは、後者の報酬が欠落しているからだと私は思う。
(労働によってえられるものとして、特殊な技術の取得や、興味のある業務への参加権、使命感と誇りなどもあるが、今回ちょっと趣旨が違うので割愛しておこう)
ただ言われたことを、ロボットのようにこなすのは「仕事」だ。
だから鉄工所に出勤するたび、自分に問う。
自分は会社に「仕事」をしに来ているのか、それとも「はたらき」に来ているのか。
どちらのつもりでも、生産効率がかわらなければ、勤務評定において差は出ないだろう。
なのでロボットのように、ただ指示をこなすだけでいいかもしれない。無愛想な先輩への挨拶だって別にしなくていいし、時間になったら納期が近くてもさっさと帰ればいいし、他の従業員がどうなろうと知ったことではなく、自分の責務だけ果たせばいいのかもしれない。賃金は変わらないわけだし。
だが、ただ「仕事」をするでなく、「はたらく」ことでこそ、人格の成長があるのだと、わたしは思う。
同じように仕事をしていても、動機の持ち方ひとつで、ひとのこころはぜんぜん違った度合いの成長をとげるはずだ。それが「傍にいる人を楽にしてあげたい」という、他者への愛とサービスに根差すものなら、それは自然と行動に現れ、その影響とともに、人間の精神は立派な人格に成長をしていくだろう。
ただ、いきなり「他者への愛とサービス」とか言っても、凄いことができるものではないので、やるとしても、最初はほんとうにちいさなことでいい。
たとえば、誰かのためにひとつだけゴミを拾うとか、誰かのためにお菓子のさしいれをするとか、会社のことを考えてちょっとだけ頑張るとか、そんなほんのちいさな「誰かのためにちょっとだけ」でいい。後で恨みになるほどつくす必要も無い。ささやかな利他心、それが感謝されて喜びが得られれば、人間はちょっとづつだけど、温(ゆた)かでうるおいに満ちたこころに成長していく。愛に満ちた立派な人格は、そうして形成されていくのだ。そして、あなたに楽にしてもらった人が「自分も、はたをらくにしたい」と思うようになれば、そのあたたかな連鎖はあなたの環境に広がっていくだろう。
「はたらく」とは、そういうことだと私は実感している。
さあ、今日もはたらきにいこう。
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■ 2003.06.07
sat 「『はたらく』ということ・2 『成長』」
先日の日記で「人格の成長」を連呼した。
今日はこれへの付記として。
社会に出て働くような大人になれば、我々は成長しなくていいか、というと、そんなわけはない。
子供のころの方が成長は著しく、それに適しているのは確かだが、人間は死ぬまで成長し、その人格は練れていくものではないだろうか。
そして、そこをサボった人間が、つまらない大人になるのではないだろうか。
かわいい子供・りりしく美しい少年少女時代・たくましく活動的な青年時代。
そしてここからいきなり嫌な親父やオバサンに転落するケースが、どうも多いように思える。ここでなお成長をしようとする人間こそが、魅力的な大人になれるのだと私は思う。
それこそが人格の成長であり、他者への愛とサービス精神をもって「はたらく」なかで実現されるのだと思う。もちろん、人によってその具体的な「はたらき」の拠点は違い、仕事への愛であったり、家族への愛であったり、業界や地域への愛であったりと様々だろう。
「仕事」に埋没し、業務をこなして金銭を得ることだけを追求していては、こうはなれないのではないか。わたしはそう思う。
40代は自分の顔に責任をもてという言葉がある。肉体的な張りが失われてくると、その下にある精神性が、モロに顔に出てくるからだ。
子供のころは、あるていど親や社会が成長させてくれる。本人の成長を求める気持ちもある。だが大人になったら、自分の精神の成長に、自分で責任を持たなければいけない。
そのためのキーワードが、やはり「はたらく」ということだと思う。
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■ 2003.06.09
mon 「『はたらく』ということ・3 『へこんだとき』」
仕事に失敗したとき、会社に迷惑をかけたこと以上に落ち込んでしまうことがある。
「会社に労働力を売る」ためだけなら、賃金の心配だけすればいい。しかし、それでも精神が沈むのは「満足なはたらき(はたをらくにすること)ができなかったから」という気持ちのせいだと私は思う。
一般的に、仕事の失敗についての処方は、謝罪して、埋め合わせをして、家に帰って「さっさと忘れよう」と眠ってしまうことがおおいと思う。何もやる気にならず、最低限の義務だけは果たすので精一杯という状態に陥りやすい。
だが、これは実は「はたをらくにできなかった」ゆえに生じた精神の落ち込みなので、取り戻すには忘れるのではなく、逆をやればいい。
だからこういうときは、誰かの役に立つことをする。これが実は、一番の回復方法だ。
気力がなくなったからと落ち込んだり寝てしまったりすると、かえって逆効果である。鬱々と無気力状態が続き、さらにミスを犯してしまうという悪循環になりかねない。
これは、会社、もしくは社会に借りをつくったままの状態、いわば目に見えない負債をもった状態なので、返済は早いに越したことはない。すぐに、できればその日のうちに借りを返しておこう。
仕事の借りなので、仕事で返すことができれば一番いいが、そうもいかないときもある。
そういうときは、人知れず会社のトイレ掃除などしてみよう。
これは別に、掃除でも、お菓子の差し入れでも、なんでもいい。
利他的行動。誰かのために、公共のためになるはたらきを、ちょっとするだけでいいのだ。
これで、落ち込んでいた精神が、不思議と回復する。(わたしだけ・・・じゃないと思うけどどうだろう)無心に掃除をしたあとというのは、けっこう晴れ晴れとした気分になるのだ。
経験から言って、普段は誰もが嫌がるような仕事をやる、というのが実は一番効果的に回復できていい。
効果的、というか燃えるのだ。
そして、名誉欲へのすり替えや誤魔化しにならないように、人に見られないところでやるとさらに燃える。
「失敗を気にしろ。だが、落ち込むな」という言葉があった。
最初に聞いたときは、いい言葉だけど具体的にどうすりゃいいんだと思ったものだが、いまは分かる。
失敗を気にして、ミスを二度と繰り返さないこと。これは作業をモノにするまで肝に銘じて気をつけたり、ミスが起きないようなシステムを自分で考案するなどで出来る。
そして「落ち込むな」の方。
これは「はたらく」ことで、へこんだ精神を埋め合わせればいい。
ただ、これはあくまで個人的な精神のアジャストに過ぎない。
こうして、仕事の失敗を具体的に取り返せるチャンスを待とう。
自分はいま、過去の経歴から考えると、あまりにも畑違いな職業に就いている。
工業高校や高専をでた人には当たり前の、基本的な機械に対する常識も、わたしは全く知らない。だから鉄工所での勤務は、日々ミスの連続だ。
一度したミスはそのたびに憶えるので繰り返すことは少ないが、それでも処理済みと未処理の箱を間違えるなど、ごく初歩的なミスをして会社に迷惑をかけることもある。そういうときはやはりへこむものだ。
だからわたしは、ほとんど毎日トイレ掃除をしている。
もちろん自主的な行動だ。それまで誰からもかまわれず、鉄粉にまみれてスゴイ状態になってた工場のトイレは、だいぶキレイになった。
そしてそのおかげで、昨日のへこみを持ち越さないで、今日もはたらくことができている。
そしてそのおかげで、わたしのミスも、だんだん減ってきているようである。
おまけ
ところで、誰かのためにと働くことで精神が浮上するのは、社会的なスジを通したから、というのもあると思うが、もうひとつ理由があると思う。
それは、失敗してへこんでしまい、エネルギーが空(から)になってしまっても、それでも誰かのためにと頑張る、マイナスを辞さない行動を選んだ人間に、はたらくひとの女神(声:井上喜久子)が、エネルギーを注いでくれるからだと、わたしはなんとなく思っている。
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■ 2003.06.12
thu 「鉄騎」
ロボットものが好きな友人と、カレーのココイチでゲームの話をした。
実際にはいくつかの別の場所で、何度かに分けて別の複数と話したのだが、不思議と話題が噛み合ったのでまとめて書いてみようと思う。
いつものことだが、たまにある説明台詞など不自然な善意は脚色であるので。念のため。
「天野さん、最近ゲームなにかやってる?」
「クロカワにきてからこっち、やってないですよー。PSもDCも未だに開梱してないし」
「最近は、ギャルゲーばかり・・・というか、それすらまともにやってないけど」
「ゲーム履修歴というと、もうバーチャロンくらいまでさかのぼるぞ俺」
「あ、でも、欲しいというか注目してるのが『鉄騎』」
「あー」
「 X-box のあれね」
「うん、あれは色々そそるぞー。すごい硬派なゲームだし。そろそろ安くなってきたし」
「『VT』と呼ばれるロボットを操縦して戦うゲームなんだけど、専用のコントローラーがいいよね」
「ボタンだけで40個以上、(↑)コントロールレバー×2、(↑)フットペダル×3」
「ゲームはなんか暗くて重苦しい世界観だし、ガンダム、っていうよりボトムズか?」
「こ、この、ロボットの起動からマニュアル(手動)で行わなければならないっていうのが、まず燃える」
「スタートボタンを押せば戦闘が始まるようなヌルいゲームではないわけだ」
「こう部屋の電気を消して、薄暗い中でトグルスイッチを入れていくんですよ」
「次々に!」
「パチパチと!」
「バイファムのオープニングみたいな感じかな?」
「ビッグオーかもしれない」「ドラグナーもそんな風だったな」
「モニターに灯が入っていくところなんかは、ガンダムウイングの後期オープニングかも」
「たくさんのスイッチで徐々に起動していくのって、ロボットロマンの基本だよな」
「操作に応える機体のレスポンス(ボタンのLED点灯と、サウンド)が快感だろうなあ」
「このへん、双脚砲台(EGコンバット)の起動演習みたいでもあるよね」
「GARPを動かすって考えてみると、やっぱりやってみたいよなあ」
やってみよう起動演習( 起動体験版 )
「す、すげえ燃える!」
「でもこれ、たぶん全人類の五分の四くらいには、何が面白いのか分からないような気がするな。『だからなに?』とか言われそう・・・」
「いいんだよ、不適格者はほっとけ!」
「あと、鉄騎で特徴的なのがセーブデータの扱いですよ」
「作戦の遂行によって物語は進み、セーブはミッションクリアごとに自動で行われるらしいが・・・」
「戦闘時に、機体が損傷限界を越えると爆発。その際、脱出に失敗するとパイロット死亡でやりなおし」
「ここだけ聞くと普通のゲームらしいけど・・・」
「パイロットが死んじゃうわけなので、
彼の生命もろともにゲーム機内のセーブデータも消える
のだよ、これが」
「うわー」「つまり脱出に失敗したら、ゲームスタートからやりなおしか・・・」
「ついでに、脱出に成功しても次の任務用に機体を購入しないといけないから、あまりやられてばかりいると資金(補給ポイントというらしい)が底をついて、クリア不可能になるとか」
「ひええ」「実に硬派な」「俺も最初きいたときは、ネタかと思った」
「アーマードコアで、移動しながらの照準がつけられずヒイヒイいってた人間にクリアできるのだろうか・・・」
「アーマードコア(1)では、破産しちゃうと『ファイトマネー稼ぎ用のマシーン』として強制的に脳改造されて、人間をやめさせてくれたもんな」
「あれは親切だったよね」
「・・・それ親切か?」
「で、やっぱり注目するべきなのは筐体、というかコントローラーだな」
|
「でかいー」
「ふつう部屋に置けないって」
「アフターバーナーの筐体を自分の部屋に持ち込んだひともいるけどねー」
「あ、クロカワなら置ける。しかも家によっては『鉄騎専用室』を設けられるかも! 和室だけど」
「フットペダルがあるのがいいな。これでガンダム系のゲームやれたら面白いのに」
「『鉄騎』以外に対応するゲームがでるとしたら、コントローラーに拡張性が欲しいね」
「必殺技系の操作キーとして『透明のスイッチカバー叩き割り式』ボタンのユニット(別売)が欲しい」
「『ガッチャマン』のバードミサイル、というより・・・」
「『ガオガイガー』のファイナルフュージョン・プログラムドライブ用みたいなのな」
「でもあんなの危なくて売れんだろう」
「卯木命(うつぎみこと)の右手は傷だらけだろうしなあ」
「大丈夫、PL法対策として、専用グローブをつければいいんだ。あと、スペアカバーは100枚別売りで」
「俺、そのボタンだけほしい」
「プリンセスメーカーやるとき、最後の選択肢をこれで押すといろいろたまらんだろうな」
「あ、あと、自爆スイッチのユニット(別売)も出して欲しい!」
「カバーとか無くって、むちゃくちゃ押しやすそうなやつ」
「自爆は男のロマンですから」
「で、起動・爆破のあと、強制的にユニットがモニターに干渉して、ドクロの形をした煙のグラフィックが立ちのぼる、と」
「どこか作ってくれないかあ。売れないだろうけど」
「ところで、誰か X-box ってもってる?」
「もってない」
「『DVD切削機(研磨機だったかな)』の異名が恐くて買えない」
「ああ、初期のはディスク外周に傷がついたって話だな」「いまは大丈夫だろうけど」
「ディスクの再生やゲーム自体には問題ないらしいよ。外周だから」
「この間みたら、中古のショップで、本体とDVD再生キットつき17000円だった」
「本体が17000円で、『鉄騎』のソフト(+コントローラー)自体は、13000円くらいから中古であるみたい」
「安くなったなあ」
「いま三万円すきに使っていいよ、って言われたら本体と『鉄騎』かうかも」
「買う買う」
「でも置き場所がない」「これ、本体の方もかなりでかいからなあ」
「天野さん買えばいいのに」
「うーん、『鉄騎』のためだけには買えない。・・・でも」
「でも?」
「『痕』の古い方がフルボイス(千鶴さんの声:井上喜久子さん)で X-box に移植されたら買うかも!」
「・・・・」
「いや、むしろ買わせてください!」
「ぬう」
「そういえば、ドリームキャストは音声付きの『AIR(の裏葉さん(井上喜久子さん)の声)』のためだけに買っていました!」
「俺だって『N.U.D.E.@』がメイドロボ育成ゲームだったらいまごろ X-box
買ってたぞ!」
「そうだ、P.A.S.S.のコスチュームがG3マックみたいな青白メタリックじゃなくて、ピンクのセーラー服で、顔がもっと、こう、マルチみたいだったら、私だって間違いなく買った!」
「いや、あれがセリオ顔で声が根谷さんだったら、もうひとたまりもなく買ってたでしょう! もちろんちゃんと寺女の制服の!」「そしてネコミミの!」「むしろメイド服の!」「もちろん眼鏡の!」
「おまえら、脱線したまま突っ走るな」
勝手なことをいいつつ食べたカレーオムライスは、けっこう美味かった。
ロボットへの硬派な燃えはもう充分なので、ここにギャルゲチックな萌えさえ加われば、 X-box はもっと売れそうである。
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■ 2003.06.14
sat 「操演」
薩摩剣八郎という人物がいる。
平成ゴジラのスーツアクター、というか「中の人」として有名な人物だ。
彼は、ゴジラの中で演技をするとき、いつも大声で叫ぶという。その声は、とうぜん映画には残らない。ゴジラの声は、コントラバスなどで作成された正式な音声でアフレコされるのだから。
だが、彼の咆吼には大きな意味がある。
怪獣というのは、決してひとりで動かすものではない。分かりやすい例でいえば、口や尻尾など、中に入った人間ひとりでは動かせないパーツがある。それを操作してくれるスタッフに、ゴジラの動きを、いや気持ちを伝えるために彼は絶叫し、吠えるのだ。
スタッフの呼吸が合って、ゴジラがひとつの生き物になったとき、はじめて怪獣に怪獣としての生命感が現れるのだという。たしか川北監督の話だった。
「で、なにが言いたいかといいますと」
「ん?」
「次回作の『鉄騎大戦』では音声による通信で連絡を取り合いながら部隊を進行させていくゲームなので、次々回作では、いっそ合体モノにしてはどうかと!」
「日記、続いていたのか!」
「『大戦』の方は、部隊を構成する各員が、指示を出したり、要請を受けたりして、戦闘を進めていくみたい」
「シミュレーションゲームっぽいね」「どんどん硬派になっていくなあ」
「でも、せっかくこれだけのコントローラーがあるんだから、スーパーロボット(の操縦)的なゲームも出して欲しいんですよ」
「で、合体なのか」
「ここまで来たら合体でしょう!」
「だいぶん飛躍してるような気もするが・・・」
「全員のこころがひとつにならないと合体できない、とゆー設定が、いまこそ生きてゲームとなるのです!」
「じゃあなんだ、次々回作のオプションは脳波計か」(次回作「鉄騎大戦」では、ボイスコミュニケーターが必要)
「その上、ロシア語で考えないとミサイルも撃てないとかな」
「王道は、五人の仲間で合体だね」
「足首担当、脚部担当、腰担当、腕担当、指揮担当?」
「足首(南原千鶴)はむしろ萌えとお色気担当ってことで」
「操縦は、指揮担当が音声で指示を出すわけだな」「で、ネットワークで参加してる隊員は操縦で応えるわけだ」
「左足一歩前に!」「右手正拳準備!」「腰部回転!」「ブロークンマグナム!」「そしてチチゆれ!!」
「これで『ダイラガー・フィフティーン』みたいな15機合体だったら、きっと一歩も動けないだろうな」
「だんだんチームワークが出来てくれば、きっと、指揮担当はただ「うおおお」とか叫ぶだけで、ゴジラのようにロボットを操れるようになるでしょう」
「あ、次回作から音声が利くなら、やっぱりアレだ、音声入力による必殺技!」
「全員の声がハモらないと、コマンドが実行できないとかな」
「カバー付きスイッチに、自爆装置に、とどめが音声入力。それで次々回作の『鉄騎(VT)』は何と戦うの? 宇宙人? 怪獣?」
「もちろん、高層ビルですよ!」
「天野さん、趣味かわってないね・・・」
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■ 2003.06.16
mon 「バランスチェア」
いま借りている家は、部屋は広いが、天井が低い。
実家の方では、パソコン環境として高い机に椅子を用いていたが、ここでは座卓にせざるを得なかった。
だが、多少やせたとはいえ、長時間の正座やあぐらはつらい。
なので、せめていい座椅子を買おうと思った。
そうして結局かった座椅子の値段は、14800円。(定価は19800円)
現在、クロカワへの引越にあたって新調した中では、うちで一番高価な家具である。
座椅子と言っても、普通のものとは構造が違う。
俗に言うバランスチェアーだ。
※ このタイプは、下部の膨らんでる方に膝をあて、座席に腰掛けて、その下に足首を入れます。
(ノルウェーHAG社のバランスチェアを販売しているホームページ)
名古屋の家具屋で試しに座ってみたところ、驚くほど快適な座り心地だった。
「椅子に座るのが気持ちよくて驚く」というのは、そう無いと思うがどうだろう。
これはホントに衝撃的で、注文したのはほとんど衝動買いに近かった。(ネット上でいちばん安いところを探したけど)
入金後、すぐに椅子がとどく。座椅子型の「バランスマルチシット」という商品だ。
座り方がわからないうちは、どうもしっくりこないが、これがサイズ調整など完了して、体重の預け方などが掴めてくると、感想は「すばらしい」の一語につきる。
長時間すわっていてもまったく負担らしきものを感じないし、背筋が自然と伸び、姿勢も正されてくるようだ。
椅子にカバーがないので、自作しなければならないこと(なくても別にいいけど)と、真にバランスをとった使用状況にするには、椅子にあわせて座卓の高さを調整(木材で下駄を造った)しなければならないなどの手間がかかるが、それくらいまったく辞さないほどの魅力が、この椅子にはあった。
日記や絵など、座って作業することの多い人間としては、この椅子を中心に構築してこそ、理想的なデスク環境ができた感がある。
それまでは、1500円くらいで売っている座椅子を使っていた。最初はこれでいいかと思っていた。
だが、実物のバランスチェアを使用していると、値段の価値が充分にあったことがよく分かる。もう手放せない。
この椅子(とデスク環境)は、ほぼ理想的だと思う。不満はまったくない。
だが、理想という点で、無制限に追求させてもらうなら、やはり
いっそ、こーゆー座り心地クソ食らえの、具合の悪くなりそうなゴツい椅子(いちおうキャッシュ1・2)で
こんな感じの、光る計器がたっくさんついたコンソールや、用途不明のスイッチパネルなどが無闇についたデスク周りに、壁面を埋め尽くすハメ込み式のモニターという、宇宙戦艦ヤマトの艦橋内のごとき、こう、絶対に住宅の方が位(くらい)負けするようなパソコンデスクが欲しいものである。(画像は「STATION
T.T.B.」より)
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■ 2003.06.17
tue 「夢も抱かずに額に汗している多くの者たち」
ここの生活は、あいかわらず天国だと思う。
日曜休みだけの週6日勤務だが、それでも定時でキチッと終わる鉄工所の仕事、その後のスポーツジムにでも行く感覚の畑作業、あとは家事をし、アニメを見、本を読み、ネットを巡回し、日記や絵を描き、そして寝る。それだけだ。喰うに困らないし、水も空気も食べ物もうまい。およそストレスらしきもののない天国生活であると思う。
だが、ここにきて三ヶ月。
「ものを考えること」がやりにくくなってきているのを感じる。
鉄工所での単純作業のせいかもしれないし、なにも考えなくていい環境のせいかもしれないし、あるいは単に歳のせいかもしれない。
そしてもうひとつ。週6日勤務というシフトと、家事をはじめとする日々の生活に追われて、いろんなことを思索する余裕がないからかもしれない。時間はあるのに、何かを考えたり絵を描こうという気力が起きないのだ。なので日記や絵よりも、ついアニメや読書などの、受け身の刺激に身を任せてしまう。
こんなことを感じるようになったのは、自炊の一人暮らしをはじめたからだと思う。
いままでは実家の世話になっていたので、仕事から帰れば、あとは全部自由時間だった。
いわゆるパラサイトシングル。家に、とりわけ母に頼っての甘ったれた生活だった。そして、衣食住にこまらない生活である。
だからこそ、いろいろなことを考えることができていたのだと、いまさら実感する。
「猫の地球儀」(電撃文庫・秋山瑞人)で大集会の僧正(猫)が言っていた。
「わしもぬしも、その誰かも、他の者たちが懸命になって社会を動かしてくれているからこそ、そこに寄りかかって生きていくことができる。わしらに少しだけ余計に物が見えておるのは、他の誰かがその分だけ盲(めしい)ておるということなのだ。自分でネズミをとらんでもわしらの食う分はそこにある。わしらはネズミを自分で獲る手間が省けてヒマができる。そのヒマから物は見えてくる。じゃあ、わしらが食ったそのネズミを獲ってきてくれたのは誰じゃ?」
鉄工所のパートさんたちは、家を支えるために仕事に来ている。家事をし、育児をし、鉄工所につとめ、亭主を支える。ただ黙々と。
空想の世界に、我々がうつつを抜かすことができていたのは、私個人においてはやはり母であり、そしてパートさんたちのような人が、社会や生活を支えていてくれたからである。
家事をするようになり、第一次産業である製造・生産に関わる仕事をしていると、そういうありがたみが、わずかながら分かるようになる。そして、夢を追うということがどういうことなのかも。
「土を盛って山を造れば、どこかに必ず穴ができるのだ。そもそも、そやつがそんな夢を抱くことができたのは、そんな夢も抱かずに額に汗している多くの者たちがいてこそなのだ。周囲の無理解はむしろ当然の反応にすぎん。しかし、そやつにはもはやそのことが理解できん。『我こそは大志を抱きし覚者である』式の孤独な優越感が芽生え、いつまでも無知な周囲の者たちを見下し、ついには憎むようになる」
夢を追うことは、誰もが憧れる生き方である。
あるいはアマチュアながら、優れた才能をネット上などで発揮することも、憧れであろう。
それは、立派で理想的で格好良くてクリエイティブで高度で尊敬すべき道に見える。
だが自分は、いま立っているこの土台を、まさか自分の努力や才能だけで造っているなどとは、ゆめゆめ思うまい。
絵を描けることも、文章を書けることも、田舎暮らしが出来ることも、生きていくことのなにもかもに、この借り物の土台があることを、そして、それへの感謝を、けっして忘れまい。
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■ 2003.06.18
wed _01「GWのできごと・1」
先月のゴールデンウイークにあった出来事は、記録の上では、「脳内オフ会」と「実体オフ会」だ。
これはともに日記に書いた。
だが、その蛇足として軽く触れたが「まだ笑い話にならない」からと、書いてないことがある。
文月さんの家に泊めてもらってから向かった「用事」のことだ。
彼に駅まで送ってもらったとき、気を使って遠回しに聞いてくれる文月さんにも、用事のことは語れなかった。話してはいけないような気がしていたからだ。
「用事」とは、婚約者に会って話をすること。
そして彼女に対して、理屈で武装してしまうのを自分は嫌った。後で悔やまないように本音を言おうと思った。
だから、できるだけいろんな人と会って精神を疲れさせ、本音が出やすい状態にしておく必要がある、などと計画していたのかもしれない。この突発的なオフ会に、わざわざ集まってくれた人をこんな風に利用してしまったのかもしれない。
本来なら、この用事が確定したときから、誰とも会わずに、ひとりで時間をすごし、このときを迎えるべきだったのだろう。
自分は、そうやって追いつめられるべきだったのかもしれない。それが誠実さというものかもしれない。
だが、この苦悶にみちた時間に、いっときでも楽しいオフ会にすがらなければ、きっと、わたしは耐えられなかっただろう。弱音だが、そう思う。
だから、ゴールデンウィークにあのオフ会があったことは、二重に助かったのだ。
営団千代田線に乗って、目的のある駅へ向かう。
そこに住む婚約者と、別れ話をするために。
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■ 2003.06.18
wed _02「GWのできごと・2」
婚約者であるゆっこさんのことを、日記でなかなか書けなかったのは事情がある。
ネットだから、ということもあったが、それ以上に、
わたしが確信をもって語れるほど彼女のことを理解できていなかったからだ。
いまもってできているとは言えないが、せめてこれまでのいきさつを書いておこうと思う。
最初に会ったとき、まちがいなく私の方が先に彼女を愛した。というより彼女にはわたしとつき合う気など、まったくなかったのだと思う。彼女は看護婦で、もう10年近いキャリアをもってる勤務者で、そして自分のことをよく分かってなくて、そして子供だった。精神が幼いというと、彼女は認めながらも怒るかも知れない。そして、私はそのあたりのことなど、ほとんどどうでもいいくらいの盲目さで、彼女を愛した。
彼女はある意味で強靱であり、同時にとても不安定で脆かった。女性というのはみなそういうものかもしれない。
だが、わたしの過去を背負わせても潰れない女は、こいつしかいないと思った。
このひとと結婚しようと思った。
一方で、結婚しなくてはいけない立場であり、しかし、結婚したいなどとはまったく思っていない。
その矛盾を抱えているのが彼女だった。
彼女は、看護婦の仕事をこなし、たぶんひとりでも生きていけるであろう非常に自立した女性である。たぶん私が現れなかったら、彼女は誰とも結婚しようとは思わなかっただろう。
彼女には、他者に積極的な関心をもてず、どこかこころが開かれていないところがある。本人も自覚はしているが、だからといって、すぐにどうにかなるものでもない。彼女の性格としての本質的な部分かもしれないが、看護婦という職業がそれを固定してきたのかもしれない。昨日まで笑いながら話していた患者さんが、今日には冷たくなってるのが日常の世界で、彼女はこころを開かずに、情を動かさずに機械的にやっていく道を歩んでこざるを得なかったのかもしれない。
わたしは、媚びず、甘えず、そして他者との関係を形式ですます彼女を、それでも愛した。だが、つきあうほど、愛するのが難しい人だという感触が蓄積されていった。
だから、こんな難しい女性を愛するのは、他のどんな男でも無理だろうと思った。
だから、彼女を愛せるのは、自分しかいないと思った。
でも、その自信に根拠はなかった。だから、もっとすごい男にならなくては、とわたしはずっと思っていた。
なにか仕事ができたとき、あるいは「夜想曲」で過分な評価をいただいたときも、その虚ろなる実績を握りしめてに「自分は凄い」と己に言い聞かせていた。傲慢になることも考えられたし、実際そうなってしまったが、それでも彼女を愛せる自信を維持していなくてはいけなかったから、高慢という自身の堕落を甘受した。
常に自信を維持してなくては、彼女を愛していけないと思っていたからだ。
彼女は結婚したいとは思っていない。でも、結婚しなくてはならない事情があったから、わたしとの結婚を承諾した。うれしかったが、彼女の方は、酷く素っ気なかったことを憶えている。三年半ほど前のことだ。
しかし、そんな義務感や使命感で結婚などできるものではなかった。
わたしは彼女を愛したが、彼女にその気はない。だから、こちらからの一方的なアプローチが続く。そして彼女からの、実に事務的な返事が返る。あるいは、なにも返ってこなくなる。わたしだけが、滑稽なくらいに彼女にちょっかいを出していた。約束も取れないので東京まで押し掛けてみれば「ムカつく」「いまは結婚のことなど考えられない」との返事。思えばこのときが彼女のいちばん不安定なときだったのだが、当時はこちらもそんな気持ちの余裕はない。この態度を彼女の私に対する甘えであると、割れガラスを呑み込むような思いで無理矢理に受けとめる。「そんな気持ちなら、なぜ結婚を承諾したのか」という言葉をなんとか抑え続ける日々が続く三年間。もともと自分の考えていることを整理したり、人に話すのが苦手なひとである。本心を語ってくれない彼女に「書店を辞める」決心を伝えた。仕事が大変だということもあったが、その動機は、彼女との家庭のためだとして。だが彼女は反対も意見もなく「止めない」とだけ言った。その後、悩んだ末に「田舎で農業をやる」という話をぶつけてみた(「田舎暮らし」とはそのとき考え至っていなかった)。書店をやめて農業というのは、自分でもあまりに理想を追いすぎている夢だと思った。だからこれで彼女が考えていることもわかると思った。生半可な気持ちでついてこれる世界ではないはずだ。だが、彼女は結婚を前提に、あっさりとそれを承諾した。どういうつもりなのか、まったく不明だった。これも、彼女の「結婚しなくてはならない」という事情と義務感によるものなのかもしれない。ただそのとき、彼女が結婚後の人生に対して、ああしたいこうしたいという具体的な夢や希望を何も持ってないこと、そして、わたしに対しても、それほど関心をもっていないことだけが、嫌と言うほどわかった。彼女はとにかく「結婚」という形式を得られれば、それでよかったのだ。(たぶん)
それがどんなに無条件な愛だったとしても、なにも報われるところがなければ、その愛は傷つかざるを得ない。
わたしの愛が無条件のものであったかはともかく、ある決定的な一打と一言があって、わたしのこころは折れた。情けないのでここでは書かない。
「もうダメだ」、という一番嫌いな、しかし最も恐れていた言葉が、抑え難くして胸中に膨れ上がった。
こんな状態で、家庭などとても持てないと思った。だから、彼女と別れようと思った。
彼女と出会ってからいままで、彼女を愛することが、わたしの人生の目的だった。
わたしの人生の成功条件は、彼女を愛し、そのこころを解放すること。
失敗条件はそれ以外のすべて。
あるときからの私の人生は、ただ彼女を愛せる立派な男になるための訓練期間となった。
でも、もうそれも手放そうと思った。書店を辞めたこと、田舎暮らしをしようと思ったことは、彼女との生活にできる限りの時間と精神力を投じたいと思ったからでもあった。でも、これももう手放そうと思った。
彼女のために張り続けていた虚勢を、もう張らなくていい。想像するだに、ものすごい解放だと思った。
そうなったら自由の身だ、あれをやろうこれをやろうと考えた。それはきっとごく刹那的なもので、半月ほどでやり尽くせるようなものだったろう。でもわたしにはとても魅惑的に思えた。しかし、少しだけ考えて「その後」を考えることを封じた。不安に駆られて、あれこれ未来のことを考えてしまうのを、苦労しておしとどめた。彼女と完全に別れる前に次のことを考えるのは、不倫だと思ったからだ。
そうしていま、彼女のすむ部屋の前まで来ている。
朝六時。寒くはなかった。
せめて寒さで震えれば、それが彼女と別れるという絶望感に錯覚させてくれたかもしれなかった。
でも、わたしはもう、ずいぶん前から、彼女に対するそんな感傷すらも枯れていたのだ。
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■ 2003.06.18
wed _03「GWのできごと・3」
意外な展開だった。
コーヒーを淹れてもらって、彼女と差し向かいで話をしながら、ぼんやりと考えた。
だが、どう考えても、見当がつかない事態だった。
わたしが彼女との結婚をあきらめた、まさにその時期から、彼女は一転して「結婚したい」と思うようになっていた。
・・・らしい。
会ってびっくりした。このところ私が、愛したくとも愛せないという(いま思えば手前勝手な)恨みとともに抱いていた彼女のイメージが極端に悪かったせいか、比べて、現状の実物は、まるで別人だった。
「結婚したい」
この言葉を、この耳できいてることに現実感がなかった。
脳の冷静な部位が、その言葉を受けて「血痕死体」と誤変換を延々と繰り返していた。こっちのほうが現実味があったくらいだった。「ひょっとして騙(だま)されているのではないか」と思うくらいには、このときの私の精神はヤサグレていたからだ。
結婚しようと言い続けていた私と、それから逃げ続けていた彼女。
しかし今は、別れようと言い出した私と、結婚したいと言う彼女。
この構図の逆転が信じられない。
だから、申し訳なさそうに顔色をうかがってくる、いままでにない彼女の態度を、にわかには信じられなかった。人間が、そんなにすぐに変わるわけがない。急にわたしという存在が惜しくなって、いまだけを取り繕っているのではないか。そんな風に、わたしはもう完全に彼女のことを不信していた。
いままで、こころないことをいろいろ言った、と彼女は謝った。
もとより「ここで別れるとしたら今後の彼女のためにいろいろアドバイスをして、理想的なエンディングとしては双方にわだかまりなく笑って別れる」とゆー極めて甘ったるいプランを考えていた私は、ここで一転、アドバイスしようと思っていた内容をとっかかりに、つまり、彼女に対していままで呑み込んできた恨み辛みのすべてをぶちまけた。
彼女はうんうん、と聞き、何度も何度も謝った。
自分が何を言っても受けとめてくれるから、甘えていたと彼女は言った。
でもやっと、この結婚の価値がわかったと彼女はいった。
わたしは男性が持ちやすい「女性を守らなくては」という使命と誇りに、とらわれすぎていたのかもしれない。
情けないくらい弱音を吐き出しながら、こころの片隅でそう思った。
一方的に、女性を弱者と決めつけて、ただ守る努力をすることで男性的な自己満足を得ていたのではないかと。
男女の関係が家庭に発展していくとき、あるとき男性は息子であり兄であり弟であり夫である父である。
そして同じく、あるときに女性は娘であり妹である姉である妻であり母である。
わたしはただ盲目的に、彼女を、父か兄か夫として、上から愛することだけに捕らわれていた。
くだらないプライドだった。
義務感に捕らわれていたのは、わたしだったのだ。
吐いて吐いて、彼女が謝るたびに、胸のなかがすっと楽になっていった。
気がついていなかったが、こんなにも自分は溜め込んでいたのかと思った。
そうして、激闘6時間。
彼女も無理をしていたし、わたしも無理をしていたことが、やっとわかった。
考えてわかること、手紙で伝えてわかること、電話で話して伝わること。それにはやはり限度がある。
思いを直接ぶちまけることができなかった日々に、それを伝導率のわるい手段で誤魔化してきた日々に、その三年間に、重ねつづけた誤解を、これから解いていこう。彼女との会話は、途中からその作業になった。
離れていた間の、お互いのことを話した。彼女がなにを考え、どうして結婚したくないと思っていたのか、それがすこしづつわかってきた。なにせいまは、すっかり立場が逆転し、わたしの方こそが、かつての彼女のように「結婚したくない」と思い、彼女に素っ気ない態度をとってしまっているのだから。
運命論者ではないが、こうなることは、わたしと彼女が結婚の約束をしたときに、すでに定められていたことだったのかもしれない。
夫婦となる者同士は、運勢を共有するという。個人が持っていた課題や、乗り越えるべき試練も、配偶者とともに持つようになるのが結婚の一面らしい。
それぞれに乗り越えるべき課題があって、吐き出すべき毒があって、そこに何らかの運命の輪があるなら、こうやってお互いに許し合って、グルグル回りながら生きていくのが、夫婦という関係性なのかもしれない。
これは、婚約からはじまってしまった長い長い片恋だった。
だから、私がずっと握っていたこの手を離したら、それでこのカップリングは崩壊すると思っていた。
でも、離そうとした瞬間に、その手を彼女が握ってきた。
わたしにはいまだに彼女のなかでどんな変化が起きたのかわからないし、この状態がいつまで続くのかもわからない。
でも、この手に、いまは握られてみようと思っている。
これからも、幾度も修羅場やケンカがあるに違いない。もとより難しいカップリングであることは、この三年半で骨身にしみて分かっている。そのたびにまた、毒を吐く方と、許す方が、グルグルと立場を代えて回り、そうして、ひとつの丸い円満な家庭になっていくのだと思う。
ただそれは、このはじまったばかりの恋らしきものが、これからの試練を全て乗り越えられれば、の話だけれど。
そう、弱音を、吐いておこう。
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■ 2003.06.18
wed _04「GWのできごと・4」
この三年半を、ぜんぶ裏返して話した6時間。
ここに来るとき想定していたのは「別れ話」だった。と言っても、結婚する気のなかった彼女に愛想を尽かしたことを伝えるだけなので、ごく寂しく短時間のうちに終わると、わたしは思っていた。したがって状況終了後は、どこかで時間を潰して昼過ぎにでる高速バスに乗り、東京から名古屋に着ければいいと予定していた。だが思いっきり予想を裏切られ、朝の6時から話し始めて6時間(うちわけはいろいろだが)が、このとき経過していた。
振り返れば長かった語らいの、最後の方。
「わたしのことが影響して、夢をあきらめるような形になってしまったなら」
申し訳なかったと彼女は言った。
「わたしはついていくから」
あなたの好きな、やりたい仕事をやって欲しいと彼女は言った。
ここまで来ても、このひとの口から「あなたについていく」なんて言葉がでることが信じられなかった。
なにが彼女をここまで変えたのか、いまだもってわからない。
彼女も自分の心情を言葉にするのが苦手な人だし、変わったといっても「変わってしまった」のではなく「変わりはじめた」ところにいるのだと思う。不安定なところがあるひとだし、またそのうち「やっぱりやめ」とか言い出すかもしれない。意地っ張りなところがあるので、口には出さないかもしれないが。ともあれ、自分がどうかわったのか、本人もよく分かってないかも知れない。それは、何年かして今を振り返ったときに、やっとわかるような変化かもしれない。
だが、こうして二ヶ月近く以前の出来事を日記に書き直していて、ふと思う。
わたしは彼女が変化したと捕らえていたが、
実は彼女は、最初からずっと変わらず「ついていく」つもりだったのかもしれない。
言葉は違ったが、農業の話をしたときの返事は、同義だったように思えるのだ。
ただ、いままで言い出せなかっただけで。
ただ、わたしが受けとめていなかっただけで。
そして、この「やりたい仕事をやっていい」という言葉。
彼女は、わたしになど何の関心もないような素(そ)振りをしていても、実はわかっていたのかもしれない。
わたしが、こころの底では「やりたい仕事」を我慢していることを。
「やりたい仕事をやっていい」その言葉で、自分で自分を縛っていた鎖が、異音を発して外れていった。
それは、「彼女のために」「家庭のために」そう思って背負い込んだ鎖だった。
それにこだわらなくてもいい。なぜなら、わたしに引っ張られるだけの存在に思えていた彼女は、もう自分の足で、家庭出発への道を歩きだしているから。
ああ、この人は、もう大丈夫なのだ。そう思った。
そのとき
「俺は、やっぱり、書店の仕事が、やりたい」
口から言葉がこぼれた。
彼女にとって「田舎暮らし」が恐かったからかもと、ちょっとだけ邪推したのはわたしだが、彼女は満足げにうんうんと頷いた。
「すきなことをやっていい」と言ったとき、彼女は、
偉そうに田舎暮らしの理想を語るわたしが、実は書店に未練を残していたことを、わかっていたのだと思う。
おそらくは、夏草戦記の読者さまや、農的生活の素晴らしさの話を天野から直接きいた人ですら、皆、
「天野拓美は、田舎暮らしに惚れ込んでいるようだし、一生クロカワでくらすんだろうな」と思っていただろう。
だが、誰もがそう思っていたそのとき、
彼女はたぶん、わたしの本当のところがわかっていたのだ。
参ったな、と思った。
わたしは書店を辞めるとき、「彼女のために」と言っていた。もちろんそれは本気だったが、その動機には、彼女をダシに激務の書店から逃げ、彼女をダシに安楽な田舎暮らしをはじめたいという気持ちもあったのかもしれない。
そしてそれも、彼女はわかっていたのかもしれない。
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■ 2003.06.18
wed _05「GWのできごと・5」
ホントに最後に
「わたしは情の幅がなくて、(自分のこころは)薄っぺらいものなんだなと改めて感じた」
だから、もっと関心を持とうと思う、と彼女は言った。
その言葉は、たぶん、わたしに対して言ってくれているのだと思う。
あいかわらず、かなり推察しないとほとんど伝わってこないような、下手くそな言い方だったけど。
ふたりで駅まで歩く。
彼女がまだ何の話もしてくれなかったころ、ここで一度、手をつなぐのを拒絶されたことがある。
どちらかというと握手に近い行為だったが、それを断られたことがあるのだ。
結婚の約束をした後だったのに。
切符を買った後、改札に向かう前に、すっと手を出すことができた。
同じ駅、同じタイミング、そして同じゆっこさん。
あたりまえのように手を握ってくる彼女。
ここで手を取り合わないわけがなかった。
でも、ふたりともドキドキしていた。
彼女の目に、あふれるほどの安堵の色があった。
今日のことは、ゆっこさんもきっと心配で仕方がなかったんだと思う。
口に出して彼女は何も言わない。
でも、その顔中に「よかった」と書いてあった。
たぶんはじめての、笑顔の見送りだった。
こうして、東京での試練の日は、終わった。
わたしたちは、たぶん乗り越えられたのだと思う。
高速バスには、けっきょく乗り遅れたけど。
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■ 2003.06.18
wed _06「GWのできごと・おまけ1」
ゆっこさんのことを、わたしから個人的に聞いてちょっとだけ知っている人は「Kanonで言ったら舞みたいな」とか「ハーメルンのサイザーのような」人だと考えているらしい。というかそういうメールをいただいた。
ちょっと考えればわかりそうなものだが、わたしはそんな風に考えたことがなかったので、ちょっと驚いた。
ぜんぜん違うから、というより、実際につきあっている人を「だれそれに似ている」という観点で見るのは、あまりよくないことだと思うのだ。もっとも、ゆっこさんの場合は、日記上であまりにも謎な人だったので、すがるべき判断基準が求められたのも無理からぬ話だが。
わたしも、よそ様のことをさんざんサイコガンダムとかアンデルセン神父とか言ってきたのでいまさらだが、その人を理解したいと思うときには、変なガイドラインは邪魔でしかない。その人だけの本質をこそ、知りたいと思うからだ。
一面においては、そうでないと会ったときのことを日記で書くとき、思い切り脚色できないからでもある。
本質をつかんでから、崩す、もしくは変な方向に爆発させるというプロセスが必要であり、それがないと、シャレにならないことを書いてしまうことになるのだ。実際、こういう失敗は何度もしていて、傷つけてしまったひともたくさんいる。
ゆっこさんは、舞にもサイザーにも似ていない。
ただの、そして唯一の、彼女でしかない彼女だ。
だから、日記を読む方に願いたいのは、そのヒロインのイメージを決して彼女にあてはめないで欲しいということである。
わたしが彼女を愛している理由は、実は自分にもわからない。
これが舞やサイザーだと、単純に保護欲の変形だとわかるのに。
実際のことと、ゲームや漫画のなかのことは本当に違う。わかりやすさが違う。
わたしはKanonではやはり舞がいちばん好きだと思う。
だが、最初にマンデリンさんの家でプレイしていたとき「こんな子が実際にいても、きっと可愛くないだろうな」とハッキリと思っていた。ギャルゲーである以上、あたりまえのように「世界一の美少女」っぽい美貌が与えられているが、もし舞がふつうの容貌の少女で、あの正体不明な立ち居ふるまいだったら(そしてそれが現実だと思う)、彼女を愛するという祐一の行動は、すごいことだと思う。
ゲームではただ選択肢をクリックし、物語をなぞるだけだが、もし自分が祐一の年齢と環境であったら、舞を愛することができるだろうか。その困難さが、ちょっとだけわかる。
舞とゆっこさんは似ていない。
だが、彼女らを愛する苦労は、ちょっとだけ似ていると思う。
たぶん、その喜びも。
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■ 2003.06.18
wed _07「GWのできごと・おまけ2」
今回一連の「GWのできごと」は、思いのほか長い期間にわたる更新となった。
しかも、その途中で友人を訪ねて旅行(後に報告します)したこともあり、さらにその期間が絶望感に満ちた「2」と、ハッピーエンドのはじまりたる「3」の間という、非常にいやらしいタイミングであり、また「旅行=天下御免で更新停滞できるチャンス」なので「せっかくだから焦(じ)らしてやるか・・・ククク(黒)」とばかりに、すでに完成していた「3」の更新用ファイルをあえてアップせずに出発したりと、天野の黒さも相まって、読者様には非常にヤキモキさせる期間となったことだろう。
この間には、実はいろいろな感想メールをいただいた。
そのなかには
「婚約者さんは、じつは天野さんのことをずっと前から想っていたのではないか」
という御意見も、数通あり、正直なところ驚く。
そんな馬鹿な、と最初は思った。実物と会ったことがないからそんなことが言えるのではないか、と鼻で笑いそうになった。
だが、真摯に綴られた感想、この件を中心におこなわれた会話などを拝読するうちに、わたしの考えは変わり、次第に自身の未熟を感じるようになっていった。
特に、ある御夫婦からいただいた「こんな話をしました」というメールが、その助けとなり、いろいろ思い知らされた。
掲載の許可をいただけたので、その一部を(呼称など部分的修正の上)転載しようと思う。
この方たちの会話が、一番「目から鱗がおちる」ものだった。
妻「ここ(夏草戦記「GWのできごと」)に出てくる女性の気持ち、想像、つかれますか?」
夫「今はどうなの?」
妻「それはもー(^o^)! うまくいっておいでのようです。家庭を持たれるようですよ。めでたしめでたし」
夫「ああ、それはよかったなあ。本当によかった。
なにしろ、三年間、すっごく、愛していたんだからねえ」
妻「男性が、女性をですよね」
夫「女性が、男性のことを、さ」
妻「えええっ!?
なんでです!?」
夫「理由その1。連休の最終日、なんと六時間も、女性は話を聞いたんでしょう。男性が、自分に対する恨み言をえんえん言うのを」
妻「……です」
夫「好きじゃないのに、そんなこと、できますか? あなたならできる? 言う方はすっきりするけど、聞くほうを、ですよ。六時間。若い女性がえんえん一方的に男性に責められる役を」
妻「……するかもしんない」
夫「それで、その後、結婚する?」
妻「……それは……うーん……いいえ。絶対別れるです。
けど、待ってください、三年間、彼女は彼氏に愛情を示さなかったし結婚も嫌がっていたって……」
夫「結婚については、なにか心理的に事情があったんでしょう。それに……」
妻「それに?」
夫「途中から、その男性に対して傷ついて怒っていた可能性も、あるんじゃないかな」
妻「なんで?」
夫「彼女にしてみれば……
『このわからずやっ! なんて鈍い人なのかしら、私が、こんなにずっと好きだっていうサインを出しているのに、気がつかないで自分ばっかり片思いだと思いこんで!』……って。つまり、ずっと深い愛情を示していたのが、男性の気づく形ではなかったので、すれ違っていた場合」
妻「ひええええっ! そんなこと……ありますかね?」
夫「男は、気がつかないときはまったくとことん気がつかない。
まして人間、こうと思いこんだ形以外の姿で、愛情を示されてもわかりませんよ。想像も出来ない。
もしそうなら、最初のボタンから掛け違っている可能性もある。
三年間、女性も相当、辛かったはずだよ……彼氏が自分を理解してくれないと思って。
その結果、男性に遭うたびに反発して、結婚を思いのほか強い言葉で否定するということもあるでしょう?」
妻「……うーん……そう……ですか?」
夫「彼女が彼を好きだと思う理由その2。だいたい女の子が、いくら事情があっても、ほんとうに好きでもない男の人と婚約しますか。絶対あり得ません。今の世の中、相手なんていくらでも選べるのに……少々性格が難しくても、素敵な女性ならなおのことです。男性は、婚約の時点で、相手を信じてあげなくちゃ。
そして理由その3、田舎暮らしするとき、ついてきてくれるっていったんでしょう? もう決まりだって。きっとその時、彼女はすごく嬉しかったはずだよ。ああ、よく話してくれたなあって。
それなのに、相変わらず意思の疎通が出来ないから、辛さはよけい増したかもしれない」
妻「じゃ、じゃあ、そんなに傷ついてるのに、なんで最後に急に態度が軟化……」
夫「だから! 失いたくなかったに決まっているでしょう、彼氏を!
その女性は、三年間のすれちがいに傷けられ続けて、そんなに辛い思いをしても、まだ好きだったんだよ、彼氏が。
彼女は彼の前では死んでもそんなこと口にしないかも知れないけど、でも、そういうことなんだよ。
最後の最後で、自分の三年間の苦しみ痛みよりも、無言で男性を優先したんじゃないか! 男性が六時間責め続ける間、自分の三年間の苦しさは一言も言わずに……」
妻「……すっ……すごい。
それが事実なら……。
……感動的に愛の深い女性だわ。
わーっ! よかったあ! そんな女性に愛されて、男性はすっごい、お幸せの極みだと思います!(……本当、もしも、その推測が一部でも合っていたら……天野さんよかったっ! ほんとーにほんとーにほんとーによかったっ(T_T)!)」
いえ、あの。
そうなの?
と最初は思った。
「自分はあの人から愛されている」
己に自信がある人間なら、それも信じられようが、一歩間違うとその認識は自意識過剰ということになりかねない。それに対する萎縮のせいか、謙遜であろうという姿勢(似非(えせ)かもしれないが)のせいだろうか、相手が示してくれる愛情が、わかりやすい形でなかったから、わたしはそこにこめられた想いをくみ取ることができなかったのかもしれない。まったく未熟な話だ。
さらに、自分は過度のロマンチストだから「こうと思いこんだ形以外の愛情」を理解できなかったのかもしれない。
本来は、人それぞれ全く違う愛情の形というものがあるのだろう。だが、わたしは自分の認める以外の形を無視してしまう、狭い了見の持ち主だったのかもしれない。
だが、いただいたメールで、これだけ懇切丁寧に説明されてもなお、わたしは頭でしか分かっておらず、しっくりとは納得できていないのが現状だ。そのせいで、文末には、どうしても「かもしれない」がついてしまう。
こういうときは、相手に直接きくのが一番だが「あなたは愛の深い女性ですか」なんて聞いて(聞くな)「もちろんです」と答えるような人もいないだろう。そして、自分が愛されるに足る人間であるという確信を揺るぎなくもっている人間なども、やはりいないだろう。わたしだって、彼女を愛していても、自分が彼女から愛されているかなど、まったく自信がない。悲しいかな「愛されてない」と考える方が何倍も確信がもてる。
やはりまだ納得できていないのだ。
だが、わたしがすぐに納得できるようなわかりやすい形で彼女が愛情を表すことは、その性格上、きっとないだろう。
それでもいつか
「あなたはいつからわたしを愛していましたか」
そんなことを訊く日がくるとおもう。
だから。
もう、そんなことはどうでもよくなったころまでつきあって、
彼女の愛情の形が多少なりでもわかるようになってから、
その日をむかえようと思う。
だから。
そのために、とりあえず彼女の愚痴を6時間はきける男になろうと思った。
付記
「男って大嫌い。自分勝手で、鈍感で、いい加減で」とは、ドラマや漫画とかでよくきく言葉だが、わたしも、そんなやつだったみたいだ。
彼女の視点で「GWのできごと・3」などを読み直すと、実に自分勝手で鈍感でいい加減なこと書いているのだと思う。だが、これも自分の当時の視点なので、このまま残しておこう。
「GWのできごと」は、基本的にわたしの心境だけが描かれている非常に主観的なものである。
紹介した御夫婦からのメールは、それに客観的な視点からの光を浴びせてくれた。そのおかげで、まったく違う「GWのできごと」の形状が浮かび上がってみえた。すなおに受けとめきれてないのが申し訳ないが、これには本当に感謝である。
男性というのは、繊細で傷つきやすいわりに、女性に対しては非常に鈍感な生き物みたいだ。
わたしは過去の絵や日記などから「女性のことがわかっている」ように(あるいは女性かと思ったと)評されたことがあったが、実際には自分が多少なりとも通過してきた、女性らしい情の世界に類似した点しかわからない。
まだまだ異性は、宇宙の反対端の生き物だ。
でも、そのお互いが歩み寄ってひとつになれたとき、宇宙と同じだけの広さを持った家庭ができるのだと思う。
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■ 2003.06.19
thu _01「戦記の終わり・1 『街へ戻る』」
時間があり、ストレスのない暮らしができる場所。
そこで、定時におわる楽な仕事について、全身全霊で家庭を愛する必要が、かつてのわたしにはあった。
そうして「農業」と見当をつけて出発し、最終的に落ち着いた「田舎暮らし」は、わたしの希望であり、書店勤めでは彼女を解放することはできないと判断して得た選択だった。
だが、クロカワでの家庭生活を待たずして、彼女は変わり、わたしは、自分の好きな仕事をしてもよくなった。
その位置に立ってしまったときに、わたしは、やはり書店をやりたいと思ったが、ここまで山奥なクロカワから通えるところで、書店ができるような場所は、実際どこにもなかった。となれば、ここを出なければならないだろう。
街へ戻る。そう決めた。
クロカワで田舎暮らしをすると決め、ここに引っ越してきたのは、わたしの勇み足だった。
いまさら、なんて格好悪いことだろう。あんなに大騒ぎして乗り込んできて、けっきょく三ヶ月(実際には四ヶ月)でドロンパとは。
こんなことなら、最初から「まず三ヶ月だけ」とかいう気持ちで来れば良かっただろうか、などとチラリと考えた。でも「ダメだったらやめる」つもりで来なかったからこそ、この三ヶ月間は本気だった。本気だったからこそ得られた境地やわかったことがあった。農業ではなく田舎暮らしこそが理想という結論だった夏草戦記。そこに「もしダメだったら、書店に戻る」と書かなくて良かった。情けなくも結局そうなってしまったが、ダメもとという緩んだ気持ちで来ていたら、どうせ現在の理解までには三年くらいかかっただろう。
とはいえ、天野拓美は、社会人としてフラフラしすぎだと思う。
きっと、この日記を読んでいる人も呆れているにちがいない。
だから、どんなに馬鹿にされても、笑われても、それは当然だとわたしは思う。
かっこわるい、情けない、ダメな奴だな、と自分でも思うし、なによりここに移住するにあたって、骨を折ってくれたクロカワのみなさんや、田舎暮らしのことを応援してくれた友人知人に対して、本当に申し訳ない。
だから、好きなように馬鹿にしてくれていい。
わたしは「自分でも情けない奴だと思う」と正直に答えるから。
でも
それでも
わたしはたぶん「田舎暮らしはどうだった?」と訊かれたら
「やりたいことができて、すごく楽しかった」
と、答えざるを得ない。
偽りようもなく、ここで獲得できたのは、ほんとうに素敵な世界と、忘れがたいほどの素晴らしい時間だったから。
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■ 2003.06.19
thu _02「戦記の終わり・2 『傲慢の自覚』」
ふと、なぜこの「クロカワ」という地に来たのかと、自問することがある。
自分で考えて決めたことではあるが、鉄工所やクロカワに定まったのは、推薦や縁故で至ったことだ。
それはまるで、誰かに手を引かれるようにしてここまで来た感じだった。
でも、その手を引いてくれた神様は、ここでいろんなものを見せてくれた。
実体験を通じなければ決して得られない田舎生活の理解なども貴重な体験だったが、何より、この機会で自分のことがよく分かったと思う。
とりわけ、ここで働いていて、自分がいかに傲慢であったかが、よくわかったのだ。
かつて、自分は気持ちの根っこの方で、こう思っていた。
難しいことはあるかもしれないが、自分にできないことはそれほど多くない、というか極端な話、なんでもできる、と。書店時代、そこそこの仕事が出来ていたことも自信の一助になっているのだと思う。若い確信である。
でも、鉄工所に来て思い知った。
実際には教えてくれる人の親切さがなければ、わたしは何もできないのだ。
鉄工所はいい。ここは、私が、つい馬鹿にしてしまうような人が、ひとりもいない。
ここの人は、誰もがまちがいなく私以上に鉄工の仕事が出来る。だから自分の自信が打ち砕かれるのだ。
わたしは気に入っているが、鉄工所の下っ端工員というのは、わりと下の方の立場であると思う。しかもわたしは、キャリアがないので作業ひとつをするにも勉強がいるし、技術がないので手当も関係者の標準ほどもらえない。
でも、だからこそ、この環境がいい。
書店時代にマナーの悪いお客さまをゆるすのに苦労したり、つい母を馬鹿にしてきたことや、仕事に打ち込まない同僚を悪し様に思う自分自身が、わたしはすごく嫌だった。他人を見下してしまう自分が、とても嫌いだったのだ。
だから、次になにをするか(当時はSOHOとか農産物での収入とか考えていた)がみえるまで、わたしはここでそんな自身の傲慢を打ち砕こうと思っていた。
いまも「なんでもできる」という確信はほとんど削れもせずに残っている。
だが、それまであまりなかった「自分はそれほどスゴイ人間ではない」という自覚がちょっとだけ生まれて、謙遜と傲慢のバランスをとってくれている。と思う。たぶん。きっと。「それでこんなんかい」とか言われたら弁明のしようもないが。
三ヶ月の生活でどこまで砕けたかはわからない。
でも、自分のなかに、うまく説明できないがスッキリした変化があるように感じる。
この体験は貴重だった。
手を引いてくださった神様には、ほんとうに感謝である。
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■ 2003.06.19
thu _03「戦記の終わり・3 『書店への復帰』」
街に戻って仕事を探す。
それも書店の仕事だ。
鉄工所の仕事はけっこう面白いし、畑仕事は身体にもよく気持ちが良い。だが、誇りを持ってできる仕事というと、一般的にはピンとこないかもしれないが、やはり自分には書店しかなかったことに気がつく。
どこまでも書店員だったのだな、と呆れる反面、嬉しくもあった。
岐阜で書店といえば、やはり前職の書店しかない。
他の書店もいろいろ見に行ったが、やはりダメだったのだ。
自分が知っている書店の文法は、あくまで前職書店のものだからかもしれないが、退いてからずいぶん経った客観的な目で見ても、古巣の書店には高い評価をつけざるを得なかった。
最近オープンした、クロカワから40キロほど離れたところにある最寄りの大型書店を視察してみる。
きれいだが、大したことはない。決まり切ったシステムで運営されている、あたりまえな店だった。ここに勤めたら楽は出来るかも知れない。でも、この書店よりもスゴイところにいた人間が、この書店に勝てる確信のある人間が、この書店にはいって何の成長があるだろうか。求職活動中というのは、つい消極的に「自分にできる仕事を」と考えてしまう。しかしそれだと、過去の延長にならざるを得ず、進歩がない。これではいけない。
成長を考えた場合、社員から店長になったところで、前回は退職したのだから、次は自分で書店を開くというのが発展的な見方かもしれないとも考えた。しかし、それは魅力的であるものの、現実に考えると資産と立地の面で難しく断念せざるをえない。これに関しては冷静に分析したこともあり、いまだ出来る確信がないので却下だ。
やはりいまだに最高水準を保っている前職の書店に復帰するのが、いちばんよいと思う。
だが、古巣にそのまま戻っても、店長の仕事が辛くてやめたようなところもあるので、その職務はさせてもらえないだろう。なら普通に店員どまりだろうか。でも、それでは意味がないのだ。
ならば、どんな形で書店業に復帰するのがいいだろう。
いろいろ悩んだが、思い切って考えていることと希望を全部ぶつけて、書店の社長に相談にのってもらおうと思った。
GWが終わり、東京からクロカワへ帰ってすぐに、社長にアポイントをとる。
当日は久しぶりにスーツを着て、面談に臨み、事情を話して条件を出した。
・前はパート社員として再雇用されたが、今回は社員としての再雇用を希望すること。
・ブランクを埋め、勘を取り戻す必要があるので、どんな職務に就くにしても、しばらく現場にいさせて欲しいこと。
・店長の仕事はもうないとしても、店員として終わるつもりはなく、将来的には店長より基準の高い仕事をさせて欲しいこと。
・その見込みがわたしにあり、やらせたい仕事があると思われるのなら、採用して欲しいこと。
田舎暮らしの出発を応援してもらったことや、この書店は慢性的に忙しいとはいえ、それでもかなり逼迫(ひっぱく)していた時期に辞めてしまった不義理を思うと心苦しかったが、それでも全部の要望を伝えた。
例によって一発勝負。ここ以外の書店のことを考えるのは不倫なので考えない。ここ以外になく、フォローは用意ぜず。アポから面接までの間「ダメだったら」とは一切かんがえない。ダメだったら、それから考える。
いまやっている仕事にだけ集中する。
他のことを一切かんがえない。
たぶんこれが一番いい仕事のやりかただ。鉄工所で学んだ膨大な内容のひとつである。書店に入ったらこれだけでは通用しないと思う。それでもこれは、あらゆる職務遂行の基本だ。
そして、面接は通った。
あっさりと、復帰が決まった。
わたしはまだ、書店員として買われていたようだ。
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■ 2003.06.19
thu _04「戦記の終わり・4 『鉄工所への挨拶』」
鉄工所に退職する旨を伝えた。
社長は驚いていたが、わたしからの説明を聞いた後は、とめないから好きにしたらいいと言ってくれた。
残念だとは言わなかったが、残念でないわけはないだろう。
たとえ三ヶ月でも、そして、あまり使い物にならなかったとしても、丁寧に面倒を見たやつが、結局なにも成らずに去っていくのだから。
ただ社長は、そんなことはおくびにも出さず、わたしが要らぬ気遣いをしないようにしてくれているのだと思う。退職希望の話をしてから、数週間分の部品生産を終えた雨降りの最終日、社長は外まで出て、わたしを見送ってくれた。
後にクロカワの人と歓送会で飲みに行ったとき(わたしは飲酒できないので「食べに」だが)、社長がやはり人格者であることを知った。わたしが個人的に思っていただけでなく「あの社長にだけは頭が上がらない」という声を何人かから聞いたからだ。
豊かな畑を持っていて、地域の信頼も篤く、そして、およそ人間離れした感覚で、原子力発電所の部品やF1のパーツを作る。
書店へ戻るのは嬉しかったが、このスゴイ社長と別れるのは、やはり惜(お)しいことだと思った。
でも、ありったけの感謝を伝えた後は、残念そうな顔などおくびにも出さずに、わたしもここを去ろう。
ここを蹴ってでていく者の責任として、振り返りはすまい。
付記
鉄工所は円満に退社できた。
だが、鉄工所をやめると決めてからが一番危ない期間である、と在職中に思った。
なにせ目の前で回転しているのは分速2300回転の旋盤である。
しかも縦横無尽に動いているのは、鉄材をまるでバターのように切り抜くアイアンカッターだ。
この業界で、手指を失うものは多い。最後の数週間、こぼれそうになる緊張感をかき集めて作業に臨んだ。
ここで気を抜けない。と思った。
なんとか無地に終わってよかった。
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■ 2003.06.19
thu _05「戦記の終わり・5 『隣人への挨拶』」
挨拶をしてまわった。
最初にここにきたとき「よろしくお願いします」と、挨拶してまわった家に。
よそから来て「ずっと住む」と言い、世話になりながら、けっきょく三ヶ月で出ていくというのは、田舎ではなんとも仁義を欠いた行動だ。
鉄工所や住居を紹介してくれた人の顔に泥を塗ったこと、そして「人口が増える」という田舎では切実な期待を裏切ったこと。それが本当に心苦しかった。これでは、最初から来なかった方がよかった。わたしだけが満足していて、クロカワの人たちには、ただ外の者への不信感を残してしまうだけになってしまったから。この三ヶ月では、けっきょく町内や地域のために、たいした奉仕もできていない。これではまるきり「お客さん」ではないか。
近所づきあいというものが希薄な都会であれば、大したことではないかもしれないだろう。だが、田舎でこれは大きいと思うのだ。
だから、引越する前に、わたしと面識のある人の全員に挨拶に行こうと思った。でも正直、なにも言わずに逃げ出したかった。めちゃくちゃ恥ずかしかった。しかし、そうはいかない。このまま消えてしまったら、不信感だけがのこり、次にわたしと同じように考えて、もっと本気でやろうと思っている人間が要らない苦労をすることになるだろう。三ヶ月しかいなかったが、わたしはただ出て行くわけにはいかないのだ。
傘をさして、町内の一軒一軒を回る。車をつかって、クロカワで買い物をしたことのある店も全部まわった。
「嫁さんがいやだって言ったの?」
「嫁さんのせいじゃないです。自分がもういちど本屋をやりたくなったんです」
「田舎の生活はつまらなかったか」
「鉄工所も、畑も、水も、空気も、すごくいい環境でした。子供を育てるにはホントにいい環境でしょうし、出ていくのが惜しいです。天国だって思ってました」
「そうかい?」
「前いた本屋とは違って、時間に追われて目が回るような生活でもないですし。でもここで天国みたいな生活をするうち、もう一度、死ぬほど働いてみたくなってしまったんです」
「そう」
「すみません、結局なにもお手伝いとかできずに出ていくことになるのが、申し訳ないです」
「まあ、しょうがないさ」「また縁がありましたら」「身体に気をつけてな」「わざわざ、ありがとうね」「むこうでも、頑張れ」「いい人がきてくれたのに、残念だわ」
嫌味を言われないのが逆に辛かった。
自分は、いろんな人を利用して生きているんだ、と思った。
情けなかったし、口惜しかった。
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絵描きと管理:天野拓美(
air@asuka.niu.ne.jp
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