2003.09.02 「ミスター・こっとんぱんつ」


せいるさんラックラックさんと会った。

絵描きとして参加している「まこみし文庫・秋」の初版をうけとるためである。
ファミレスにて集まり、印刷のことや次回のスケジュールのことなど、いろいろ話したが、おおむね話は以下のような流れだった。


「せいるさんが
ぱんつと運命的な出会いを果たしたのは、そう、あれは去年のコミケC62のことでした」

「いきなりそれか」

「というか、そんな最近だったんですか?」

「正確にはかなり遡りますが、ひとつのきっかけがあったのです」

「会場をうろついていたとき、
栞の制服コスプレしてるレイヤーさんを見かけたんですが、それがまたよくできたちゃんとした制服で、いいなあ、と思ってみているとき、彼女が不意にしゃがんで、こう、ぱんつが・・・」

「あれまあ」「三次元が起爆剤だったみたいですね」


とたんに
ものすげえ嬉しそうなオーラをまき散らかして猛然といいわけを開始するせいるさん。


「み、見ようと思ってみたわけじゃないですよ!?」

「自然に!」

「ごくごく自然に! そう、これは
人間の視界が210度あるせいです!」

「仕様のせいにするな」

「そこに、210度の視界にチラッと! たまたま、こう白い、おにゃにょこの・・・いや、それ以前にべつにぼくがめくったわけじゃないですから、そそそそう! これは無限にひろがる
大宇宙の意志です!! 間違いありません!!」

「大宇宙のせいにするな」「それ以前に、めくらないのはあたりまえです」

「出入り禁止になりますよ、コミケに」

「『皆様に御愛読いただいておりました「まこみし文庫」は
主催者の不祥事により発禁になりました』なんてことになったら、読者さんのウェブ日記になんて書かれるか」

『普段はまじめそうなひとだったんですけどねえ』って、わたしコメントしておきますね」

「やめてー!」

「ただ、これがひとつの『タームポイント』であって、
とらハの『野々村小鳥』以前からありましたよ、ぱんつへの執着は」「なので栞のはひとつのイベントにしかすぎません」

「まあ生まれながらにぱんつの人だったせいるさんが、ここで将来の進路を決めたわけですね」

「ぱんつのひと誕生秘話」

「そうだ、ちょっとまってください! 前々から
この日記に登場したと思えば人のことをぱんつぱんつって、あれじゃまるでぼくが変な人みたいじゃないですか!」

「・・・・読者のみなさんに聞いてみましょう」

「せいるさんはぱんつの変な人だと思いますか」



「だから、ちょっとまってー!」

「こ、これ
選択肢なんかおかしいし!」

「実際、栞のコスプレしてたひとはすごく可愛かったから、なおさらぼくのせいじゃありません! しかも
究極的には彼女のせいですらないとも言えるでしょう! みなさんお分かりの通り! ここまで記憶に残る破壊力、そう、これはぱんつの魔力です!」

「どうでもいいけど、レイヤーさん立場がないな・・・」

三次元ぱんつとゆー魔導のアイテムが白日の下に! 男の子としてアレですよ、目が向きますよ、向かない
ほうがおかしいですよ! むかないなんて、これは
ホモではないかと! しかもKanonの制服ですよ! ズキューン! ですよ、ウキューンのひとにいわせればきっと、ウキュ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ン !!!!! ですよ! 」

「それにしても、せいるさんって栞好きでしたっけ?」

「じ、実は、それほどでもなかったんですが」

「今回は栞の同人誌かってましたよね」

「いや、あれをブースで手に取ったときにですね『ああ、ふつうの栞の同人誌か』と最初は思ったんですが、その『バニラ定食(にる計画/山科御行さん)』最後の最後のカットで、
栞のぱんつにクマのバックプリントが!

「そこかい」

「たっ ただの『白』じゃない! こっ こっ 
この人(同人作家の山科さん)は栞を分かっている!

握り拳で力説するせいるさん。それをやや呆然と見つめながら

「この人たちは栞の何を分かっていると言うんだろう」と思う天野とラックラック氏。

「クマのバックプリントぱんつ! あれは、すばらしい! もうこれからはデフォ買いだ、と!」

  ※ より詳しい御購入時の御様子


「しかし、このこだわり・・・。さすがは『ぱんつのえらいひと』ってところですね」

「そうだ天野さん、さっきも言いかけましたが
その呼び方やめてください! あの日記以降、即売会のブースでも

『えらいひとはいますか』

『ぱんつのひとはいますか』

『ぱんつでしかもえらいひとはいますか』

って、だれも名前で呼んでくれないんですよ! あのときは目の前が真っ暗になりました!」

「自業自得の見本なのでは」

「いや、わたし(天野)はただ、打ち合わせのときにせいるさんが
毎回どんなみもふたもない痴態をさらけ出しているか『まこみし』のスタッフに伝えるべきではないかと。そう、まこみし文庫全体の一体化のために。リーダーが何を考えているのかって、まとまる上では大切じゃないですか」



どことなく
シュレーディンガー音頭を思わせる動作で、せいるさん激しく激しく否定。
発言中に筋の通った説明もあったが天野の都合上、以下テキストで256行を意図的に削除。



「ところで『味噌汁の日』で有名なあの摂津さんを引っぱり出したのは、せいるさんの偉大な功績ですね。
ここ一年くらいカレー喰って『美鳥日記』書いてるだけの人(すごく失礼なことを書いているな私は)にあんなすごい話(「まこみし文庫・秋」に掲載の「参列」)を書かせるなんて。わたしも挿絵が描けるなんてしあわせです」

「えへへ。いやあ
『ぱんつ文庫は伊達じゃない!』ってことで」

「あ」「この人、ついに自分で言った」

「まあその辺の話はさておいて、そのせっつさんの『参列』に絵をつける話ですが」

「はいはい」

「すでに地獄みてます」

「あらら」

「とりあえずその絵を形にしてから、冬号で担当させていただいてるもりたさんの絵に移りますので」

「ええ、よろしく」

「ところで冬からは新しく絵師さんが増えるそうですね」

「ええ、UTさん高橋むぎさんです。ほんとにいろんな人が参加してくれて嬉しいです。がんばっていい本にしていなきゃ。あ、でも別にがんばる動機が、
UTさんとむぎさんの描くぱんつみられるよわーいというわけではありませんからね」

「いや、だれもそんなこと言ってませんて」

「むしろ問題は、
この二人にいかにぱんつを描かせるか、なんです!」

「そっちかい」


せいるさんの野望は確実に進行中なようである。
だいたいこんな感じで作られているまこみし文庫だが、「秋号」は、ラストを飾った「参列」に天野が絵を入れ、これが冬コミあわせの「冬号」と合わせて増刷される予定である。

ともにコミケ65にて、お披露目となるだろう。
乞う、ご期待である。



おまけ

まこみし文庫・夏号「しっぽなまことなぱんつ・シーカー」についての疑惑。

らっくらっく氏の証言。

「夏号のアレのときも、背景の一部としてつかう
ぱんつに関する文章をせいるさんに書き足してもらおうと思って『もうちょっと、半分うまるくらいでいいですよ』って言ったのに彼の反応はすごかった」
「『いいのっ!? いいのっ!? 書くよっ!? いいのっ!?』と、それは、むしろ
書かせなかったら貴様をとって喰うとかいう感じの確認でした」

せいる氏の証言。

「いえ、あれは違います」
「あれは、らっくらっくさんが書けと言ったので書いただけです」


そして出来上がった原稿は文庫本の、実に
1ページまるまる駄々漏れの情熱と比較的間違った使い方の才能だけで書き上げたような『ほとばしるぱんつへの思い入れ』そのものの文章だった。

どちらの証言を信じるかは、読者にまかせよう。







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2003.09.08 「神の猫」


もうどこで読んだのか忘れてしまったが、
猫と犬の違いを明確に示した文章があった。

「この人はボクのために寝床も用意してくれるし、ごはんも作ってくれるし、退屈なときには遊んでくれる。
 
ああ、この人は神様にちがいない」と思うのが犬で、

「この人はボクのために寝床も用意してくれるし、ごはんも作ってくれるし、退屈なときには遊んでくれる。
 
ああ、ボクは神様にちがいない」と思うのが猫だという。

飼ったことはないが、猫エッセイなど読んでいるとなんとなく分かるような気がしていた。


ところで、いまの職場には猫が一匹いる。
正確には職場の近所を縄張りにしている野良だが、これがちょくちょく店の中に入ってくるのだ。

体毛色は、腹がたまご色で、背中が墨色。そこに淡く縞模様がういている。
ビャクエンとでも名付けようかと思ったが、「しま」の印象の方がつよい。パルサーのときもそうだったが、どうも自分にはなんでも「こ」をつけてしまう癖があるようで、自動的に「しまこ」と呼ぶようになった。

「はっ 『マリみて』の志摩子さまか!?」と思い確認したが、残念ながらこいつにはでかいきんたまがぶら下がっていた。でもとりあえず「しまこ」である。

最初にこのあたりに姿を見せるようになった頃、しまこは
毛皮の上からわかるほど、ガリガリにやせこけていて、職場のとなりにある弁当屋に並ぶ昼時のサラリーマンたちに、毎日一生懸命に媚びていた。ここで学習したらしく、ビニール袋をしゃかしゃか言わすと、昼夜を問わずまっしぐらに飛んでくる。そしてにゃぁにゃぁと憐れみをそそる声で泣き、顔色をうかがってから足元に近寄ってきて、8の字を描くように身をすり寄せ道行く人を擱坐(かくざ)させる。一度クリームパンをあげてみたら制止するのが申し訳ないくらい死に物狂いで食べていた。

この地域ではコンピュータ関係の仕事が多く、
勤務者は生物の温もりに飢えているのか、この猫はいろんな人に可愛がられているようだった。
単に捕食のためでなく、
招かれれば食べ物を持ってない人の膝にでも乗ってくるという、とても人なつこいネコであることもその助けになっているのだろう。たいていその膝の上で、こちらの脇のしたに頭を突っ込むか、されるがままに撫でられ、糸目になってぐるぐると喉を鳴らしている。実に「猫らしい」ふるまいをする猫だった。

ただ顔の方は、けっして美形ではない。左右のバランスは整っているが
妙に地味で、アメリカ版の「猫めくり」などでは間違いなく平日向きの普通の顔である。ちなみに、アメリカの猫めくり(日めくりで猫の写真が毎日のっているカレンダー)は猫写真のコンテストで上位に選ばれたものが、休日や月初め、祝祭日などを飾るそうだ。日本のものもそうかもしれないが、詳しくはしらない。

しまこは、よく見ると鼻とかに傷がたくさんあるので、
ケンカはちゃんと正面切って買うタイプのようだ。すぐ逃げるネコはお尻にばかり傷があると須藤真澄も言っていた。動作などは俊敏で、見た感じまだ若いようである。だが、事故かケンカか、しまこは左の後ろ足を悪くしているらしく、よく見ているとちょっと動きがぎこちなかった。

ところで、猫というのは実は
商売において縁起が良く、たとえば黒猫も招き猫として日本では古来愛されてきた。不吉であるなどの価値観はあくまで西洋のものであり、猫の本質とは関係ない。なので、店の方でも半ば縁起物として入って来るのにまかせている。

ただ最近は寒くなったせいか、パソコンのある部屋に好んで侵入しようとする。場所によっては
光ファイバーのケーブルなどがあるため、現在はご遠慮願っているが、それまでは休憩時などにいっしょに仮眠などしていた。

住処もなく、生きるのに大変なのだろうな、と弁当のあまりなどをわけてやりながら、しまことともにすごす。






そうして三ヶ月。

この街に来た当初から比べて、しまこはずいぶん変わった。

有り体にいうと、増長したのだ。







度重なる被援助経験から学習し、いまや思うがままに人間をあやつる術を身につけたしまこは、初期のみすぼらしい印象をすっかりと払拭し、このちょろい人間どもに対して、先述のような根拠で自分が神であることを確信するまでに至っている。少なくとも私のことを、食卓の椅子かなにかだと考えるようになったのは間違いないだろう。

先日のことだが、ソファで天麩羅弁当を食べているとき、不意に背後からしのびより、私の肩に前足をかけ、二の腕、肘、尺骨を順に足場にして、いま箸をもつ右手首に
前足をそえて、うまそうにわたしが左手で保持して喰っていた弁当に顔を突っ込んでいる様子などみていると、もう確信せざるをえない。

こいつ完全に自分が神様だと思ってやがる。

というか、
私は橋頭堡か。

呆然と鼻先で
こちらのことなど意に介さずにエビをカッ喰らっているしまこを見ていて、そう思った。


しまこに首輪がないので素性は野良だとは思うが、たまに魚くさかったり、かと思うと、その翌日にはシャンプーの匂いをさせていたりと、どうもこの頃は
あちこちにパトロンをもっているようである。

そして昼間はうちの店の事務所に入り込み、職場の
いちばん上等なソファーの上で当然のような顔をして寝ている。しかも休憩時間にわたしがソファに座ろうとすると、最近は迷惑そうな顔までするようになった。かつてはあった遠慮というものがまるでない。どうもここを自分の家だと思っているらしい。いや、たぶんしまこにはこの街自体が自分のものなのだろう。


だが、しまこは、それでも弁当を持ち帰るサラリーマンに
8の字攻撃を加えるという日課を欠かさない。甘えた声ですり寄ることを忘れない。そして、事務所に入ってきて、パソコンの仕事などしている私の膝の上に飛び乗って、脇の下に顔を突っ込むのを忘れない。そして店頭でお客様をお迎えするお勤めも、しまこなりに果たしている。

生活の保障と地位を確立してなお、ちゃんとツボを外さないしまこは、立派な
アイドルだと思う。

この街で、しまこはいまも愛されている。


本人はあくまで
神として君臨しているつもりなのだが。





 おまけ

午前11時30分。

しまこは今日も弁当屋の前でお客さんをまっている。
12時になっても弁当屋に人の気配がないのを不審に思い

まだ? まだ?

と中を覗き込んだり、周りを見回したりするしまこは今日も可愛い。

もうコイツ神様でいいや、と思った弁当屋定休日の日曜だった。








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2003.09.23 「イベント夢」


夢を見た。

その夢の中では、車がやっとすれ違えるくらいの道路に面した三階建て雑居ビルみたいなところが自分の職場になっており、そしてそのすぐ上の階で、
なぜか井上喜久子さんのイベントがあるらしい。

ポスターかパンフレットだったか憶えていないが、会場前で入手した情報によると、ものすごくアットホームな、町内のよりあいみたいなイベントに思えた。しかも
12時間くらいやりそうなイベントらしい。むかし「お姉ちゃんといっしょ!」というトークCDで、井上喜久子さんは実際にそれくらいのイベントがやりたいとやや本気で発言されていたが、構想があのままだとすると、歌とトークショーとおやつ食事会で、会場は完全締切で開演とともに外から施錠され退出不可能となり、最後の方ではお客さんが「家に帰してくれーっ!」と土下座するような感じなのだろうと思う(一部誤解)。まあ、水木一郎の24時間1000曲ライブなどの前例もあるので、アニメ業界においては比較的現実的な夢だといえるだろう。

だが、その夢のイベントに、私は仕事があって出ることができない。でも最初の一時間くらいなら出られそうな感触。しかし、オープニングだけで会場を去るのは躊躇(ためら)われたし、そもそも自分には
そんな自制は利かないだろうと思ったから、雑居ビルから伸びる行列に並びはしたものの、途中で断念。そのまま店に帰るつもりが、なぜか、というか当然のように楽屋に迷い込んでしまう。このあたりが実に「夢」である。

一時間はイベントを見ようと思っていた余裕があるので、ちょっとだけイベント設営を手伝う。薄い絨毯の床に座って内職のような仕事をしていると、奥の方から井上喜久子さんが出てきて何かお菓子をもらった。驚いたものの、なぜか井上喜久子さんは声もなく、手だけのイメージだった。それでも、夢の中なせいか、
それが井上喜久子さんだとわかった。
文章にしてみると「それだけ?」という感じだが、とてもあたたかい印象が残ったことを、いまでも憶えている。

声も顔もなかったのは、わたしが井上喜久子さんと直接あったことがないせいだろうか。残念なことである。(もっとも、声に関して言えば、私の夢はたいていサイレントのような気もするが)

ただ、某漫画家の、金縛りに遭遇してしかもその気配に話しかけられたとき「これは夢だ。そしてこれが覚醒夢(自覚のある夢)なら、念じれば音声を変えられるかも」と、
意志の力で霊のCVを林原めぐみにコンバートしたという(本人は林原めぐみ嫌いみたいだけど)話を思い出すと、彼に比べて情けないことだと思う。(全日本妹選手権(5)より一部意訳して抜粋)



それにしても、
夢の中でも仕事の優先順位が高かったのには失笑した。
しかもこの夢は、休日出勤のまま徹夜して休憩無しにそのまま普通に一日勤務したあとの、その翌日の夜に見たのである。こんなときでも仕事なのかと、ちょっと呆れたものだ。


そして、おりしもこの日は、浅草公会堂での井上喜久子さんのイベントがあった日であった。
「井上喜久子さん( 自 称17才)」の声優生活15周年記念イベント
という、それはもうツッコミどころ満載のイベントだったという。


行けなかった悔しさと、仕事に対する習慣的な意識が同時に現れた夜だった。








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2003.09.30 「宇宙夢」


宇宙飛行士になる夢を見た。
タイミングがちょっと不思議なのだが、アニメの「プラネテス」を観るほんのちょっと前である。

夢の中の世界では、宇宙に行くと言うことはどこかの店の店長になるくらいの微妙にプレッシャーのかかることではあったが、それでもニュースになって騒がれるほどのことではなかった。わりと常識的に宇宙生活があるような感触の世界だった。
宇宙用の衣類とかをコンビニで買ったのを憶えている。ローソンっぽい制服を着た店員が、
なぜかジュビロ磐田のゴン(中山)だった。

準備などは、自分ひとりではなく、誰かごく親しい感じのする女性が手伝ってくれたような気がする。だがそんな気がする程度で、詳細はなにも憶えていない。

だが、行くのは自分一人である。
乗り合い宇宙バスとかではなく、ロケットかスペースプレーンで単身うち上げられるようだ。
よく憶えているのは、宇宙へあがる基地の近くであろう、
荒野にずっとつづくフェンスと、その脇になぜかあるコンビニエンスストアのことだった。そう、この宇宙コンビニで宇宙服を買ったのだ。あと宇宙くつしたも。

そして次に憶えているのが、宇宙の光景。眼下に地球が見おろせる位置に
巨大な構造物があり太陽の光を反射して白と黒の強烈なコントラストをつけている。真空中であるため空気による霞みがないせいか、構造物の端から端までがくっきりと見渡せた。そのくせ巨大すぎて全体像は掴めない。スーパーモールドでデコボコの表面がスペースコロニーを想起させるが、なぜか自分には、その内部が空洞ではなくムクに思えた。そして、その構造物には生命感すらあったと思う。

そしていつのまにかごく簡易な宇宙服を着てその上にたつ自分。だが、それは想像の光景だったのかもしれない。夢の中で自分が想像した光景ということだ。打ち上げのシークエンスもなかったし、ビジュアルはあったものの、まるで「そこに立っている」という現実感がなかったからである。夢自体に現実感などないのはあたりまえだが、それでも宇宙コンビニの方はずいぶんと存在感があったのだ。

憶えている夢には、なにか意味があると言う。
一日経っても憶えていたので、これも日記に描いておこう。








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絵描きと管理天野拓美air@asuka.niu.ne.jp