野の雛苺
wild berry
(2005.06.01 )
「こっち、座ってなの」
向こうの草むらに埋もれた雛苺が、小脇をぺんぺん叩いて威張っている。
「食べよ?」
今日は快晴、桜田君たちとのピクニック。初めての遠出に、雛苺はずっとはしゃいでいた。
ちょっと姿が見えないと思ったら、おやつの苺大福をお皿にのせたまま、あんなところに隠れて。
にわか作りの、秘密基地。
何で僕が、とか文句を言いながら、桜田君が背中を丸めて草むらに入っていく。
仕方なさそうに雛苺の脇に座ろうとして、でもそんなに空間がなさそう。
花を踏んだら、雛苺は泣き出すかも。だから、仕方なさそうに桜田君は、
雛苺をつまみあげて、しゃがみこんだ膝の上に座らせてくれる。
「うぃ? ……わーっ、だっこなのーっ」
ほんとに嬉しそうな声が、耳に心地いい。
そこにかぶさる、不機嫌そうな声。遊んでばかりで役立たずのチビどもですぅ、って。
風にめくれるレジャーシートの裾を押さえながら、翠星石ちゃんが頬を膨らませる。
桜田君のお姉さんが、お茶の支度をしながらクスクス笑う。
そんな賑やかな周りも気にせず、真紅ちゃんは本を開いている。
木陰に入ったレジャーシートの上、くんくんの絵のすぐそばに座って。
「あーん」
雛苺も容赦がない。桜田君もさすがにそれは受けつけない。
それでも、一緒に仲良く苺大福を頬張っている。
こんなふうに日差しの下でのんびりできるなんて、
あの頃は、思ってもみなかった。
泣いてばかりのあの子と、こんなふうに。
口をもぐもぐさせて、桜田君の顔を見上げて、足をばたばたさせて、
やっと食べ終わったと思ったら、今度は桜田君の肩によじ登り始める。
チビがチビチビに遊ばれてるです、なんて呟きも聞こえるけれど、
そう、いつもそんなふうに遊んでもらっているのね、雛苺。
「……うわぁーっ!!」
肩車の上から、雛苺が叫ぶ。桜田君の髪をわしづかみにして。
眼鏡がちょっぴりずれた桜田君の、しかめ顔がくすぐったい。
きれいなのー、と繰り返す雛苺の指さす方へ、私もふと振り返れば、
木立の向こうに見晴るかす丘一面の草花の中を、一本の小道が走る。
そよぐ風に草花がなびいて、波間に小道が揺れる。
何も変われない私の中にも、いつかこんな風が吹くだろうか。
そう思って顔を戻したら、小道の向こうを見つめる桜田君の頭の上で、
こちらを見た雛苺が顔いっぱいに笑った。
「ねーっトモエ、とってもきれいなのよー」
緑の息吹きを吸い込んだその瞳の輝きは、
私と、私の生きるこの世界とを、確かに映し出していた。
雛苺が微笑みかけてくれる、この私と、この世界とを。
だから私も見つめて微笑み返す、雛苺と、雛苺のいるこの世界とを。
そこには、いつだって風が訪れる。風が花の香りを運んでくれる、今日みたいに。
そしていつか、私の中にも。
2度ぬるいわ、と声がする。
ついでに、紅茶の香りも。
あんよさん(ページの終わりまで)より、SSをいただきました。
文月さん・すなふさんのサークル「パン食グランギニョル」の同人誌「遠い日のポオトレエト」の口絵に描かせていただいた雛苺です。
ドールというと、たいてい屋内にあるものというイメージでしたが、水銀燈との対比で、陽光ふりそそぐ思い切り明るい絵に。
この絵ですが、本として上がってみると印刷出力がすごい出来映えで、誤魔化したところが全部でちゃってました。背景の草も一本一本描くべきだったなあと思うわけですが、そもそも締切がきつく水銀燈だけは間に合わせて、その余力で描こうと考えていたためそんな時間のあるはずもなく、やや悔やまれる絵に。ですが、こうしてSSもいただけて、また反応も上々だったので、わからないものです。
幼女絵は苦手分野でしたが、シスプリ考察大全の挿絵で雛子に鍛えられたおかげか、多少かけるようになってきました。
いただいたSSは、そのシスプリ考察で有名なあんよ氏によるもの。思えば考察で名を馳せているものの、彼のSSというのは珍しく、貴重です。
貴重です。・・・貴重なのですが、実はこれ、一度ダメ出しをさせてもらいました。(「天野さんストレイツォ並みに容赦ありませんね」とまた別の友人からコメントもらったりしてますが)(プレゼントにケチつける行為なんで、たいがい自分でも非道いとは思いますが)
氏もコメントしておりましたが、この絵をみて一気に描いたというその一稿目は、しかしその分だけ、濃い口の味をもっていました。
そのSSを読んでいると、脳内にPEACH-PITの漫画が浮かんでくるのです。
実はわたし、省略が気になってしまうためPEACH-PITの絵があまり好きではないのですが、それでも肩車された雛苺の視点から見える草原のひろがりは、アニメ版(の作画のいいとき)の絵でもなく、ましてや自分の絵でもなく、ジュンの後ろ姿をふくめて、原作コミックの絵で描かれておりました。
あんよ氏がアニメではなく原作を基点にSSを書いたのかどうかは不明ですが、それでも場面どころか全編が12ページほどの漫画で随時展開されたのは、さすがにあんよ氏の原作読解力です。そしてそれを忠実に筆に載せる力でしょうか。
その最初のSSはジュン視点によるもので、それがどうにも恥ずかしかったという理由でダメ出ししてしまいましたが、二稿目はトモエ視点の上品で繊細な文章でまとまっているものの、やはり初稿の味は妙に薄まってる気がするのも事実。この解説文かいてて惜しくなってきたので、そちらも掲載しておきます。
あんよさん、おつきあいいただきありがとうございました。
「こっち、座ってなの」草花に埋もれた雛苺が、左のよこちょをぺんぺん叩く。
はじめてのピクニックにさんざはしゃぎまわっていたかと思ったら、おやつの苺大福を皿にのっけたまま、こんなところに隠れてた。
お前なー、と言いかけたけど、怒るのも面倒だし、こいつ捜すのに疲れたし。仕方ないから座ってやる。
……だけど、横に座るたって、なあ。
まわりを包んでるこいつ色の花を、ふんづけないとしゃがめない。こいつなら確かに、草の中をくぐって入れたんだろうけど。
早くはやくって、うるさいなあ……。この花踏んだら、お前泣くだろ。ぜったい。もっとうるさくなるのはごめんだ。
だから、仕方ないんだからな。
「うぃ?……わーっ、だっこなのーっ」
うるさいってんだ、こうしないと座れないんだよ。早く食べちゃえ、それ。ボクはいらないから、2つとも食えよ。……ばかっ、「あーん」なんてできるかって!
……たしかにまあ、甘いけどさ。そんなに喜ぶほどのものかぁ? ほら、あんまグラグラすると落っこちるぞ。落っこちられたほうが、ボクは楽だけどな。
……お前も、背中まっすぐにして食べるんだな。なんか……。
「んふー」
こっちの顔は見上げないでいいから、とっとと片付けろ。
いや、食べ終われと言ったんだ。誰が肩によじのぼれって言った!?
「……うわぁーっ!!」
そりゃ肩車の上からなら、見晴らしもいいだろうさ。だだっぴろい草むら、向こうの木立、丘を抜ける小道、飛び交う小鳥。べつに何でもないだろ。分かったからいいかげん降りろ。降りろっての。
雛苺を頭から引きはがしながら、立ち上がってふと見渡せば、苺色の花と緑が、ゆるやかな風にそよいで丘を揺らして。
「ねーっ、とってもきれいなのよー」
……まあ、一応お前の言うとおりだけどさ。
問題は、木の根本で紅茶を飲みながら、あいつがこっちを見ていたことだ。
べつに……なんでも、ないんだからな。