■ 2006.12.24 -A part -「宿泊と鵜飼い」D-DAYマイナス53 2006年08月22日ごろの話 さて、出席者の半分は、隣県以上の遠方から駆けつけてくださる方である。 なので、遠方の親戚をはじめとしての宿泊プラン・交通プランを準備しなければならない。 ゆきこさんの親族が、山形からこちらに来るために選んだ手段は「観光バスの貸切」だった。これは向こうに任せるしかない。 宿泊については事前に話し合い、ホテル代は先方が出し、予約はこちらでという形になっている。なにせ大人数なのではやめに予約し、すぐに見積もりを出してもらおう。 なお、山形の皆様のために取ったホテルの宿泊費は、宴会コースで12600円。 山形からのゲストに新郎の出身地・関の「鵜飼い」をお見せしたかったので、ホテルは「関観光ホテル」を予約。岐阜の鵜飼いは、すっかりエンターテインメントになっているので、関の野趣あふれる関市の鵜飼いが良いと考えた。 それに岐阜の鵜飼いは食事時間が近い。披露宴が昼の1200〜1530までで、このあと岐阜の場合1730から弁当がでるが、その時間で食べられるわけがない。小瀬鵜飼いの場合は、1930に船から上がって宴会なので、こっちがよいだろう。鵜飼いはこちらからの招待と提案なので、こちらで屋形船の代金は払った。 10人乗り、20人乗りでの貸切規約がある。13人なので20人乗りをとったが、当日に実際のったのは9人だった。最初から乗らない人が決まっていたなら、10人船でもよかったと思うかも知れない。だが、万が一のことがある。途中で乗りたくなったとか、飛び入りの可能性も考えると、余裕はあった方がいい。この考え方なので、お金はとにかくよくかかる。ちなみに20人貸切船の場合で、48000円。当日に支払った。 ところで、鵜という鳥は、水に潜って魚を捕ることから「水=神界」と「地上=俗世」を繋ぐ聖なる鳥と考えられていたそうだ。さらに、鵜に取らせた鮎は傷がつかず、呑み込まれた時点で仮死状態(気絶?)になるため鮮度が抜群であり、献上品として重宝されたとも聞く。 おもてなしの材料としても、善いいわれがある芸能だ。 ところで、結婚式場までのバスを観光ホテルから特別に出してもらった。 ホテルウェディングなどでは、会場になるホテルが式場までバスを出してくれると思うが、レストランウェディングの場合、こういう手続きも必要である。 山形からのバスとは、また別のバスだ。運転代・ガソリン代をすべて込みで12000円。あと、心付けに3000円ほど出したようだ。 また、新郎の近場に住んでいる親戚も、できるだけ乗り合わせて行くことにしている。この判断は、足代の節約だけでなく、「なり多」は駐車場台数がそれほど多くないせいもあるのだ。レストランウェディングの会場はたぶんそうだろう。今回は天野の実家に集まってもらい、ジャンボタクシーを二台チャーターし、往復はこんでもらった。ややこしくなるので、往復ともに同じ運転手を指名しておいた。 あとは、各個に合流する親戚の交通経路などを確認し、当日問題なく進行することを確認したら「足関係」は終わりだ。いよいよ結婚式自体の内容を詰めていく段階になる。
■ 2006.12.24 -B part -「私立ヘッドホン学園」 D-DAYマイナス52 2006年08月23日ごろの話 「私立ヘッドホン学園」なるものに寄稿した。 (こちらが原稿のウェブ版) ゆきこさん「あ、絵かいてるんですか」 あまのさん「ああ、うん」 ゆきこさん「何の絵?」 あまのさん「・・・ヘッドホンの擬人化」 どうにか理解しようとするゆきこさんが可哀想になってくる深度の本である。 この「私立ヘッドホン学園」だが、第一巻は「H.P.Holic」という表題でオサレ(おしゃれ)本、で、第二巻はその名のとおり学園ものらしい。 明るく楽しい学園モノの中で、正直なところ天野の原稿は、かなり空気読めてない感じの仕上がりになった。ウェブ版を見ていただければわかると思うが、これはむしろ第一巻むきである。 しかも、学園の制服は「各自すきなように設定」で、絵描きの腕の見せ所らしいのだが、うちのヘッドホン娘はみてのとおり最初から最後まで全裸である。実に空気が読めてない。 今回は、締切、というか使える時間内に仕上げるというのが大変で、すげえやっつけな感じなのが申し訳ない。時間のかかる描き方は、そのうち改めるべきだ。 コミティア77で初出のこれは、第一巻が一時間で完売している。表紙のるろおさんの威力だ。 寄稿した第二巻は、ちゃんと閉会時間ちょい前まで保って、そして完売したそうだ。 おおよそ理想的なハケ方であろう。前回の教訓を活かした、みごとな印刷数の見込みだった。
■ 2006.12.24 -C part -「感謝と奉仕の愛と精神」D-DAYマイナス51 2006年08月24日ごろの話 ゆきこさんのことが好きで、好きで、 わたしはときどき、泣いてしまう。 どんなフィクションでも流したことのない不思議な温度の涙が、下目蓋の上でゆらゆらしてる。 もし彼女が死んだら、わたしは自殺したい誘惑に勝てるだろうか。 ゆきこさん、ありがとう。 ゆきこさん、ありがとう。 ゆきこさん、ありがとう。 生きていてくれるだけで、こんなにもありがたい。
■ 2006.12.25 -A part -「母の誕生日会」D-DAYマイナス50 2006年08月25日ごろの話 母の誕生日に、「なり多」に招待する。 2900円のコースだったが、すばらしい美味さだった。まちがいない。ここはアタリだ。 いまさら決まっている会場で「試食」したのは、母を安心させるためである。 親はとにかく結婚式の心配をする。子供のことは、どんなに年齢を重ねても、ちょっと前までオムツをしていたかのように思っているからだ。親の愛は時間を超越しているのである。そこらへんを「子離れしろ」と言ってみても、そんな正論に意味はない。そう思えてしまうのだからしょうがない。実際、子供だけで両親の満足する結婚式を仕切ることなど、ほぼ確実に不可能だ。 だから「勝手に進めて事後承諾」というのは、極力へらすべきである。 要所要所で、親に判断を仰いだり、自分たちで決めたことであっても、親からの助言があって成功したという体裁で報告することを忘れてはならない。結婚式の成功という栄光は、本来だれのものかと言えば、そこまで子供を育てた実績のある親のものだからだ。 「料理はちゃんとしたものを」という母の言葉に従い、母に決めてもらうという意味でも、この招待はすごく喜ばれた。それとはまた別に「いままで生きてきて、こんな風に祝ってもらったことはなかった」とも感謝された。 母は感激していた。ここでいいかと了解をとったが、とっくに満足そうだった。 料理のあとに、用意させたケーキを出してもらった。これも美味だった。 ケーキとコーヒーで一服したあとに、花束を贈呈した。黄色い花束だ。 とどめに支配人にカメラをもたせて記念撮影をした。 同時に撮影した写メールをあちこちに送信した。 これでもかというくらいに祝った。 誰でも、親に対して恨みがある。 私だけでは、こんなことはしなかったし、できもしなかっただろう。 本当に、ゆきこさんの存在が大きかった。 私が愛せない親も、ゆきこさんとなら愛することができるのだ。 邸内のあちこちを案内し、結婚式の概要を母につたえる。 これも、もっとも気をもむであろう母に了解してもらうのが目的だが、すでに安心しているようだ。 結婚式は、邸内にある神殿で神前結婚式として行う。 これは神主・巫女を含めて、80000円。相場から見れば、ちょい高いかもしれない。 当日の料理は、16500円のコースを選択した。今日食べたのが2900円のコースなのだが、もう何が起こってるのか分からなくなるくらい美味かった(特にケーキ)。これで金額にして5倍以上のモノって、はたしてどんなレベルか、いまから恐ろしくなる。 ちなみにお子様用の料理もあって、これは2000円。ワンプレートでも出してくれるし、コースにもしてくれる。この辺は予算内で好きなようにできるそうだ。 ウェディングケーキは、なりたの場合、手作りのものを使う。タワー型のハリボテケーキではなく、完全に焼かれた本物のケーキだ。これを、披露宴のケーキカットの後で、切り分けて配るそうだ。さっき食べたケーキと同じグレードのものがでるのかと思うと、気が遠くなる。 ケーキの予算は700円×人数分。ほかにもクロカンブッシュ(50000円)などもあったが、そこまでやることもないと思うので、ケーキにしておいた。 引き出物も、このとき選んだ。 結局無難にカタログにする。5500円相当の商品を5種類選んでカタログ化してもらい、もらった招待客が好みで選んでハガキを出すと、数日で届くというスタイルだ。 引き出物の内訳は、5500円のカタログ・3000円のケーキ・1000円の名披露目(なびろめ)(中身はかつおぶし)。 このとき4500円くらいする「なり多」のケーキを3000円で作ってもらうことになった。(サイズを小さくすることで対応してもらった) ほか、引き出物を入れる袋などが必要だったが、母がスルドく交渉をネジ込んで、結局 袋代を負けさせた。 引き出物については、結局「なり多」に一任したことになる。 披露宴の準備で「引き出物は、あちこちを見て回って最高のものを・・・」という話があるが、現実的には無理だった。とくに理想がなければ、ある程度用意されているもので納得がいく物を選べばいい。 会場費についての打ち合わせも、このとき改めて行った。 「母屋の貸切料 」が、50000円。これは「式場に使う部分を貸し切る」という意味だ。 「控え室の使用量」が20000円。 「 全館の貸切 」は必要ないのでカット。もし式場に使う部分以外もすべて封鎖して貸し切るとなれば100000円。だが、そうするほどのことはない。 飲食代サービス料が10% 音響使用量が10000円。 プロデュース料が20000円となる。 また、当日はこれとは別に、心付けを渡す。これはもちろん気持ちだが、やはり会場への満足度に応じて、払っておきたい。結果としては、両家10000円づつ払った。正直なところ、もっと払ってもよかったと思う。 そうそう、会場を決めたときに、すでに50000円は支払ってある。 成約時の申込金だ。これは総費用の一部として前納する分である。多くの会場は式の前に総費用の支払いを求めるが、なり多は、後日でもよいという。結婚資金がとぼしく、御祝儀でどうにかしようと思っている家庭には、ありがたい話だ。これも、会場をここに決めた一因である。 プランナーさんとの打ち合わせにも参加でき、母は満足そうだった。 なり多の料理もよかったし、誕生日を祝えたのもよかった。 でも、たぶん一番の満足は、ゆきこさんが母を愛してくれたことだと思う。 どんなに仲が良くても、その関係に甘えず尽くす。母からの恩恵に、ちゃんと感謝したいと準備したゆきこさんの気持ちが、伝わったのだと思う。 競うようにして、いかにお互いの両親親族を愛するか。 それは、結婚式までの、喜びに満ちた戦いだった。
■ 2006.12.25 -B part -「仏壇」D-DAYマイナス49 2006年08月26日ごろの話 ゆきこさんのお父さんとお母さんが、すごく好きだ。 ひと目あったときから、すごく大切なひとに思える。 そのせいか、その「ルーツ」にも、興味があった。 だから、山形の実家に行ったとき、家に上げてもらってまず仏壇を探した。 うちは本家だったから、あたりまえにどこに家にも仏壇はあるものだと思っていたのだ。 だが、ゆきこさんの実家は分家であり、誰も欠けていないため仏壇がなかった。その軽いショックで忘れてしまっていたのだが、なら本家のほうに行って、拝んでくればよかったのだ。うかつだった。 ゆきこさんを愛している。 だから、彼女を育てた父母にも愛情が行く。 彼女の先祖に、妙に感心があるのは、たぶんその流れのためだ。 仏壇を拝むのは、大事なことだと私は思う。 特に、ゆきこさんを愛するようになってから「このひとのルーツに感謝したい」という気持ちが、湧いてくる。その気持ちのままに、こころからの感謝とともに、手を合わせたい。 誕生日プレゼントをお義母さんに送った。サマードレスという、大きな花がつく鉢植えの白い花だ。 実はお義父さんの退職とお母さんの誕生日が時期的にいっしょだった。お義父さんの職場から贈られた花が、偶然、同じ花(サマードレス)の紅だった。二つ並ぶとすごくお祝いな感じで、お父さんも喜んでいらっしゃったようだ。 話をきいて、すごく幸せな気分だった。 愛して、それがうまくいくことほど、幸せなことはない。 先の日記でも書いたが、逆にわたしの家族にはゆきこさんが尽くしてくれている。 お互いに、向こうの家族につくす。 あまり聞かない話かもしれないが、不思議ではない。 お互いに愛し合っているから、相手を育ててくれた人に情が行くのは、本当は自然なことだ。 自分の親には、なかなか素直に感謝しきれないものだが、これが先方の親・兄弟だと遠慮なく、しかも自分の親に出来ないほどストレートな感謝が出来る。 わたしはゆきこさんの生まれた家庭を愛し、ゆきこさんはわたしの生まれた家庭を愛する。 この、お互いの親族を愛するということは、二人が自分自身の結婚に課した、ひとつの必要条件だ。
■ 2006.12.25 -C part -「不平不満」D-DAYマイナス48 2006年08月27日ごろの話 不平不満は、口からでたら、必ず自分に返ってくる。 不平不満は自分の心を傷つけるのだ。 育てなくてはいけない自分の心を。 どうすればいいか分からないなら、不平をいわず口を閉じればいい。 溜め込むことを良しとしない風潮が世にはあるが、出すべきでない感情というものもある。 不平不満を言っては、いけない。 不平不満の積み重ねが、一番大切なときに、一番愛する人を奪っていくからだ。 だからわたしは、ゆきこさんへの不平不満を言わない。 誰かに愚痴をいうことでのストレスの発散もしない。 不平不満を、愛することで乗り越えていく。 許せないところがあったら、愛することで変えていく。 そうだ、相手に対して持つ不満を、そのままぶつけて相手が変わることなど、本質的にはありえない。 相手が変わるまで、愛して尽くす。 自分のうちに湧く不平不満との、それはなんと戦い甲斐のある対処法だろう。 ただ、そこには当然、努力と忍耐が必要になってくる。 「努力」も「忍耐」も、辛い言葉かもしれない。 でも、それは愛が愛として存在するために必要なものだ。 それならばわたしは、いままで鍛え磨いたその能力を、全力で発揮できると思う。 苦労してきてよかった。 ゆきこさんを充分以上に愛することを考えると、まだ足りなかったかもしれないと思うくらいには、わたしは過去のいくばくかの苦労に、感謝することができている。
■ 2006.12.26 -A part -「撮影スタッフ」D-DAYマイナス47 2006年08月28日ごろの話 スタッフをお願いする。 まずはカメラマンだ。知人三人に声をかけると、幸い快諾していただけた。ありがたい。 ちなみに、つきあいの古い順から、マンデリンさん・ロメオさん・風早さん(ちょっと前まで「風さん」だった)である。 ビデオカメラマン1人(ロメオさん)+スチールカメラマン2人(マンデリンさん・風早さん)という構成だ。 「なり多」は、会場の構造が複雑であり、カメラマンの移動は、かなり困難だ。最初から二人配置しておいた方が確実である。 さらに、なり多の内装や小物などをたくさん撮影してほしいという願いもあるので、静物・景観担当のカメラマンと、人間担当のカメラマンとのツートップ体制が理想なのだ。 しかし、行ったことのない変な会場での撮影というのは、いろいろ大変である。わたしも姉の式でビデオカメラを担当したとき、当日の段取りをずーっと脳内でシミュレーションしていた。ドキュメンタリーは、撮り逃しがゆるされない世界なのである。前もって準備しておけるものは、可能な限り押さえた。 とはいえ、珍しい会場なので、カメラマンへの説明が難しい。 会場の構造については、デジカメで写真をとりまくって彼らに送るしかなかった。 加えて、式の進行や次第などを、時系列に書いて送った。 ともに現地入りしてくれるカメラマンなどいない。会場専属のカメラマンならいざ知らず、初見の会場を任せる以上、場所のロケハンはお願いする方の仕事だ。 ただ、集合写真だけはプロでないといけない。専用のカメラでないと、全員にピントが合わないのだ。なので、ここだけプロに依頼する。会場慣れしている業者がいるそうなので、そこに頼んでもらった。 集合しての記念撮影一枚で、15750円。なり多の場合、予定している40人だと一同に会して撮影することが難しいので、両家を分割して撮影することになる。なので×2の31500円だ。 ちなみに挙式と披露宴のスナップ撮影をプロに頼むと、それだけで105000円である。 そして、DVDで出力することを前提にしたビデオ撮影が135000円。ただでさえ物入りなこの時期、無償で引き受けてくれた彼らの存在が、本当にありがたい。
■ 2006.12.26 -B part -「トキカケ」 D-DAYマイナス48 2006年08月27日ごろの話 ゆきこさんと「時をかける少女」をみてきた。 「こちらがわ」の感想は、絶讃ばかりたくさん聞いたけど、一般人の女性の感想がたのしみだった。 それでも、アニメの映画でジブリ以外となると、未だ教育途中のゆきこさんには、よほどの名作でないと「お金を払って映画館へ」というほどの賭けにでるのは難しい。 でも、前評判からは、この映画は十分イケると思った。 そして終劇後。 「うわぁー」 「すごく面白かった・・・」 「胸がいっぱいになるね」 ゆきこさんにも大好評だった。とりあえずCDを購入した。真琴がじつに可愛かった。 絵のすごさをあえて無視しながら見た。というか内容を取りこぼすのがもったいなくて無視せざるを得なかった。それでも、記憶の中に消えずに残っている分だけでも、思い出すだに恐るべき構図と空気感と光線だった。 この映画はまちがいなく傑作だ。
■ 2006.12.26 -C part -「最安値」D-DAYマイナス46 2006年08月29日ごろの話 うちの母が最近はまっている趣味に 「ゆきこさんに物をあげて、喜ぶ様をみて遊ぶ」 というのがある。おかげでうちには、毎日のように貢ぎ物が届いたり、手渡されたり、食べさせられたりしている。母がここまではまっているのは、ゆきこさんはたいてい何をあげても「うわっはあ」という感じで大喜びするからだ。 ところで、彼女がなんでも喜ぶのにはわけがある。 それを端的によく表してくれたのが、先日のプレゼントである化粧品についてのコメントだった。 どういうものか良く知らないが、先日も母から一本5000円くらいする化粧品の瓶がパカパカと手渡されていた。すげえ楽しそうな母。そのときは無邪気に感謝していたが、あとで値段を見たゆきこさんがガミラス星人ばりに青い顔をしていた。うちに帰ってから、天野が聞いてみる。 「どうしたの、青い顔して」 「こ、こんな高い化粧品、つかったことない・・・」 「いつもはどれくらいのを使ってるの?」 「うぅん・・・、200円くらいの」 ほほう。 いくらなんでも安すぎることは分かる。感心したような呆れたような顔をしていると、ゆきこさんが弁解をはじめた。 「た、高いのも使ってますよ!」 「いくらの?」 こころなしか自信を取り戻したような顔で、彼女は告げた。 「ふふん、1200円くらい!」 後日その話を母にしたら「なにそれ、1200ルーブル? ひょっとして1200ホンコンドル?」とか、そんな表情をしていた。 「ゆきこさん、もらった化粧品を、おっかなびっくり使ってるんだけど、この間『・・・やっぱり、高い化粧品は違う』って心から感動してたよ」 母は返して曰く、 「5000円の化粧品は別に高くないよ」 呉服屋のおかみたるもの、化粧品に金をかけるのは当然の世界なのででる発言なのだが、これはこれでゆきこさんには「お母さん、どこの星の方?」とかそんな感じのリアクションだった。 母がいま2万円の化粧品を普通に使っていることは、ちょっと教えられない。 そう、彼女がなにをもらっても喜ぶのは、常に安価なものばかり使ってきたからなのだ。(ただ、それはケチとか倹約とかではなく、自分の分をわきまえているというか、そんな感じだと思う。結婚指輪を作るときも「旦那様よりいい指輪は付けられない」とごねていた。) 母とゆきこさんの二人は、実はとても気があうようで、ほうっておくといつまでも話している。でも、価値観が、わけても金銭感覚が偉く違うようだ。 節約はするものの、基本的に高級品を使う母。 対して、常に最安値を狙うゆきこさん。 新居用のテーブルセットを買うときも、5万円から2万円くらいの相場のなかで、リサイクルショップに打ち捨てられていた5000円の処分品に、指をくわえて名残惜しそうに最後まで引かれていた。(あんまり御執心なので結局それを買うことにしたのだが、日を改めて買いに行ったときには販売ずみだった。やむなく、17000円のテーブルセットを購入) カーテンを選ぶときにも、 「これ! (本名)さん、これ!」 と、ものっすごい笑顔で両手に捧げ持って来たのが、斜光・レース四枚一組で2000円という、どこよりも地を這う値段のお徳用セットだった。断るのが申し訳ないくらい気に入っている様子なので(主に値段が、なのだが)、結局それを買った。瞳が輝いていた。窓よりずいぶん大きくてサイズが合っていなかったが、ゆきこさん的には安価であるという以上の価値観は、とくにないらしい。 当然、服や肌着、タオルなどの買い物は「しまむら」である。 「真剣にさがせば、いいものが見つかります!」 そう言って、ゆきこさんは今日も出発している。 彼女の買い物は常に真剣勝負だ。 そうして、どこで見つけた来たんだろうと思うようなアイテムが、今日も部屋を慎ましやかに埋めていく。 ところで、そんなゆきこさんのいいところは、たとえ高くても、自分にとって価値のない物には執着しない潔さだ。 ケチではない。さりとて高級品に慣れるつもりもないらしい。 「自分」というものを知っている、いいお嫁さんだと、私は思う。
■ 2006.12.26 -D part -「花」D-DAYマイナス45 2006年08月30日ごろの話 最近、毎日ではないけれど、お花を買っている。 仕事場の近所に野菜の販売所があって、そこに売っているやつだ。 100円。そのわりに結構おおきな花束。まあ、お仏花なんだが、花そのものというより、花を持って家に帰ること、具体的には、好きな人がいる家に持って帰るというのがいい。 書店で新刊を買って、ホクホクしながら帰途につくことより、これはちょっとだけ楽しい。
■ 2006.12.27 -A part -「家」D-DAYマイナス44 2006年08月31日ごろの話 結婚の素晴らしいところは、 家にかえればゆきこさんがいるから、 だから 外で全力で戦えるということ。 ダメージを怖れることも、 明日以降のために余力を残して帰らなければならないことも、 失敗やしくじりを引きずって眠れないこともない。 ここに戻れば、全てが回復する。 ここは、生命の拠点だ。
■ 2006.12.27 -B part -「貸衣装・1」D-DAYマイナス42 2006年09月02日ごろの話 「貸衣装・・・が高い」 2006年9月3日に貸衣装の衣装あわせにいくので、ネットで相場をみているのだが、たとえばカラードレス一着で150000円くらいする。溜息がでて、この言葉である。 「貸し」である。そりゃ買おうとなったらもっとするであろうことはわかるが、たとえば60分くらいしか着用しないであろう服に150000円というのもどうかと思うのだ。レンタルする方にしてみれば一日中なので1440分であろうけど、それでもやはり高い気がする。計算すると毎分2500円で、毎秒41円だ。 なんというか、こう、披露宴会場のメインテーブルの背後に「お支払い金額」と書かれた金盥(たらい)があって、そこに「ジャラララララララララララララ・・・・」と間断なく10円玉が注がれ続けるような、そんな感覚。 高い。 ゆきこさんに聞いてみると「一番安いのは? 50000円? じゃあそれ。10万円以上なんて考えられない」というコメント。 とはいえ、あちこちで「表立って紹介されている貸衣装」が150000円「から」スタートなのだ。業界的には、150000円クラスが「一般的な商品のうちの最安値」なのだろう。50000円ともなると、これはもう超特価だ。そんなドレスと150000円、あるいは300000円のドレスを、並べて見せられたとき、はたして50000円を我々は選べるだろうか。 これは、よっぽどの決意をもって望まねば危険だ。 ただでさえ、わたしはゆきこさんにいいドレスを着せたいと思っている。 もちろん、二人の総意として、現時点では150000円の貸衣装は分不相応だと思っている。だが、貸衣装屋が、どんな切り崩しトークでこの価値観を瓦解させてしまうか分からない。表面的な「お金がない」とか「高いのは着れませんから」という反撃は、百戦錬磨のプロには簡単に切り返されるだろう。そして、なによりも輝きの違う現物が目の前にぶら下げられるのだ。価値観や建前が崩壊し、わたしの心の奥底に眠る衝動が呼び覚まされたとき、 「俺はこれから、貴様らがイヤというほど金をつかう! この店に、世界一いい女に着せて見劣りしない服はあるかあ!」 とか叫び出さない保証はないのだ。
■ 2006.12.27 -C part -「貸衣装・2」D-DAYマイナス41 2006年09月03日ごろの話 今日、貸衣装を決めてきた。店は親戚のやっているところである。 相場を調べていったが、それでもやはり実物を見るといいものに決めたくなってしまった。 「まんまと・・・」という気もしないではないが、あんまりにもゆきこさんが綺麗だったのだ。 当初は「白無垢と色打掛だけ」という予定だったが、新婦のお母さんが「ドレスを着てみたら?」とゆきこさんに言ってくれたらしい。軽い口調だったというが、それでも花嫁の母の要望というのは最優先事項だ。ドレスが急遽ラインナップ入りする。式の予定も、翌日には全部それにあわせて組み換えた。この辺の骨折りはむしろ燃える。 もしお義母さんの軽い気持ちがなかったら、貸衣装の費用はもっと安くあがったろう。だが、これは結果としてゆきこさんのいろぉんな着せ替えが見られる新郎(わたし)が大喜びすることになる。 ドレスから先に試着をしていくゆきこさん。 見立ててもらって最初に着たドレスが、やはりいちばん似合っていた。 だが、そんなことをコメントするわけにはいかない。 「うーん、これも着てみたら?」と、どんなに似合っていてもストップをかけず「もう、いいよおー」と言うのを黙らせて、着られるだけのドレスを試着させた。その上で、全部を写真に撮った。 静かにはしゃいでいる、ゆきこさん。 あとで聞いたら「たくさん綺麗な服が着れてうれしかった・・・」とちいさな声で言っていた。 決定したドレスは、水色に青い花びらが散っている模様のもの。ゆきこさんには派手でクッキリした色のものか、淡い色ならブルーやグリーンの寒色系がよく似合う。 でも、基本的にはハッキリした濃い色だ。実際に、色打掛は濃い朱の打掛が、すごく似合っていた。 城のひとつくらい持っていそうなくらいに、バキッとはまっていた。 しばらく見惚れていた。 白無垢と、真っ赤な色打掛。そして水色のドレスである。 新婦貸衣装の総経費、315000円。 現物を見れば、それ以上の価値があるとわかる。 本番がたのしみだ。 余談だが、お色直しについて。 お色直しは、式と披露宴の間に三回おこなう。 白無垢→色打掛→加賀友禅の振り袖(これは姉のお下がり)→カラードレスと、三時間の式でそれだけやるのは、かなりあわただしいが、なにより、その都度花嫁は休憩が取れることと、メリハリがついて式の進行にダレがなくなるのが有り難い。 お色直しを四回やったというひとの話をちょっと聞いたことがあるが、コレはさすがに大変だったそうだ。 やはり三回が限度であろう。 金額的には先述のとおり、花嫁の貸衣装代は、三着借り、しめて315000円。親戚と言うこともあって、かなり安くしてもらった。 新郎は84000円ほどだったと思う。ざっと40万円だ。 ところで、貸衣装を決めに行くときの準備は、いくつもある。 まず絶対に、カメラ。貸衣装の合わせの時は、とにかく写真を撮りまくっておくことである。 可能な限り全方向から撮ること。そして、借りられる限りの小物(ティアラとかネックレスとか手袋とか造花のブーケとか)を借りて、これも着用して撮影しておくこと。これは、美容師さんと打ち合わせするとき絶対に必要になる。 さらには会場の装花を担当する花屋にも、見せる必要がある。基本的に会場の雰囲気にあわせた上で、花嫁の衣装を中心に、それがひきたつように美容師も花屋も働いてくれるからだ。 そしてもちろん、娘の晴れ着を、一足はやくお義母さんに見せるためにも必要である。 貸衣装屋からの帰り、すぐさま現像・焼き増しして、山形の実家に贈りつけた。 このとき撮った写真は、お母さんも喜んでくださったようだった。
(鏡に映っているのは貸衣装屋のおばさん)
■ 2006.12.27 -D part -「ジャンクヤード出版局オフ会」D-DAYマイナス42 2006年09月02日ごろの話 最近よく挿絵や表紙絵を書かせてもらっている同人小説サークル「ジャンクヤード出版局」のオフ会があった。と言っても、小川一水氏の星雲賞受賞おめでとう会と、天野さん結婚以下略会でもある。参加者は、ペンネームでいうところの早坂氏と真冬氏と小川氏と天野。小川さんが合流する前に、名古屋駅エスカの喫茶店にて、三人でいろいろ話した。 「えー、次回のProgressive(テーマを決めてサークル作家が小説を書くアンソロジー)のテーマですが」 「いまのとこ『方言』『獣耳(ケモノミミ)』『制服』?」 「どれに絞っても、またまとまらない内容になるんじゃないかな・・・」 「みんなテーマあっても好きなように書くから」 「制服とくれば・・・世界征服かな」 「じゃあ、私は『俺たちゃ裸がユニホーム♪』で」 「ほら、すでに誰もまともに制服をかかない」 「中心たるテーマが、完全に空洞化してますな」 「いっそ本編を書かずに、共通設定をゆるく作って置いた世界で、その番外編を全員で書くというのはどうでしょう。本編の内容は、読者が想像することで創造するという。下手すると大傑作を想像してくれるかも知れませんよ」 「あるいは、仮想テレビシリーズを、断片的に書くとかね」 「一人目が第四話、二人目が第九話、三人目が第50話で、四人目は第231話とか」 「で、空隙を想像してもらうことで本編が浮き彫りになるという」 「そして、最後のページには、ありもしない参考文献を書いておく、と」 「さらに、その前のページに『存在しない総集編』もしくはさっきの『書かれてない本編』がさもあるかのような広告を打っておくとか」 「民明書房か、ガンダムオフィシャルズみたいになってきたな」 「いや、ちょっと話もどしましょう。書く傾向がバラバラになるのは、たとえば『建物』という外的テーマと、もうひとつ『危機管理』とかのやや内的なテーマを盛り込むことで、まとまりができるのでは?」 「同じテーマをみんなが書く、ということなら、全員で『ときかけ』書きましょう!」 「一行で脱線したよ」 「たしかに『タームリープ』あたり含めて、何年か周期で『ときかけ』が作られてはいるなあ」 「なにか定番テーマがあって、それを各自がどう料理するか、という感じで」 「じゃあ、みんなで『七瀬ふたたび』とかやりましょう」 「そうやって、『ときかけ』みたく、そのうちカムバックしそうなテーマを狙い澄まして置いて書く、というのもおもしろそうですな」 「・・・最初の話にもどりますが、『方言』はこの間立ち消えましたし(立ち消えたらしい)、『制服』もまあ分かりますが、なんで『獣耳』なんですか?」 「あー、あれは『キワモノシリーズ』ってのがあって」 「ほう」 「『メイド・眼鏡・黒髪』と来て、じゃあ次は獣耳かな、と」 「ああ、わたし(天野)メイドがテーマのときに、絵を描きたかった・・・」 「もう一回メイドやりますか?」「うん、制服ではあるが・・・」 「では、少しひねってメイド刑事。メイドデカ!」 「いや、それはまずいから、他ので行こう。せめて『○○デカ』って感じで」 「主人公の刑事が、どこにいっても事件のたびにその御当地のデカが現れて、助けてくれたり、邪魔したりする、という感じとか」 「じゃあ、その助っ人デカと、テーマの制服は関係ないのでは・・・」 「いや、たとえばエレベータの中での殺人事件があって、そこに主人公が駆けつけたときには、すでにエレガデカが現場を仕切っているとか」「なるほど制服だ」 「じゃあ、病院での殺人事件では看護婦デカが!」 「甲子園球場での殺人事件ではマネージャーデカが!」 「海水浴場での殺人事件ではライフセイバーデカが!」 「ワンフェスでの殺人事件ではモデラーデカが! 犯人をフィギュアで再現するとか!」 「観光地とかの、どっかの滝壺から死体が上がると、現場ではバスガイドデカと現地ガイドデカがはち合わせしてるとか!」 「フライトアテンダントデカVS空港警察!」 「なるほど、最初はピンで助けに来るんだけど、シリーズ中盤くらいから対決物に」 「で、『アンナミラーズ殺人事件』あたりから、秋葉原中のメイドデカがあつまって戦隊ものになるとか」 「これ、職業業種の本や、資格の種類の本とか参考にすれば5000くらいの話があっというまにできそうだな」 「じゃあ、ヒヨコの雄雌鑑定士デカとかいいな」 「そこまで来ると、何をどう解決するのか、見当もつきませんけどね」 「いや、ここは原点にもどって、誰でも親しみやすい学園をモデルに! テロリストに占領された学園に現れたセーラー服の・・・」 「いや、それスケバン刑事ですから」 新刊テーマの明日はどっちだ。
■ 2006.12.27 -E part -「名古屋の女性」D-DAYマイナス39 2006年09月05日ごろの話 先日の話だが、ジャンクヤード出版局のオフ会で名古屋にいった。 飲食店を何軒か「はしご」しながらのオフで、行き帰りも移動中も、実にたくさんの人とすれちがった。土曜ということもあったのだと思う。綺麗に着飾った、あるいは颯爽と歩く、いろんな人をみた。 確信した。 名古屋中のどんな女性よりも、ゆきこさんの方が美人だ、と。 というか、最近、ゆきこさん以外にピントが合わなくなっている。 あとは、なんかボンヤリして見えるのだ。 ソレっぽい物が蠢いてるのはわかるけど、なんだろう、肉眼は捉えていても、心眼が捉えてないような感じである。 きっと、わたしは、ゆきこさんの姿を心身両方の眼(まなこ)で捉えているのだろう。 立体的に、多角的に、美術的に、彼女の魅力を理解できているのだ。 こころの目。愛情で暖まる空気を見るような、そんな目でゆきこさんを見ている。 だから、 彼女といっしょにいて見る世界は、なにもかもが光って見える。 最近きがついた。でも、 これは当たり前のことだ。
■ 2006.12.28 - A part -「日記」D-DAYマイナス35 2006年09月09日ごろの話 日記・・・というのは、だいたいその日に「こんなことがあった、こんなことを感じた」というのを書いておくことだと思う。 で、それを公開するウェブ日記は「こんなことがあった、こんなことを感じた」ということを、誰かに読んでもらうためにあるのだと思う。 だが、だんだん書く動力みたいなもの、もしくは内圧が下がっているのを感じる。そのわけは 「こんなことがあった、こんなことを感じた」という、本来テキスト化しておもしろおかしく脚色してアップすべき内容を、私が全部ゆきこさんに話してしまうからだ。 それで満足してしまい、圧力が抜けてしまう。日記をバリバリ書いてたころは、「これはまだ語ってない!」と、あまりあるネタをもどかしいくらいの勢いで更新していた。だが、その日記の更新に以前より意欲がなくなってきたのは「語る相手」ができてしまったためだろう。 でも、ゆきこさんに話せない内容とかなら、まだ日記にはできる。たとえばオタ的な痛い話とか。そんへんだ。 でも、その領域も徐々に減りつつある。 「アニメ版シスタープリンセス考察大全(改訂新版)」をソファで読んでるゆきこさんを見ながら、そう思った。
■ 2006.12.28 - B part -「貸衣装3」D-DAYマイナス35 2006年09月09日ごろの話 黒のタキシードを試着。 うわー、俺かっこいいー。 ゆきこさんが満足そうなので安心した。
■ 2006.12.28 -C part -「本質を見抜いて表現する」D-DAYマイナス33 2006年09月11日ごろの話 カメラマンを引き受けてくれたマンデリンさんが、このころ新居に遊びに来てくれた。壊れたPCの修理と、会場の見取り図をもとにした打ち合わせに、である。 ネット関係では、ネモ船長・みくにょさんにつづいて、彼は「生きたゆきこさん」を見た三人目の人間である。 帰り際、駐車場でしばらく話をしているとき、彼から言われた。 「うん、日記の通りのイメージの人だった」 そう言われて、ちょっと安心した。 さすがに自分でも浮かれたことを書いているとは思うが、それでも本質は外してないようだ。 酔っぱらって描いた絵が、それでもしっかりと描けているのをうれしく思うような、そんな気分だった。
■ 2006.12.29 -A part -「名簿作成とスピーチの依頼」D-DAYマイナス34 2006年09月10日ごろの話 9月9日。招待対象者の親族や知人に出した招待状の、その返信がそろう予定の日である。 だが、慣例では、こんなギリギリに返事を届けるというのは、その日が大安であるからとか、そういう理由がないかぎり、あまりよいことではない。礼の問題もあるが、この時期の結婚当人にはとにかく時間がないので、人数を確定させて、はやく次の段階での式の準備に取りかかりたいのだ。わたしも招待状をもらったら、早めにお返事することにしよう。 集まってきた返事をもとに、出席者の名簿を作成する。氏名・続柄(自分の父より年上の叔父さんは「伯父」と書く)・係(受付や、詩吟、スピーチ、乾杯など)・交通手段(これがけっこう大切。途中で日帰りするひともいたので、その分観光ホテルの人数に影響でるし)・着付けの要不要・引き出物を渡す人(一家庭に一包みで渡す)・食物アレルギー等(幸いなかったので、子供用料理の必要な子の分だけ書いた)の欄を埋める。(ほかにも後々必要になる情報があるので、この用紙には書き込めるだけの情報を書き込んでコピーをたくさん取っておくことを推奨する。とくに住所は何度も確認に使った) 氏名 続柄 係 交通手段 着付け(要・不要) 引き出物 食物アレルギー 〒・住所 「このたびは、早々に出席の御案内をいただきまして、ありがとうございます」と、返信がとどく度に御礼をし、名簿は埋まっていった。 実は招待状を出すとき、中にカードサイズの「依頼状」を同封しておいた。これはスピーチや受付をやってもらえるような人に、正式にお願いするカードである。目星はつけておいたのだ。 両家とも高齢者が多く、おそらくは話が長くなるであろう人が多いのと、そもそも料理を味わって欲しいので、スピーチは極力減らした上に、料理の前に全部おわらせるよう段取りした。スピーチの出番待ちだと、緊張で喰ってる余裕などない。それじゃもてなす意味がないと思ったので、とにかくスピーチを削ったタイムテーブルにした。 両家から代表で一名。。親族で一番しゃべりたがりの人にやってもらった。
■ 2006.12.29 -A part -「名簿作成とスピーチの依頼」D-DAYマイナス34 2006年09月10日ごろの話 9月9日。招待対象者の親族や知人に出した招待状の、その返信がそろう予定の日である。 だが、慣例では、こんなギリギリに返事を届けるというのは、その日が大安であるからとか、そういう理由がないかぎり、あまりよいことではない。礼の問題もあるが、この時期の結婚当人にはとにかく時間がないので、人数を確定させて、はやく次の段階での式の準備に取りかかりたいのだ。わたしも招待状をもらったら、早めにお返事することにしよう。 集まってきた返事をもとに、出席者の名簿を作成する。氏名・続柄(自分の父より年上の叔父さんは「伯父」と書く)・係(受付や、詩吟、スピーチ、乾杯など)・交通手段(これがけっこう大切。途中で日帰りするひともいたので、その分観光ホテルの人数に影響でるし)・着付けの要不要・引き出物を渡す人(一家庭に一包みで渡す)・食物アレルギー等(幸いなかったので、子供用料理の必要な子の分だけ書いた)の欄を埋める。(ほかにも後々必要になる情報があるので、この用紙には書き込めるだけの情報を書き込んでコピーをたくさん取っておくことを推奨する。とくに住所は何度も確認に使った)
「このたびは、早々に出席の御案内をいただきまして、ありがとうございます」と、返信がとどく度に御礼をし、名簿は埋まっていった。 実は招待状を出すとき、中にカードサイズの「依頼状」を同封しておいた。これはスピーチや受付をやってもらえるような人に、正式にお願いするカードである。目星はつけておいたのだ。 両家とも高齢者が多く、おそらくは話が長くなるであろう人が多いのと、そもそも料理を味わって欲しいので、スピーチは極力減らした上に、料理の前に全部おわらせるよう段取りした。スピーチの出番待ちだと、緊張で喰ってる余裕などない。それじゃもてなす意味がないと思ったので、とにかくスピーチを削ったタイムテーブルにした。 両家から代表で一名。。親族で一番しゃべりたがりの人にやってもらった。
■ 2006.12.29 -B part -「プリン」D-DAYマイナス32 2006年09月12日ごろの話 仕事がえりにローソンに寄って、プリンを購入する。 メープルシロップのプリンと、ベルギーチョコのプリンの二個。 帰宅後、部屋の掃除をして、風呂を沸かして、布団の用意をする。 ゆきこさんが帰ってくるのをまって、話をきいて、風呂に入ってもらって(自分はシャワーですませた)、それから、プリンを食べた。 「どっち食べる?」 「どっちでも。好きな方えらんでいいですよ」 「じゃあ、半分たべて交換しよう」 「うん」 半分のところに、それぞれスプーンできっちりと線をひいた。 「いただきます」 「いただきます」 「あ・・・、おいしい・・・」 「む・・・、おいしい・・・」 「このメープルシロップの香りというか味が・・・。すごいよ!」 「こっちのチョコも、味が濃いのにあっさりしてて。・・・すごいね!」 「し、しびれる! おいしくて頭がしびれるっ!」 「と、とける! うまくて舌がとけるっ!」 「あー、これすごい。アタリ。アタリだよ」 「アタリだねー。うん、アタリだねー」 同時に食べ終わる。 「ほいじゃ交換」 「はい、交換」 ひとくちすくって、食べる。 「「おいっしい!」」 さっき目の前の相手が言ったのと、まったく同じ感想をベラベラと語りながら、二人で二個のプリンを食べた。 ひとつのプリンを二人でわけると、普通に食べるのの二倍おいしい。 しかも二種類あるから、四倍うれしくて、 好きな人が美味しいというものが食べられるから、八倍しあわせだ。 「あー、おいしかったねえ」 「うん」 「また、つらいことがあったら、こうやってプリンたべよう」 「・・・うん」 苦しみも、八分の一になる。
■ 2006.12.29 -B part -「プリン」D-DAYマイナス32 2006年09月12日ごろの話 仕事がえりにローソンに寄って、プリンを購入する。 メープルシロップのプリンと、ベルギーチョコのプリンの二個。
帰宅後、部屋の掃除をして、風呂を沸かして、布団の用意をする。 ゆきこさんが帰ってくるのをまって、話をきいて、風呂に入ってもらって(自分はシャワーですませた)、それから、プリンを食べた。 「どっち食べる?」 「どっちでも。好きな方えらんでいいですよ」 「じゃあ、半分たべて交換しよう」 「うん」 半分のところに、それぞれスプーンできっちりと線をひいた。 「いただきます」 「いただきます」 「あ・・・、おいしい・・・」 「む・・・、おいしい・・・」 「このメープルシロップの香りというか味が・・・。すごいよ!」 「こっちのチョコも、味が濃いのにあっさりしてて。・・・すごいね!」 「し、しびれる! おいしくて頭がしびれるっ!」 「と、とける! うまくて舌がとけるっ!」 「あー、これすごい。アタリ。アタリだよ」 「アタリだねー。うん、アタリだねー」 同時に食べ終わる。 「ほいじゃ交換」 「はい、交換」 ひとくちすくって、食べる。 「「おいっしい!」」 さっき目の前の相手が言ったのと、まったく同じ感想をベラベラと語りながら、二人で二個のプリンを食べた。 ひとつのプリンを二人でわけると、普通に食べるのの二倍おいしい。 しかも二種類あるから、四倍うれしくて、 好きな人が美味しいというものが食べられるから、八倍しあわせだ。 「あー、おいしかったねえ」 「うん」 「また、つらいことがあったら、こうやってプリンたべよう」 「・・・うん」 苦しみも、八分の一になる。
■ 2006.12.29 -C part -「席次表」D-DAYマイナス31 2006年09月13日ごろの話 席次表を作ってもらう。 こちらも「なり多」と契約している会社で、ひとつの制作費が600円ほど。 二週間くらい前に、誤字脱字の校正がくる。このとき、最初に用意した名簿とハガキで返送されてきた字を確認すること。この人の名前はこうだと思いこんで書いて送ったが、返事に書いてある名前が本物だ。結局まちがった字で席札を作ってしまったのだ。席次表に限らず、こういうケースが何件もあった。 名簿の並びは、その地方での優先順位に従って並べる。 私の実家で言ったら、血の遠い順に新郎新婦へ近くだ。この順にテーブルにすわる。 ところが、先方(山形)によると、まず本家の跡取りが一番新郎新婦の近く、とかそういう風にいろいろ決まりがあるらしい。 席の位置や並び順が地方によって違う。できるだけ、互いの価値観に沿うように配置し、男女のならびは新郎新婦配列に準じて右男左女とした。半端な席は、できるだけ新郎新婦が見えるように空けている。 ここでけっこう大事なのが「この人とこの人の席はくっつけてはいけない」という組み合わせを聞き出すことだ。 我々の式ではあまり極端な例はなかったが、それらしい人物は、可能な限り離して、席を決めた。 式の二週間前までには名前と配置を決定して、製作代行の会社へ提出する。会場を模した用紙、ここではスタッフに簡単にかいてもらったテーブル配置図を拡大コピー(A3)して、その上に、ひとりひとりの名を、こころをこめて書いた。 ところで、この時点で、あとおよそ1ヶ月である。 決めることはいよいよ加速度的に多くなり、いっしょに住んでいてさえ、なかなか決まらないこともある。 つくづく、結婚式を後回しにして善かったと思った。 この時期に、結婚式の準備と同時進行で、新居さがしとか家具選びとか引越とか新婚旅行の予約とかしてる暇は、絶対にない。
■ 2006.12.30 -A part -「窓からみえるもの」D-DAYマイナス30 2006年09月14日ごろの話 時間がないので一発で書く。MK2さんもこんな感じで書いてるんだろうかとかんがえつつ前説から。いまのアパートは各部屋に出窓がついてる。ワンフロアに四部屋が東西に並んで配置されており真ん中に階段通路がある。端の部屋は出窓が外向きについてるので覗かれることはないが内側の部屋はけっこう階段通路から覗けてしまう。いままで見ないで過ごすことがエチケットだと思ってきたがなにかのはずみでみえてしまった。 出窓にうずたかく積まれたエロゲのパッケージが。 これはひょっとして見せているのだろうか。そのうえで同志が「やあ」とか言って語りかけてくるのを待っているのだろうか。エロゲがありしかもかなりの本数が積まれていることを考えると単純に妻帯者とは考えにくくまたこのアパートはいちおう独りで住むにはひろく子供が小さいころなら大丈夫なかんじのひろさでもあるのでいよいよ住人の人となりが気になる。今日勇気をだして表札を見てみたがなにもかかれていない。会社かエロゲの会社なのかという予想は半分ほど消えた。いやこの際そこにどんなひとがいようがそれはまあいい。エロゲをやることもパッケージを積むのも別にいい。エロゲやってるひとで面白いひといっぱいいるし自分も幾本かやった。でも出窓に。しかも人が通るところに。むしろ見えるようにエロゲのパッケージが置いてあるってどうだろう。人として。いや人としてとか言い出したら毎朝なんとなくパッケージが増えてねえか出勤時とあまつさえ今日なんか帰宅時にも確認してしまってるわたしのほうがどうか。ところでなんか漢字一文字のタイトルで黒っぽいパッケージでその漢字が赤い字で書かれていてなんかボックス仕様の箱が最近つまれたんですがあれなんでしょうね。ああ気になる。とりあえず明日も確認しておこう。
■ 2006.12.30 -B part -「となり」D-DAYマイナス29 2006年09月15日ごろの話 結婚式の衣装あわせの写真が現像できてきた。 「おお、このふたりで並んでる写真、ゆきこさんすごい小顔に見える!」 「ほんとですねえ」 「ああ、私あたまでかくてよかった」 「あはは」 「おお、こっちの二人の写真でも、ゆきこさんすごいスリムに見える!」 「ほんとですねえ」 「ああ、私ふとっててホントによかった」 「あはは」 「あなたは私の横にいなさい。それがいいよ」 「・・・はい」 結婚式まで、あとひとつき。
絵描きと管理:天野拓美( air@niu.ne.jp )