2001.10.29 mon「チャットのログ」

ハムスターの話が思いのほか好評だ。
チャットなどをしていても、その話が出て嬉しい。
ちょっとサボって、今日の日記はそのログを残しておこう


「ハムスターの日記、爆笑しました」

「ありがとうございます。もうずいぶん前のことなんですが、まだまだネタってあるもんだな、と思いました」

「カーテン登山の下りれない「ちー」、かわいい♪ 」

「巣材用に新聞紙を裂く音でっていう、あの死に方が一番びっくりしました。ストレス死ですか?」

「うちに来てから、ずっとおびえてましたから、紙の音は最後のひと押しだったかも知れません。もしかしたら、前に死んだハムスターの死臭が残ってたのかも」

「こわー」



「天野さん、和名が多かったんですね。」

「雅な感じが好きなもので・・・」

「プラズマだけは英語ですか」

「せめて「ぷらづま」とひらがなにすべきでした」

「いや、関係ないって」

「パタリロに出てた「プラズマX」がモトネタなんですけどね。」

「古っ!」

「お名前は、次回から風魔の小次郎ネタで迫っては?」

「うわー、みんな死にそう! <風魔の小次郎」

「だったら、最初から12匹飼うつもりで、ぜんぶ妹の名前にしよう!」

「ハムスタープリンセス」

「可憐、鞠絵、四葉、春歌、千影、雛子、咲耶、花穂、衛、亞里亞、鈴凛、白雪」

「うわー区別がつかん!」

「すぐに死にそうなのが、一匹」

「あまのさんを呪い殺そうとしそうなのも、一匹」

「じゃあ「男塾」で! これなら強くてしぶとそーだよねっ」

「うわー、みんな死んでも生き返りそう! <男塾」

「そして、ねずみ算式にどんどん増えていく男塾塾生・・・。」

「そのうちイカゲル星人とかの名前も使うことになるかも」

「合体伊達臣人なんて、誰も知らないだろうなあ」

「30匹を越えたら、そのときは是非、羅惧美偉で」

「羅惧美偉?」

「男塾名物・羅惧美偉(ラグビー)」(以下説明)



鬼ヒゲ「でわルールの説明をする!! 選手は双方十五人ずつ。武器は何を持とうと自由じゃ。次にこの一升ビンを回し飲みする。全員一口ずつ飲むように」

塾生「なんだあ、景気づけの酒か……?」

富樫「グエーッ ひでえ味だぜ」

豪学連隊員「まったくアホ学校のやることはわからねえ」

豪学連親衛隊長森田「フフフ、なんだろうとぶっ殺せればかまいやしねえ」

鬼ヒゲ「よし、今全員が飲んだのは、塩酸バリトニウムという劇薬である。通常成人の場合、あと二十分もすれば死に至るであろう。たすかる道は唯ひとつ。鉱素ミナトリウムという解毒剤を、二十分以内に服用することだ。そしてその解毒剤は、双方のゴール下にある金庫の中に入っておる。これがその鍵だ。これを鋼鉄製のボールの中へ入れる。

これが男塾名物『羅惧美偉』のすべてじゃ。
つまり、この鍵の入ったボールを奪いあい、早く金庫を開け解毒剤を飲んだ方が勝ちじゃ!!
もちろん、負けた方は全員死亡じゃ」


羅惧美偉(ラグビー)

「その起源は遠くヨーロッパ中世、ラグビー発祥の地イギリス・イングランド地方にあるという。その頃、王侯たちの間でラグビー(その原型というべきか)のチームを持ち、競い合うことが流行し、自分のチームを強くする為に、そのような残虐な練習方法がいくたびか行われたと記録にある」

民明書房刊『ヨーロッパ中世スポーツの起源』より


「男塾三巻参照」

「あんたたちハムスターをなんだと思ってるんだ」

「そのような残虐な飼育方法がいくたびか行われたと記録にある」

「ウソだ、それ絶対ウソだ」

「いやハムスターなんて飼ったことないからさ」

「いままで飼ったことのあるペットというと、ゲンゴロウやら水蟷螂、すずめ、めだか、かたつむり、すずむし、こおろぎ、かぶとむし、くわがた、インコ、ヤゴ、などなど」

「その飼ってきたものを見て「食べられる、ちょっと無理、食べられる、食べられる、食べられる、パス、食べられる、これはちょっと」とか考えてしまった私は・・・」

「もう手遅れです。」






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2001.10.15 mon(2)「ハムスター」


実は、むかしハムスターを飼っていたことがある。

映画「トゥームレイダー」を観た後、masterpieceさんから「ジャンガリアン・ハムスターを飼う予定」という話を聞き、先輩として、色々と豆知識や助言を話した。

最初に飼ったハムスター(1000円(税別))はペットショップで買ってきたのだが、なついて欲しかったので、一番ちいさい奴を選んだせいか、すぐに死んでしまった。

それ以降は、ホームセンターで買うようになった。800円(税別)とこちらの方が安く、近所にあったからだ。
だが、これもすぐ死んだ。そのたびに買いにでかけ、最終的に10匹のハムスターが地獄に召された。


ハムスターは、とにかく、よく死ぬ。

あまりによく死ぬので、うちの中庭はすでに共同墓地になっている。
一応、墓碑はあったが台風で根こそぎ吹っ飛ばされ、いまは何処に誰が眠るかわからない状態だ。
そのため次に死ぬハムスターの墓穴を掘るとき、死体に当たらないように注意が必要である。


うちは呉服屋なため、犬や猫などは飼うことが出来ない。間違って商品が傷つくようなことがあってはならないからだ。
飼い犬が反物(たんもの)の上にゲロを吐いたら、その着物の価格が百万円だったという話もある。住居と店舗が一体化している家で、ペットは厳禁なのだ。

だから、飼うことができるのは、ケージで育てるペットだけだった。金魚や、文鳥などの小鳥、そしてハムスターである。

ちいさい頃に白文鳥を飼ったことがあったが、世話のほとんどは祖母に任せきりだった。
それだけに自分で面倒を見た(上で全滅した)ハムスターには愛着があった。

そんなことを思い出してから、masterpieceさんに話し始める。





ハムスターは、手のひらに乗るほどの小さなネズミだが、エサはよく食べる。
食べきれなくなると、頬袋(ほおぶくろ)にエサを詰め込んで、寝床の近くに貯蔵する習性があって面白い。
頬袋に詰めるというのは、人間でいうとほっぺたの内側に食物を頬張っている状態だ。

ただ、これがものすごくよく伸びる。

最大で、人間でいうと肩胛骨の下あたりまでほっぺたがムリムリと伸びて、中にごしゃごしゃと食べ物を詰め込むのだ。

そのままで歩く様子は、ほとんどよその星の生き物である。


ハムスターは雑食性で、人間の食べるものならたいがい食べると思う。
有名なところではヒマワリの種だが、パンも食べればお菓子も食べる。

そのヒマワリの種ほどの脳味噌しか持っていない割りに、ハムスターは、食べ物の味をすぐに覚える。
チーズや菓子類を与えていると、そのうちまずいハムスターフードや古いパンなどは与えてもたべなくなるのだ。生意気な話である。

だが、二日ほど断食を強いると、脳にリセットがかかって、なんでも食べるようになるから可愛いものだ。(ひでえなオイ)


何でも食べるが、酒は飲ませてはいけないらしい。身体のサイズと比べると、ごく少量で急性アル中になるため、危険なのだ。
アルコールは、本人が好む場合と拒む場合もある。うちで試した限りは下戸だったが「動物のお医者さん」ではスナネズミが飲んでいた。

飼育方法の本に書いてあることは、実はまちまちである。レタスは水分が多いので与えると下痢を起こすとか、一方では水分補給のボトルを推奨したり、もとは砂漠の生き物なので水分を与える必要はない、と明言したり様々だ。
どれも、盲信せず、参考にする程度で良いだろう。


ハムスターは夜行性である。

仕事が終わって、はー寝るか、と消灯した瞬間にハムスターのスイッチが入り、起き出してきて散歩を要求する。

ケージの柵をガリガリと噛んで、出せ出せと言う。うるさいなあ、とハムスターを見ると暗闇にふたつの目が光っている。口元が笑っているようにみえるのでさすがに恐い。しかたなく言うことを聞いてやる。

とはいえ、ふと目を離すと、この散らかった部屋ではすぐに行方不明になるので、ビデオテープを立てて創ったせまい塀のなかで、遊ばせたものだった。


ハムスターを飼う上での注意はたくさんあるが、エサのこと、散歩などの運動のこと以外に、巣の掃除のことがある。
できるだけこまめに巣材などを交換してやるといい。ウサギほどではないが、臭いが部屋につくからだ。絨毯や、布製の壁紙を採用してある部屋では、とくに臭いがしみてしまうので、毎日巣の掃除をしたとしても、飼うのはお勧めしない。臭いのつきにくい部屋を選ぼう。


病気になることもある。私の場合は、気がついた頃にはすでに死んでいたケースが多いので、連れていったことはないが、動物病院へかつぎ込んだ知人の話では、初診で一万円ちかく診察代が請求されたそうだ。

こう言っては何だが、10回は人生のやりなおしがきく値段である。しかも税込みだ。

その割りに、血液の採取をしようにも、検査に必要な量はすでに致死量という生き物なので、あまり手の施しようがなく、それほど当てにはならないそうだ。





ハムスターは散歩が趣味なのだが、カーテンなどをよじ登るのも好きらしい。
レースのカーテンなどを見つけると、爪をかけてぐいぐい登っていく。

ところが身体の構造上、下に向かって爪をかけることが出来ないため、頂上を極めた後、下山することが出来ない。
見ているとしばらくカーテンレールのところでウロウロした後「ちー」と鳴いて助けを求める。

やむなくカーテンを持ち上げたら、そこを滑るように降りてきた。

このハムスターのことはよく憶えている。可愛かったが、私がケージの掃除を怠ったせいで病気にやられ、死んでしまった。



共通の習性だろうか、網戸をのぼるのが趣味のやつもいる。

そしてやはり降りられない。床から180センチほどもある網戸の頂上で、そいつは固まっていた。
また助けを求めるかな、と待ってみたが、後で聞いた話しではハムスターというのは滅多に鳴かない生き物らしい。そいつは、結局その高さから自分で飛び降りた。

手を出すが間に合わず床に激突。スゴイ音がした。人間の身長に換算すると30メートルほどの高所から固い地面にダイブである。

ハムスターは目が悪く、30センチくらい先までしか見えないらしい。とはいえ、そこまで登った距離を計算すれば分かりそうなモノだが、彼らの脳味噌にそれだけの能力はなかった。

このハムスターは、しばらくフラフラしながらも生きていたが、その夏いちばんの猛暑の日、うっかり窓を閉めた部屋に置き去りにしてしまい、会社から帰ってみたら死んでいた。




ハムスターを飼いはじめるのに適している時期は、春と秋である。
なれて欲しいのでちいさい仔を買ってくるとして、彼らの身体が出来上がる期間は、やはり穏やかな気候の方が良いからだ。

冬、ハムスターは身体を震わして寒さに耐える。

見かねて、発熱する電球を熱源にしようと、電気スタンドを近づけると。今度は熱いといって、遠ざかる。体が小さいから、すぐに冷えて、すぐに熱くなるのだ。

本来は数匹で寄り添って寒さに耐えるのだが、うちのは一匹しかいない。ちなみに、大きく育ってからの団体生活は喧嘩が絶えないので、一匹づつケージに分けるのが普通のようだ。


夏は、先の教訓から、風通しがよく気温の安定している場所で飼う必要がある。

いろいろ探したが、夏場はトイレで飼うのが最良だった。気温の安定と言う意味では最適である。
密室なので散歩もできるし、便器も洋式なので落ちて流されることもない。匂いがつきにくいタイル張り構造など、いろいろ好都合だ。

これは長生きするかな、と思ったが、便所という環境がよほど屈辱だったのか、ウォシュレットの電源ケーブルを噛みきったショックで、こいつは死んでしまった。自殺かも知れない。


春は繁殖の季節である。

ハムスターはおっぱいが12個あることからもわかるが、多産である。繁殖力があるのだ。
それに見合ってか、オスのそれにかける情熱はものすごく、その最中の動作は、なんというか「音速の腰」という感じで高橋名人もビックリのハイパーオリンピックだった。

個体の生命維持能力は極端に低い割りに、生殖能力のパラメーターがずば抜けて高いのが、彼らの特徴である。

このときはペアで飼っていて、なんとか子供を増やしたいな、と思っていたが、成功しないまま片方は迷子になって死んだ。部屋の床に開いていて、普段はふたがしてあるはずの配線工事用の穴に落ちたのだ。壁や床の向こうから、ときおりカサカサする音が二〜三日続く。そのたびに飛び起きて壁に耳をあてていたが、そのうち聞こえなくなっていた。

旦那のほうは後妻をもらったが、後述する、謎の衰弱死を遂げている。




ハムスターは、とっくに野生の本能を失っているように見える。

走るのも遅いし、けっこう大きくなってからも、自力では脱出できないような場所に簡単にはまり込んでしまう。世話が焼け、目が離せない。
一度友人からわけてもらったスナネズミを飼ったこともあるのだが、こちらは警戒心が強く、動きも機敏で、その時、いかにハムスターが生物的に馬鹿かということを理解した。

だがハムスターにも、野生の片鱗を見ることがある。
たとえば部屋を散歩するときも、あるていど広い場所だと、かならず壁沿いに隅の方を歩く。目が悪いから、と言うこともあるかも知れないが、フクロウなどの天敵に襲われないように、開けた場所へは出ないのだろう。

穴を掘る習性もある。かつて砂漠地帯に住んでいた名残だろうか、観葉植物の鉢に土を確認すると、猛然とそれを掘り出すのだ。

ふだんのボケボケッとした感じとは違って、このときだけは目が醒めたようにすごい野性味だ。目も光っているにちがいない。後ろ足で盛大に砂をかき上げ、なんというか、とても嬉しそうに生き生きと土を掘り返すが、そのせいでベッドとパソコンが泥を被っていたので厳罰に処す。


問答無用で風呂に入れた。


このときにも、ハムスターの野生を垣間見ることが出来た。

ハムスターは砂漠の生き物だが、一応、泳ぐこともできるらしい。頬袋のなかに空気を溜めて自前の浮き袋にし、顔だけ水面に出して泳ぐのだ。泳ぐ、といってもネズミの手足なのでほとんど推進力は発生しない。
だが、私はそれを見てひどく感動したものだった。なんというか、ドーナツの穴から顔だけ出してぷかぷか浮かんでいるような有様である。

だが、これに見とれたのが過失だったことは認めよう。

浮き袋が結局保たず、湯船に沈没したのも事実だ。そもそも風呂に入ったことなど無かったのだろうから、死ぬほど驚いたに違いない。
次の日には、既に死んでいた。

ハムスターはストレスにも弱かったのだ。
ハムスターの変形見たさに風呂に突き落とすようなマネは、厳に慎むべきであろう。

正直に言うが、この後、もう一度、同じような事情で風呂桶に突き落とした別のハムスターは、浮き袋を使う能力が覚醒せずにそのまま溺死してしまったからだ。



ストレスについては、それを感じる個体差があるようだ。

風呂が嫌いなのもいれば、丁寧に湯につけてやればくつろぐ奴もいた。匂いに敏感なのもいれば、一度眠ってしまうとカマンベールチーズを与えても起きてこないのもいる。

紙を破る音が大嫌いな奴もいた。巣材用に新聞紙を裂いていると、やおら後ろ足で立ち上がり、ハムスターが出すとはほとんど信じられないような声音で「キャーッ!」と叫び続け、しばらくしてそのまま死んだことがあった。死ぬほど嫌いだったようだ。悪いことをした。



さて、ペットを飼う最初の楽しみと言えば、名前をつけることだ。
あまり長生きしてくれないので、新しく飼うときにはとても気負う。その反動で名前は、凝りに凝った。「ハムちゃん」とかいう安易な名前が死ぬほど嫌だったせいもある。とにかく変わった名前をつけた。

腰のあたりに半月状の模様があったので「月影(つきかげ)

背中にきれいな丸ぽち模様があったので「日輪(ひのわ)

さまざまな期待を込めて雅(みやび)な名前にしたが、あんまり頻繁に死ぬので、飼ってるこっちも脳がヤバいギアに入ったのか、極めつけは、伯牙絶弦の故事から「伯牙(はくが)「鍾子期(しょうしき)という命名もやらかしたことがあった。

これはさすがにどうかと思ったが、改名しようか迷っているうちに、両方とも死んでしまった。

名前が悪かったかも、と慎重になり、しばらく様子を見て、そこから名前を決めようと思っていたら決まる前に死んだ者もいる。

一番長く生きた月影にあやかって、二匹ほど「襲名」をさせて「二代目月影(風呂好き)」「三代目月影(紙の音で死んだ)」としたが、長くは生きなかった。

その後は、縁起を考えて「福(ふく)とか「松(まつ)(で、「おふく」とか「おまつ」とか呼んだ)と漢字一字で命名を試行。それでも死んだので、いっそ強い名前にしようと一気に趣向を変えて「プラズマ」と名付けたのが、さっきのケーブルを噛んで感電死した奴だった。


たとえ名前がハムちゃんでも、長生きしたほうが何倍も偉いと思った。





ふー。

一気に話して、息をつく。
最初こそツッコミが入ったが、だんだん脱力してきたmasterpieceさんが、遠慮がちに質問してきた。

「ええと、天野さん、その話だとその、結局・・・」

「うん、全部しんだ」

「ハムスターの寿命って、どれくらいなんですか?」

「うーん、話によると8年くらい生きるのもいるそうだけど、天野家で確認された平均寿命は二週間くらい

 アウシュビッツ以下だった。

「最初は埋める場所に困ったんだけど、いざ掘ってみると骨が細かいから、解けちゃってるんだよねー。あははー」

「あははーじゃねえ」


そんなわけで、ハムスターはよく死ぬ。悲しいほど死ぬ。

長く生きるハムスターもいるそうだが、うちではすぐ死ぬ。わたしの飼育方法が致命的にわるいのだろう。

ただ最初のハムスターを風呂桶に突き落として衰弱死させた呪いなのではないか、と言う説も最近有力だ。



しかし、ジャンガリアンハムスターを飼いたいというmasterpieceさんの気持ちは変わらないようだった。

「ハムスターの飼い方について書いた本って、ないですか?」

いまさっき、私がさんざっぱら話した内容は何の役にもたたない、という意味合いの質問かと思うのは気のせいとして、私は

「ハムスターの研究レポート」

という四コママンガをすすめた。有名なので知っている人も多いと思う。ペットマンガブームを爆発させた火種的存在である。
偕成社、もしくは白泉社でコミック文庫が出ている。マンガとしても単純に面白いので、興味の無い方も、一読を勧めたい。

「この本はいいよ! 私のハムスター飼育の知識はすべてこの本から得たと言っていい!」

と近所の本屋に連れ出して絶賛した。

『その知識の実績:二週間平均で10匹死亡』

そんなよーなことを考えているのか、本を手にとって、masterpieceさんが複雑な表情をしている。
とりあえず、さっきの話は悪い見本ということで納得してもらい、1・2巻を買ってもらった。

あとはホームセンターを回り、飼育セット一式とハムスターを飼うだけである。

長生きするハムスターが、彼のもとに導かれることを願ってやまない次第だ。





むかし、
飼っていたハムスターが、
どんどん弱っていって、気がついたら呼吸をしていなかったことがある。

手の中で、急速に物質になっていく、まだ小さな子。

生き物の毛艶が、死んだ毛皮になっていく。
どんなに慣れても、それは悲しかった。

動物は、自己中心的な動機で飼ってはいけない。
面倒をみる気持ちは、本当に可愛いと思わなければわかない。
可愛さに慰められたい、というのはやむを得ないことだと思う。
でも、自己中心的動機だ。
それは結局、動物を殺す。


でもわたしは、ハムスターを飼うことをとめはしない。
わたしが慰められたのも、たしかだから。







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2001.10.15 mon (1)「みごとな胸」

乳首魔人さんと、映画を見に行った。
彼の正体がmasterpieceさんであることは内緒だ。

映画館の建物内で携帯が通じなかったので、待ち合わせがうまくいかず、少々苦労する。
会った瞬間に思わず

「ま乳首たれました、ああいやいや、待ちくたびれました

と言おうとして思いとどまる。

いつも遅れてくるのは、こっちだったからだ。責める道理はない。

とはいえ、乳首魔人さんへの挨拶として、これ以上のものはあるまい。そのうち人が大勢いるところで使おう。とにかく映画館に入る。


今日見た映画は、同名で有名なゲームを原作に持つ「トゥームレイダー」だ。

感想はひとことで言って「ゲームキャラによく似て、見事な胸」(中島みゆき)である。

主人公ララの顔やスタイルが、ゲーム版にとても近く、竹本泉氏も言っていたが、よくあんなにそっくりな人を見つけた来たものだと思う。
ゲーム版のトゥームレイダーは、両手拳銃を構えたまま横っ飛びするのが楽しくて、ララが吐くくらいまでピョンピョンとんでいたものだが、映画でもちゃんとそれが再現されていて見応えとしては満足である。

ゲームでは、ララの歩く姿を後ろから見る機会が多い。これが見惚れるくらいキレイに歩く。まるで女優のようだった。で、映画の方ではちゃんとキレイに歩ける女優なので、これも見事。

ただ残念なのは、遺跡探検アクション映画として連想してしまうインディージョーンズに比べると、やはりギャグが少なかったこと。

特に余韻が残るような終わり方ではなく、エンディングのクレジットロールにつきあうのが苦痛であること。

アンジェリーナ・ジョリーのアクションと、あの「この女優さん宇宙に連れていったら胸が上向きになるんじゃないか」と思うくらい見事に突き出した胸、というか胸板から直角に生(は)えている乳しか見る価値がないこと。

そしてゲームではブービートラップにかかって串刺しになるシーンがあるのだが、あの、ゲームなのにやっているプレイヤーまで肝が冷えるような、ものすごく痛そうな死に方が再現されていなかったことがあげられる。(いや、それやったら映画が終わるって)


トゥームレイダーの1だけで、いったい何回ララ(当時はレイラだったかな)を殺したことだろう。

窒息死、串刺し、犬にかみ殺される、熊にかみ殺される、恐竜にかみ殺される、戦闘生物にかみ殺される、目測で50メートルちかい高所から落ちて死ぬ、遺跡に仕掛けられた巨石に押しつぶされて死ぬ、もう、毎回毎回、おそろしくリアルな「死ぬ瞬間」を見せてくれたゲームだけに、ララが死なないのは、なんとなく残念だった。

ヒットしたら、続編を作るため、アメリカのアクションスターは劇中では決して死なないという。それを考えれば、まあ仕方がない。






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2001.10.14 holy「悪食」

「オヤジ、スズメをくれ」

刃物祭りに出ている焼鳥屋の屋台でそう注文した瞬間、それまで「うわー、きもちわりー!」「こんなの喰う奴おるんか」と周りで騒いでいた小学生たちが、何かの演出のようにすぅっと沈黙した。

「あまり焼きすぎないように、半生でたのむ」

「うわー、しんじれん!」「きもちわるー!」

というような叫びを残して、小学生が逃げていく。


スズメというのは、そこらへんによくいるあのスズメだ。

それを焼鳥屋が、どこからか仕入れてきて、羽根をむしって丸焼きにする。
この時期は「寒スズメ」のちょっと前で、やや脂身が少ないので、焼きすぎないことが肝心だ。

最近スズメは、こういう祭りの屋台でもないと、なかなか手に入らない。
ふた串ほど買って家に帰る。

焼いて塩をふっただけのスズメは、美味かった。

見た目にはかなりグロく、食べても頭蓋骨の中から旨味はあるが変な味の汁がしみ出してきたり、まだ燃え残った羽毛などが少々こびりついているなど、引く点はある。

だが、父は生前、これが好きだった。
それにならって、食べてみたのだ。



私の両親は、戦前の生まれのせいか、いろいろ変なものを食べている。
スズメなどのは言うにおよばず、ハトやツグミ(現在は禁猟)は基本で、鮒(ふな:寄生虫に注意)を釣ってきては佃煮にしたり、アマゴを生きたまま串刺しにしていろりの火にかけると死ぬほど苦しがって悶えるため身が締まって美味とかゆー話しを聞かせてくれたものだった。

当然、昆虫の類も食べる。
滋養のある食べ物が少なかったせいか、たとえばヘボ(という蜂の幼虫)などは御馳走だった。
絹糸を穫った後の蚕(かいこ)のさなぎを、フライパンでこんがり焼き、擦(す)って粉末にした上でダンゴにしたり、毛虫を天麩羅(てんぷら)にして食べたともきく。

松の葉を食べる毛虫を捕ってきて、口内に毛が刺さらないよう、火であぶった後、天麩羅にするのである。

プチッと噛むと裂けた胴体から松の葉の味がしみ出してきて、けっこう美味いのだそうだ。

松の葉の天麩羅は、戦時中は比較的メジャーな食料だったと聞く。まあ、それを考えると筋は通っているが、できれば食べたくはない。

学校教育はあるが、母などは自分で編んだ草鞋(わらじ)を履いて登校していた時代の話である。




戦争の食糧難を生き抜いた父母の食い散らかしたゲテモノは、かなりの内容である。

当然、ここに書けない内容もかなりあった。
書ける範囲で妥協しても、せいぜいナメクジまでだろう。(ちなみにナメクジは喘息に効果があるとか言う話です。私も信じてないけど)

そこから先は、一族の名誉のためにも書くべきではないと思う。


だから、スズメを食べたところで、追いついたとは言えない。

この親を越えるためには、やはりイルカくらい食べなくてはと思うが、どうだろうか。





先日、母が旅行に行って帰ってきた。
そして、家について一言。

「あのクマたべたかったわあ」

と、どこかで熊肉を振る舞われたのに食べられなかったのか、こころから残念そうな顔で漏らしていた。

「はい、これおみやげ」

とテーブルに置いたのは、人間の小指ほどもあるスズメバチの幼虫の佃煮(瓶詰め)である。




この親を越えるためには、やはりネコくらい食べなくてはと思うのだが、どうだろうか。






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2001.10.13 sat「刃物の祭り」

私の住んでいる岐阜県関市では、毎年10月なかばの土日に「刃物祭り」が行われる。
詳しい説明は、ここを読んでもらうとして、今年は穏便に表向きの祭りを堪能した。

土曜の朝早くから市内の商店街が歩行者天国になり、販売所や屋台が建ち並ぶ。
売っているものは、食料品の類をのぞくと、すべて刃物関係で、小さいところでは爪切り、大多数を占めるのは包丁やひげ剃りである。
ほかに農機具や鉈などもあるが、そういった生活用品に類しない人気アイテムといえば、何と言ってもサバイバルナイフだ。

それに引かれるためか、包丁や備中鍬(くわ)を買いに来た年輩者に混じって、迷彩服を着込んだミリタリーマニアの姿が、結構目につく。

彼らの迷彩は、ファッションとして、と言う程度のものではない。

タイガーストライプの迷彩服上下揃いとか、この田舎町で逆に目立つ都市型迷彩服とか、一見ただの黒服だが、実はSWATの夜間戦闘服とか、当日はかなり暑かったが、ジャングルブーツは基本だとか、さりげなくそのブーツには、いつそうなるかはわからないが、いざというときのためのナイフが仕込んであったりとか、手にはフィンガーレスのグローブが基本などなど、持っているミリタリーグッズを全部身につけてきましたという感じの、全然カモフラになっていない妙に目立つ格好の連中がゾロゾロ歩く。

彼らミリタリーマニアにとって刃物祭りは、実は貴重な祭日である。
今でこそ流行っているが、上下揃いの迷彩服を堂々と着て街を歩けるのは、この日と航空祭くらいしかないからだ。
言ってみれば、着物を持っている人にとっての正月のような日である。



地元の人間にはいまさら珍しくもないので、屋台で焼き鳥など買い求めながら、てきとうに出店を見て回る。
するとあるブースの前で、ちょっと興奮気味の外国人の様子が目にとまった。

そのホワイトアングロサクソン系の外国人(声:大塚芳忠)が指さしていたものを見て、さすがに私も驚いた。

 逆刃刀である。

あの「るろうに剣心」の逆刃刀(さかばとう)が、店頭で販売されていた。
しかも御丁寧に「るろ剣 逆刃刀」と商札に書いてあったから間違いないところだ。

なんというか、うちの市もここまで追いついて来たか、という感じである。

店頭で販売される日本刀はすべて模擬刀だ。危険はない。というか真剣で逆刃刀なんか拵(こしら)えたところで、一部から絶賛されるだろうが、一本も売れまい。
模擬刀は、装飾用なため造作も簡素で、値段も1万円くらいからある。だが、その気安さから出来たとはいえ、逆刃刀には驚いた。

この調子なら、と卍さん(無限の住人)の七本刀を探すもさすがに無い。それでも忍者刀はあった。なんというか、分かっている刃物メーカーだ。

わたしも鉄扇などを見ていると、その逆刃刀に反応していた観光客風の外国人は、けっきょく忍者刀を一本買っていった。逆刃刀にも興味はあったようだが、アニメが好きかどうかはわからない。
オーサカバトウ! クズリューセーン! HAHAHAHAHA! とかいってるモルダンJr.みたいな外人がいたら、間違いないところなのだが。





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戦後最大の井上喜久子

2001.10.12 fri「流星」


予期しなかった現象に対して、人間が考えたことは、その人の本質を表しているのかもしれない。



昔は、不意に流れ星を見た瞬間

「井上喜久子さんのライブに行けますように井上喜久子さんのライブに行けますように井上喜久子さんのうわーダメだああ!!」

と叫んだものだった。

そしていまも、願うだけで叶うなら、脳にチップでもカードでも入れて、クロックアップするだろうけど、と笑ってみる。

でも、その願いは、幸せな生活を夢見ることに自然とつながるようになった。
日記には、諸事情ゆえにその人のことを書いていないが、私がいま愛している女性との未来が、幸せなものでありますように、と。



ボクシングのランキングというのは少し変わっていて、一位の上に王者(チャンピオン)がいる。「一位」と「王者」は別なのだ。

井上喜久子さんは、わたしにとっての一位といえる女性かもしれない。

だが、それは、あくまでもチャンピオンを除いた、その他30億女性の中の一位である。



その人に会ったとき、私の中の順位は書き換えられた。
永らく空位だったチャンピオンが現れて、わかった。彼女は別格だった。

美しい人、優しい人、頭がいい人、ゲームのキャラまでいれると、魅力的な女性は、ものすごくたくさんいる。


でも、

女なんて世界に一人いれば充分だ。


生まれて初めて、実感としてそう思った。





月の細くなった夜。不意に視界を切る髪の毛ほどの流星。

予期しなかった現象に対して、人間が考えたことは、その人の本質を表しているのかもしれない。








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戦後最大の井上喜久子

2001.10.10 wed「技術の人」


井上喜久子さんのことを、あまりよく知らない人は、かなり天然な、よく言っても「おっとり」、遠慮なく言えば「ボケボケ」っとした人物だという印象があるだろう。

だが、井上喜久子さんは、実は、かなり「技術の人」である。


先日はじまった「キャプテン翼」のアニメだが、いくらでも少年の声ができる声優はいるだろうし、若い新人ががんばって獲得する役かと思うのだが、翼くん(少年)の声に選ばれたのは、井上喜久子さんだった。

あちこちで話しているのだが、観てない人は、たいがい信じない。


かなり昔だが「ファミリー戦隊カゾクマン」という企画があった。お父さん、お母さん、お姉ちゃん、弟、赤ちゃん、敵の女幹部、その手下二人(男)、すべて一人で演じるという声優つぶしみたいな企画なのだが、井上喜久子さんは全部演じ分けていた。
天然にみえるが、それは人間性であって、このひとは技術に裏打ちされた実力者である。



翼くんの声は、違和感もなく、毎週放送されている。

それを観ながら、一児の母でありながら少年の声ができる人、というのは、けっこういるのだが、女声のバリエーションが売りで、これだけ実年齢が離れた主役級の男声を演じるケースは珍しいと思うが、どうだろう。
(私はいま、なにか恐ろしいことを書いてるな・・・)

「月刊おねえちゃんといっしょ・11月号」では、赤ちゃんっぽい声から、幼女、少女、女子高生、色っぽいお姉さん、おばさん、おばあさんと、人間の一生をみるような演じわけを聴かせてくれた。あれも凄かった。


そういう技術の片鱗を、ビデオやテレビなどでちらっと聴くと、妙に嬉しい気持ちになる。
ファンとして誇らしい限りだ。







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2001.10.09 tue「AIRのあと」

(ナレーション)

これはキックボクシングに
熱い青春の血のすべてを叩きつけた
キックの王者・沢村忠の
華と嵐の物語である。

ゆくぞ ゴングだ
飛びだせファイト
出てくるやつは ワンツーパンチ
ノックアウトだ 右まわしげり
いまだ チャンスだ 真空飛びヒザ蹴り
キック キック キックの鬼だ!

ゆくぞ 男だ
力の限り
逃げるやつには 三段蹴りで
ヒジ打ちかわして ハンマーパンチ
いまだ チャンスだ 真空飛びヒザ蹴り
キック キック キックの鬼だ!



・・・・。


ダメだ、どうやっても替え歌にならねえ。




いや、井上喜久子さんは親しみを込めて「きっこさん」と呼ばれているのですが、それと「キックの鬼」(キックの鬼:「綾音ちゃんハイキック!」の30年くらい前にやってたキックボクシングのアニメ)を掛けてみようと思って、オープニング歌詞とタイトルロゴまで手に入れたのですが断念。というわけでやっぱりこのタイトル。

戦後最大の井上喜久子
このウェブページは、この前まで「寄道余所見」だった何かみたいです。(すでにパターンワード)

以前に、日記の休止告知を出した上で、バカ一代とかにするお遊びをよくやったが、本気で「ご苦労様でした」と言ってくださる方がけっこういたので、いきなり始めるとしよう。





AIRの話に戻ってしまうが、DC版AIRの特性は、やはり声があることだ。
声のおかげで、パソコン版では泣けなかったシーンで涙を誘うこともある。
だが、私の場合、声があることで、ひとつの問題があった。


AIRでは、井上喜久子さんが、あるキャラクターの声をあてている。

その直前のシナリオ、美凪編のラストで、あれほど泣いて胸を満たしたあらゆる感動が、

井上喜久子さんのキャラが登場した瞬間に、一気に吹き飛んでしまったのだ。

もう、なにもかも忘れて第一声から拍手喝采である。

これは問題だと思うがどうだろうか。





AIRも決着がついたところで、次は何のゲームをはじめようか考えている。

ふと見ると、shalさんから借りてしまった「ハッピーレッスン」が手元にある。

例の、5人のママが、問答無用でいろんな世話をしてくれるという「どれほど設定が不条理でも、萌えれば善し」という、暗黙の了解を受け入れる土壌はすでに、ユーザー側に於いて熟成していることをシスプリが証明した上で発生した「人に言えない妄想をビジュアル化している」というなにか大切なものを突破した実績において、美少女ゲーム史上屈指の家庭内恋愛ゲーム・・・らしい。(わたしにもよくわからん)



なんというか、設定、キャラクター、声優陣(一部)、そして製作会社が声を揃えて

「めくるめけ!(命令形)

といっているような感じのゲームである。
これは、ちょっとまずいような気がするのだ。



それでも「三世院やよい」役が井上喜久子さんであるという一点で、このゲームを借りた。

井上喜久子さんはいい。
井上喜久子さんは、いいのだ。

だが、逆に

「よくも俺たちの最後の女神・リアルベルダンディ(略して「生(なま)ベル」)・井上喜久子さんに、こんな うれし 恥ずかしい演技させやがって!」

とゆーよーな怒りが巻きおこるような気もする。


これはやっぱり、ちょっと控えておこう。せっかく貸してくれたけど、ごめんね、shalさん。








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2001.10.08 mon「喉まで伝う涙の川」 ※AIRの感想ですが、いちおうネタバレ無し


AIRについて、ここでその本質について書くことは、やはりネタバレなので、控えておこう。

ただ、まだAIRをやってない人で、これからやろうと思っている人に、一言だけ忠告しておきたい。

やはり4回も同じシナリオをやると、いくらなんでも感動が薄れるということだ。



パソコン版で初回+シナリオ確認用1回+考察完了の上の確認用1回、そしてDC版である。

クライマックスは、読んで字の如く「泣き(CRY)」もMAXで、先の日記のとおり大変なことになったが、それ以外の部分は(美凪編のラストなど例外はあるものの)さすがに興も冷めるというものだ。

AIRの構造上、最低2回(情報制限の上での初回+考察系サイトを巡回しまくっておおよその理解が出来た上での2回目)はやるべきだと思うが、やはり4回もやってはいけない。

感動的なことは、あえて繰り返さないことが肝要だ。




でも、それでも。

4回もやって、何もかも知っていても、それでもゾッとするほど鮮烈な演出がAIRにはある。

ぜひ確かめていただきたい。



ともあれ「飽き」とは違う感覚で、私にとっての「AIR」には決着が付いた。

みちるや、美凪の絵など、まだ描きたい世界はあるが、最大のフラストレーションだった点は、最近描いた「銀色の海」で形を見た。
作品への想いをテキストや絵にする儀式で昇華させている私としては、これで、もう満足である。






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2001.10.07 holy「ドリームキャスト版AIR、攻略完了後の現状」








 原因 :久川綾さんと井上喜久子さんの演技

 遠因1:海

 遠因2:家族が寝静まってからはじめたというゲーム時刻

 状態:目玉から変な汁が流出

 涙滴の経路:涙腺−喉元






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2001.10.06 sat「銀色の海」


海へ行った。

岐阜市へ出たついでに、秋晴れとまではいかなかったが、天気が良かったので、バイクで足を伸ばしたのだ。

長良川の右岸をひたすら走る。
忠節橋あたりに「河口堰まで50キロ」という表示があった。
一夜城を横に見、千本松原を抜ける。長良川と揖斐川の間、地図上では道路の倍幅ほどしかない狭い陸地を走るのが面白い。左右に大河川があるので、まるで、とんでもない大河のド真ん中を、バイク単騎で走り抜けているような錯覚すらある。

伊勢大橋を左にわたり、長良川河口堰(かこうぜき)に臨む。
左岸にある「アクアプラザながら(河口堰の紹介をする記念館)」を見学し、誰もいない小公園の芝生で、少し休憩した。

河口堰は、治水と貯水を目的に作られたが、堰の性質上、どうしても手前にヘドロが溜まる。生態系は、徐々にだが破壊されていくだろう。貝などにはすでに影響が出ているようだ。
貯水にしても、いまだに一滴の水も売れていないので、独立しているはずの運営が税金に頼っている状態と聞く。そのわりに、この記念館は、空々しいほど豪勢な作りの紹介施設だった。ここの電気代や維持費だけでも、かなりかかるだろうに。
「アクアプラザながら」には、私の他に、誰も客はいなかった。平日なので当たり前なのだろう。いろいろ風当たりがある中で着工された河口堰の工事だったせいか、イメージを良くするために、必要以上にフレンドリーな感じの展示が目立つ。それも、工事が終わってしまえば、体裁のための遺物なのかもしれない。



河口堰から海までは、ほんの数キロだ。長島スパーランドを横目に一気に走る。
高い堤防の前にバイクを停めて、階段にたよらず急斜面を駆けのぼると、

そこに完璧な水平で切り取られた海と空があった。

足下のテトラポットに波があたって泡がはじける。
砂浜でないのが残念だった。


伊勢湾の海岸線の多くは埋め立て地である。一番近くにある海水浴場は、その真ん前に産業廃棄物最終処分場があるので、いまいち雰囲気が出ないと思ったのだ。それ以上は、長距離ツーリングになれていない自分には、遠い。ここが、岐阜からいちばん近い海だ。

河口に近いせいか、潮の香りが薄い。子供の頃にかいだような臭みのある空気ではなかった。


灰色の海をしばらく眺める。
秋晴れであったら、もうすこし明るい色をしていたかも知れないが、海はすでに冬の色だった。

男波がひとつ。女波がふたつ。
波を数えて、海を眺める。


しばらくしてから、私は立ち上がって、バイクに戻った。
グローブをつけて、指折り数える。

「育毛クリニックの日記を書き溜めておいたので、日記の更新は大丈夫」

「絵も、ラフ段階のものを除いては、描けるものは全て仕上げた」

「掲示板へのレスポンスも書いたから、当分は大丈夫」

「発売日にしっかり購入して、シナリオは、最終編の大詰めまで、進行してある」

「そして、岐阜県民には実感が薄くて、感情移入しにくかったストーリーの舞台である海を、いまこの身で確認した!」


最後に大きく潮風を吸い込んで、叫ぶ。


「これで、心おきなく、AIR(ドリームキャスト版)のラストシーンに 没入できるぞ!


その日の夕方、うわーははははははははと笑いながら長良川を遡(さかのぼ)る一台のバイクがあったという。
彼の決意の行く末を知る者は、誰もいなかった。






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2001.10.05 fri「育毛クリニック体験日記・3」



この場を借りて、お礼を言おう。

皆さん、応援のメッセージを、ありがとうございます。そして
皆さん、心配のメッセージも、ありがとうございます・・・。

さんざん脅されたカウンセリングの後で、いよいよ施術である。
とはいえその行程は、おもに洗髪だった。

カーテンで仕切られた一室に、リクライニングシートとシャンプー台がある。
ここで後頭部を支えられながら、頭髪を洗ってもらった。カウンセラーとは違う、オペレーターとよばれる、ぜんぜん喋らないお姉さんが、無言で、しかし丁寧に丁寧に洗ってくれる。

熱めの湯(43度くらい)で頭皮をマッサージしてから、専用の薬用シャンプー(発毛シャンプーと呼ばれている)を使っていた。
カウンセラーの話では、私の頭皮は敏感な性質らしく、安い刺激の強いシャンプーなどではすぐに皮膚がやられてしまうそうだ。たしかに、このシャンプーは頭にしみないし、気もちが良い。とりあえず、これだけでも買っていこうと思った。

指の腹で、丁寧に頭皮指圧をするようなシャンプーの後、スチーマーというオゾンスチーム(蒸気)で頭皮をあたためる機械にかかる。
頭にがっぽりと被せるタイプで、とても熱いが(とはいえ、ある程度の調節はできる)じきに気持ちが良くなる。血行が良くなって、毛穴が開き、奥の方の脂質まで掻き出されるような感覚があった。

その後、シャンプー台で、熱・冷・熱・冷と交互に頭皮をシャワーする。この温冷浴は大後頭神経の働きを良くするそうだが、わたしにもよく分からない。最後は熱い湯をかけながら、じっくりとマッサージ。そしてトリートメントをつけてやはりマッサージだ。最後に、専用の発毛剤を塗布し、こんどは擦り込むようなマッサージにかかる。

次に部屋を移り、低周波と高周波の機械で頭皮にバイブレーションを送り、塗布した育毛剤を毛根に浸透させる。イオン導入というらしい。
これに時間がかかるが「リラックスできたほうが良いですから、眠っていただいてもかまいません」という言葉を聞いた頃には、すでに意識が無かった。

本当に気持ちが良かったのだ。




施術全体の感想としては、とてもよかった。
頭皮のマッサージが気持ち良いし、初めてだったから、というのもあるかもしれないが、髪がとてもスッキリしている。いままでの適当なやり方ではフケやアブラが残り、なるほど髪が薄くなるのも当たり前だな、と思った。

私は短髪だったので使わなかったが、ドライヤーセットも用意されている。とりあえずタオルで顔と髪を拭いて、支持どおりカウンセリングルームへ戻ると出てきたのは青汁だった。

生活習慣について、最初に言われたのだが、頭皮は、全身に栄養が行き届いて、最後に満たされる部分だという。
そのせいか、ストレスや生活のリズム、そして食生活や体質からも影響を受けやすい。
そういった側面を考えての、青汁のようだ。

「うーん、まずい! もう一杯!」という八名信夫反応などいまさらだよなあと、リアクションを思案しつつ飲んでみたが、意外に飲みやすかった。



一日目の施術はこれで完了である。

やはり棒読みなカウンセラーと今日の感想を話し、ミニサイズのシャンプーとトリートメントのボトルをもらい、帰宅した。スチーマーや周波の機械はないが、これでしばらく今日の再現をしてくださいとのことである。




コース二回(二日)で、一万円である。
一週間ほどおいて、私はまた育毛クリニックに来た。

二日目は、二言三言をカウンセラーと話してから、すぐに施術である。
行程は全く同じだが、今度のオペレーターさんは、ニコニコとよく笑い、よく話す人だった。

前回同様、二時間ほどの施術の後で、最後のカウンセリングである。
カウンセラーは同じ女性だが、今日は棒読みでこそあるものの、笑いも入ってよく話す。


あとで気がついたのだが、一日目と二日目の違いは、わたしにあったようだ。
二日目に来た前日には、ヒゲが邪魔でピザが食べられなかったので、その夜のうちに剃っておいたのだ。

つまり一日目には、かなりヒゲが伸びた状態で、さらに緊張と警戒など鬼気迫るものがあり、まあパッと見は

「いまそこでひとり殺してきました」

という感じの御面相だったようである。



それはともかく。

かつてこの育毛クリニック(全国に44ある同クリニック全体)に訪れた人の、色々な症状と、その快復例を写真で見せてもらった。
女性の症状で、まったく髪の生えていなかった人や、ごく一部しかはえていない人の頭皮が、みるみる復活し黒くなっていくのは、感動的だった。

男性も、とても見違える。
今のわたしと同じくらいの人が、真っ黒になっている写真は、とても希望的だった。

三ヶ月、半年、一年、二年と、写真でみる変化はすごい。育毛は体質改善からはじめるので、このように時間はかかるが、ここのシステムなら、確実に生えてくるだろう。98%以上の成功率を誇るそうだし、二回の体験だが、それは充分に予感できた。

本当にフサフサになる。
これなら、継続してコースを受けてみても良いかも知れない、と思った。



アルバムの最後には、コースの説明が書かれていた。
それぞれの状態や環境に合わせて、コースが用意されているのだ。使用される育毛剤や機具が書かれ、三ヶ月、半年、一年、二年の四種類の発毛コース、他に自宅でケアするホームケアコースなどの案内が書かれている。

「ええと、ではですね、天野さんの場合、治療に必要なのは2年コースですね」

すっかり饒舌になったカウンセラーが、サラリと言う。

うむ、そうか二年コースか。
それくらい、じっくりやった方が良いかも知れないな、と思っていると、コース価格の内訳書が差し出された。


発毛コース・2年 1クール

一般価格 4,282,400円(税別)


見た瞬間に1000本ほど毛が抜けたような気がした。



「え? これペリカじゃなくて?」

「はい¥(イェン)です。」

「ウォンでもありません?」

「ええ、ですが、いまでしたら特別割引で」

そういってカウンセラーは用紙の一部を指さした。

  割引後特別価格 2,910,000円(税別)

ものすごく気前の良い割引である。


それでもそれは、名古屋−東京間の新幹線代一往復20000円として、145回もコミケに行けるああいやいや婚約者に会いに行ける金額であり、また、最近私を驚かせた金額と言えば写真のプラモデルのザク(198,000円)なのだが、これなら、ゆうに二個小隊が組織できるのみならず、人間用の武器セットを流用してマシンガンとか鉞(まさかり)とか手榴弾とかポン刀とか持たせて部屋に飾れる数であり、DVDソフトを一枚平均5000円とするなら、582枚も買えてしまうという夢のような数字であり、キオスクくらいなら、下手をすると店買い(正確には「一店買い」)できるほどの金額なのである。



※参考資料



フサフサは、それは魅力だが、こんなに払うつもりは毛頭なかった。いや、シャレでなく。
たとえば結婚相手を見つけるための投資として考える人もいるだろう。だが、自分は、すでにこの頭をひっくるめて愛してくれる(であろう。たぶん。きっと。)相手がいるし、いっそ頭を剃ってヒゲを生やした方がかっこいいというちょっとヤケクソな自信もある。

やめた。
金額ひとつで急速に冷えていく自分がいた。
たとえカウンセラーが白衣にミニスカでも、ダメなものはダメなのだ。


このカウンセラーが、営業としてはやはり下手クソで、クローズやプッシュがぎこちなかったせいもあるが、結局、わたしは最低限の買い物だけをしてここを去った。


とりあえず、ホームコースの説明書(これは無料)と、シャンプー・トリートメント・発毛剤のセットを購入し、今後もアドバイスを受けられるというのと、企業秘密である発毛セットは会員のみの販売になるという点で入会を承諾し、そのためにはビジターコース(もう一回、施術が受けられる)への登録が必要ということなので、結局初日に払った二回分の施術量(キャンペーン期間中のため10,500円)を含め、トータルで58,275円の出費だった。

日記のネタのための出費としてはかなり鬼痛なので、せめて気になる人は良ーく読んで参考にしてほしい。



いまは、自宅で、購入したセットを使い、丁寧に頭を洗う日々だ。
コースに入っても二年かかる頭である。せいぜい抜け毛の予防が関の山だと思うが、それでも効果がある確信はある。いままでの洗髪とは、まるで清潔感が違うのだ。行ってみて、本当に良かったと思う。

また今度、会員の特典で、頭皮のケアについて相談に行ってみよう。



この日記を読んで、おおよその知識を得た、と思う人も多いかも知れないが、やはり一度、自身で体験しておくことを、強くおすすめする。
日記に書ききれないことは多く、また、そういう、ネタとしてつまらない部分が、実際の育毛には大切だったりするからだ。
ここに書かれた程度のことで、髪の健康を考えたとしても、たぶんそれは間違った行動になるだろう。

二時間×2ですむ勉強だ。やっておくことを、おすすめする。










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2001.10.05 fri「育毛クリニック体験日記・2」


予想以上に反応があって、複雑な喜びの育毛クリニック体験日記である。


最初の出費は、1万円だった。
これはその育毛クリニックで、二回分の診療を受けられるキャンペーン料金だ。本来はその倍くらいするが、初診を誘発するための手であろう。


私を含め、多くの人は、育毛の方法をよく分かっていない。育毛クリニックに行く目的は、だから勉強をすることだった。

テレビなどで育毛トニックなどの話を聞くが、「そろそろヤバいかも」の人ならともかく、「気がついたらかなりヤバかった」というのっぴきならない人で成功した話は聞かない。

医療機関に行くと、多くは薬局で販売されている薬品を高く評価していないものだが、おそらく、育毛剤の類で市販されているものには、ちゃんとした確実な効果はないのだろう。
スカッとする清涼感はあるが、清涼感だけ、まれに「名前のインパクトだけ」という育毛剤、養毛剤が多いと聞く。
では、この「発毛率98%」を誇る育毛クリニックでは、どういう育毛剤が使われているのか。あるいは頭皮に合った特殊な使い方があるのか。

また、一日に一回頭を洗う、という人もいれば、二回、あるいは逆に二日に一回という人もいる。
自分は毎日軽く洗う程度で、使っていたのはリンスインシャンプー。これは実際どうなのか。つまり、いま自分がやっている頭皮のケアが正しいのかどうか。

これらを調べてもらい、勉強しに行こうと私は思ったのだ。
1万円なら、授業料として許せる範囲である。そのかわり私は、今後のケアの仕方など、勉強し、盗めるだけ盗もうという決意の上で、育毛クリニックに向かった。



まず電話での予約をし、クリニックに来店、ここでアンケートに答えた後、カウンセリングを行い、頭皮の状態をしらべ、状態を判断し、体験コースにはいる。時間がない場合は、予約以降の行程を連続(二時間ほど)で進行させることもできる。

まずは、カウンセリングだ。
現れたのは白衣を着た女性のカウンセラーである。

まだ経験が浅いのか、だどたどしく全体の進行を説明する新人バスガイド以下の棒読みトークを聴く。本当に棒読みである。
カウンセラーはあてにならない、と思ったせいで逆にこっちが吸収力を発揮して質問をしまくったのは、もしかすると育毛クリニックの策かもしれない。
アンケートをもとに、就労中の不規則な生活パターンが影響している、という話がやはり出たが、無職の現在はそれも解消されている。この話は省こう。


最初に聞いたのは、毛髪の構造だった。
ダラダラ書いても仕方がないので、要約しよう。

毛髪は、皮膚の下の部分(いわゆる毛根)が毛母細胞(固まると髪になる)というものをどんどん生産し、下から新しい細胞がどんどん古い細胞を押し上げていく、という成長の仕方をする。先端が細胞分裂する植物とは反対だ。

で、一個の毛根から一本の髪が伸び続けるのは、4〜6年。その後、毛母細胞の分裂が中止し、さらにその状態で次の髪が生える準備が始まる。新しい髪が生えてくると、それに押し出されて古い髪が抜ける。これが、自然な周期らしい。

ところが、これがストレスやら、不規則な生活やら、石油合成系のシャンプーやきついパーマ液の使用やら、頭皮が不潔であったりすると、毛根が弱り、新しい髪が生まれる前に、古い髪が抜けてしまうのだ。
そして、毛根は、新しい髪を生み出す力を失ったまま休止する、というのが、脱毛の姿である。



脱毛の原因には、いろいろある。私の場合を書いておこう。

予約の時に言われ、持参した抜け毛の状態を見てもらった。
マイクロスコープというCCDカメラ(200倍)で毛根をチェックしてもらう。
ひとしきり見た後、診断結果を言い渡された。

「男性型脱毛症、粃糖性脱毛症、脂漏性脱毛症の合併症で、しかも重傷です」

と全然、重傷とも思えないサッパリした声音で、言われてしまった。
でもカウンセラー本人は怖がらせようという意図はあるのだろう。深刻そうな顔で説明をはじめるが、しかしそれでも棒読みだった。


男性型というのは、男性ホルモンによる脱毛である。ちなみに、このホルモンは、仕事がうまくいっているときや、勝負事に勝っているときに多く分泌される。これは、ちょっとどうしようもないかも知れない。
粃糖性は、フケによるもの、脂漏性は、頭皮のアブラによるものである。

こんな自分の頭皮の状態まで日記にする行為が、いかなるプロフィールを紹介するより恥辱を感じるのは私だけだろうか。
参考にしようと思って読んでいる同輩のために書き進めよう。そういう人は感謝するように。


毛髪の状態から、だいたい分かるようだが、本人の納得のためか、駄目押しで頭皮の状態も見せてもらった。
いわゆるヘアチェックというやつで、やはりCCDカメラを頭に直接押しつける。上からカメラをあてるので、つくえに這いつくばらざるを得ない。
その狭い机で、目の前10センチくらいの距離にドンと置かれたテレビで、カメラの映像が映し出される。

先述の合併症だが、要するにフケがアブラでペースト状にジェルのごとく固まって、毛根を地塗りの如く塗り込めているとゆー、日記書きのプライバシーとかいろんな意味で地獄のようなありさまが眼前に展開される。

この、てらてらと光るジェル状脂質のせいで、毛根が弱り、細い毛髪しか生えていない様子や、休止してしまっている毛根が、次々と映し出されていた。

「かなりの重傷です」

どう聴いても、他人事(そりゃそうなのだが)という声で、駄目押しの言葉が上から、妙に軽く降ってきた。


次回に続く。








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2001.10.04 thu「育毛クリニック体験日記・1」


日記の価値は、他人の経験をのぞけることにある。

小説などの「フィクションであること」を前提に、過度に脚色された物語と違い、日記にはある程度以上のリアリティがある。
そして、実際に日記者が経験して感じたことを書くので、メーカーなどの宣伝と異なり、利用者の声としての信頼性もある。
さらに、それらは、常日頃「個人的に興味はあるが、みずから体験するほど切実ではない」と思っている方々にとっての、ありがたい疑似体験にもなるはずだ。

そういった大義名分を土台とし、恥を忍んで、今日の日記を公開しよう。

「育毛クリニック体験日記」だ。

今回かなり捨て身である。




私は、髪が薄い。

他の人と比べると、まず髪が細いようだ。
そして、頭頂部と、額の上がだんだんと地肌を見せるようになっている。ようするに抜け毛が進行しているのだ。

これらの原因は、かつての仕事のストレスかもしれないが、遺伝という可能性も大きい。祖父・外一の頭は、それは見事にツルツルだったからだ。

仕事をやめてすぐに頭を丸めたが、あれは、散髪代を節約するため以外に、様々な興味本心による行動である。
ひとつは、髪を短くし、頭皮にもっと刺激をあたえてみたら、意外に生えてくるのではないか、という希望的な意図と、ツルツルになったときの覚悟のためにあらかじめビジュアルを焼き付けておく、というちょっと後ろ向きな狙いがあったのだ。

ちなみに、そのときには、同時に伸ばしはじめたヒゲとのバランスが結構良くて、これならメガネヒゲハゲとゆー顔面構成でも、なかなかカッコイイのではないか、という保険の確認もできた。



だが、それでも髪はあった方が、なんか良いような気がする。
いまの生活をちょっと変えるだけで生えてくるなら、それを勉強してみようと思ったのだ。

限られた多くの人に、ひそやかなる絶賛を受けることを確信し、その過程を書いていこう。





さて、現実に髪を増やすには、どんな方法があるのだろう。

ワカメを一日に1キロ食べるとか、ヒジキを一日に2キロ食べるとかとかいう話も聞いたことがある。他にも、強力な発癌性物質が含有されるため、かなりの確率で髪は生えるが、同じくらいのパーセンテージで癌になるため、命と引き替えに髪を得るとゆー、魂を投げ売りして買うような育毛剤(結局、開発段階で封印されたそうです)を使うとかゆー類を除くと、比較的平和的な手段は、以下の四点が挙げられる。

かつらの着用

増毛する

植毛する

育毛する

どれも、言葉を聞いたことくらいはあると思う。
いくつかは伝聞だが、これらの実態を紹介しよう。



一番短時間で、手間もかからず、パッと見が変わるのは「かつら」である。

手軽につけられるし、見栄えの変化も一番鮮烈だ。

だが、かつらの問題点は、第一に自毛とのギャップである。
かつらは、24時間毎日つけているわけにいかない。しかし人にみせたい頭はかつらを被ったふさふさヘアーなのである。こちらが本物として世間体を守っていると、うそをついて生きているという感覚がぬぐいきれないという話だ。家族でもできたら、なおさらである。家族の前でもかつらをつける、というのは、家庭内でおしゃれと割り切れればいいが、かつらを外せないままリラックスもできずに生活する精神的負担は大きい。そのストレスが、さらなる脱毛の原因ともなる。

第二に、髪自体の健康にも害がある。
かつらを常用するうち、かつらのせいで頭皮が蒸れ、もとからあった弱い髪が力を失い、抜けてしまうのだ。

さらにかつら自体の寿命が、臭いや汚れ、痛みなど考えると半年ほどなので、そのたびに交換しなければならない。

帽子のようにかつらを被るのではなく、ネット状のかつらを頭髪になじませる方法もあるが、程度の差こそあれ、本質的な問題は同じだ。




つづいて増毛である。

これも劇的と言える変化がある。金額も安く、テレビで盛んにCFが流れているアデランスなどでは「1000本で1万円」など、大きく変身できるわりに手軽だ。

だが、これは何をやっているかというと、本来の毛に、人工毛を結びつけているにすぎない。
一本の毛穴から複数はえている体裁にしているわけだ。

これは、当然、髪が伸びてきたら結び目も上の方へと移動する。もともと腰の無い毛髪に結んだ場合、ひどい猫毛になってしまうのではないかとおもうが、どうだろう。

それに、本来の数倍(増やした本数倍)の負担が毛根にかかるので、抜け毛の激しい人などの弱った毛根はひとたまりもない。
せっかく増やした毛が、もともとの髪を道連れに、ぽろぽろ抜けていく。 もともとの、結びつける杭となる毛髪がなくなるので、その後の増毛もできなくなる。

さらに、上にずれてしまった増毛分の毛髪を根本に結び直す施術は、別途料金が必要で、最終的にかなり高価となる。

金額に見合った、ごく一時的なカモフラージュであると言えよう。




三つ目の手段は、植毛(人工毛)である。これは、人工毛と自毛の、二項を設けてみた。

植毛とは字のごとく、人工毛を頭皮に植え込むことである。

だがこれは、実は危険な手段である。国によっては禁止されている場合もあるそうだ。

人工毛は、人体にとって、しょせん異物なのである。それが人体に植え込まれるため、肉体は拒絶反応をおこし、それを排除しようとする。

人工毛が突き刺された、いわば傷口は、毛が軽くでも引っ張られることで塞がらず、シャンプーのたびに大量の出血があり、カラーリンスかと思うくらい泡が血に染まる。

傷口は容易に膿(う)み、紫色に化膿した傷跡がいぼのように植毛した数だけボコボコと残るらしい。この副作用の末、結果として植えた毛はほとんど抜け落ちてしまう。

そして、その皮膚はもともとの毛穴すら植毛の際にツブされているので、その後にどんなケアをしても、自然に髪が生えることは、二度とないようだ。



では自らの髪であればどうだろう。これが、植毛(自毛)という手段である。

だが、これも実はあまり変わらない。

自毛植毛の手術は、いわゆる皮膚移植である。頭皮のなかで比較的髪の残っている皮膚(後頭部や襟足などを帯状に(幅3センチ、長さ15センチくらい?)切除したもの)を、額の上や頭頂などの髪の薄い部分に移植するのだ。切り取ったところは、直上の毛をのばしてカモフラージュするのである。

これは手術費もかかるし、整形手術のようなものなので包帯が取れるまでにはずいぶんかかる。
とはいえ、人工毛とは違うので、拒絶反応などは大丈夫なようだ。

しかし、この自毛植毛のされた頭皮の寿命は5〜7年といわれている。
結局皮膚がダメになり、せっかくの髪も抜け落ちる。皮膚移植時の縫い痕にある毛根も死んでしまうため、その後で、たとえば育毛に励んでも、その死んだ毛根からは、やはり二度と毛は生えてこない。



というわけで、最も健康的で本質的なのが、いわゆる「育毛」というやつだ。

頭皮の健康状態を良くし、何年も発毛する事の無かった毛根でも、時間をかけて再生する状態をつくり、復活した毛根からドバドバとふっとい毛を生やすのが、その目的と本質だ。

汚れた洗濯物に、白ペンキを塗りつけてキレイになりました、と言うのではなく(いま私はいくつかの会社を敵に回しているな)ちゃんと丁寧に洗うことを考えたやり方である。



仕事をしているうちから、一度いってみたかった某社がある。TVCMもやっている比較的大きな全国規模の会社で、通えないこともない距離だ。無職となり時間がとれたので、最近行ってみた。

次回は、その育毛クリニックでの体験レポートに移ろう。










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2001.10.03 wed「タレントの宿命」

後日談だが、先日、9月の日記に書いた某有名タレントをお迎えしての催事が、つつがなく終了した。
某有名タレントは、プロらしく、きちっと仕事をこなし、招待されたお客様も大満足だったようだ。

ちゃんと、そのタレントさんの個性を発揮しつつ、接客をするのだから、たいしたものである。
だが、ふとお客様が途切れたときや休憩中に、今回のような地方での仕事の苦労話を聞くことができた。



温泉があることで有名な地方へ、仕事に行ったときの事である。
脱衣所で浴衣を脱ぎ、ゆったりと湯船につかっているとき、不意に声をかけられたそうだ。

「あら、もしかして○○○○○(芸名)さん?」

「ええ」

「あら、あらあらあら」

声をかけた婦人は、そういって湯船を出ていった。

数分して帰ってきた彼女は、写真を撮りはじめたそうだ。

もちろん、女湯に裸で入浴している、その某タレントさんをである。





おそらく、その某タレントさんは思ったことだろう。

「こ、これがあの有名な・・・」

写ルンですのフラッシュが光る。

「あきれてものが言えなくなるという現象かあ・・・」と。





最近は、ちょっと気の利いたホテルだと、芸能人が入浴するときには、清掃中の札を掛けてくれるところがあるそうだ。お客様ひとりひとりを見ている、サービスの分かったホテルである。

このようにホテルが気を遣ってくれるのは、本人の知名度が上がったせいもあるだろう。だが、それゆえに先述の信じられないような一般人からの扱いもある。芸能人は、いつまでたってもたいへんだ。


そんな語りも挟みながら、この催事は無事に終了した。

事前に大騒ぎした割りには、トラブルらしいものはなかったといえる。

だが、終了後に唯一のこされた問題点といえば、

事前に大騒ぎした割りには、たいして売上がなかったことだろうか。









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2001.10.02 tue「月夕(陰暦八月十五夜)」


過ぎた話だが、10月1日は、中秋の名月を愛でる日、いわゆるお月見の日であった。
だが、実際には、10月2日が満月である。

月は、29.5日の周期で満ち欠けを繰り返す。これを月齢という。

月齢0日は、いわゆる新月であり、真っ暗で光の当たるところがない状態だ。

その後、月齢が満ちるごとに、光が一部にあたり、剣のような月が現れだす。
太陽が地球越しに月を照らす光だ。だが地球からの反射で、月の暗い部分がうっすらと見えるときがある。地球照と言われる現象だ。目が悪いので、もう双眼鏡などを使わないと確認できない。

やがて月齢が進み、ふとったバナナのような三日月があらわれる。
このときに月の影を作っているのは、やはり地球だ。それを見るにつけ、地球が丸いことがわかって面白い。
丸い地球の丸い影が、月に落ちているのだ。
そう考えて月を見ると、38万キロの投影という、膨大な距離感を感じることができる。

月の船とも呼ばれる半月は、夜空という大海を行く金色の船だ。
船底にあたる部分に雲がかかっていると、本当に船のように見えて、実に風雅である。
その後、反射光を増して周囲の星々を霞ませながら、月は満ちていく。

そして月齢15.0。満月であり、いわゆる十五夜である。

このときの月は、輝く銀盤、しろがねの月輪(がちりん)であり、ムーンビームという言葉もあるほどに、一等星すら右に出さない強烈な青い月色を放つ。

その光量は、月光だけで建物など街の風景を、かなりハッキリと見せるほどで、目さえ慣れれば本も読める。こういう日に、灯りの無い寝静まった街を歩くと、時間が止まったかのような感覚さえ抱ける。




10月2日。満月の夜半に、月を待って三階の縁側に出た。

視界には夜空だけ。顔を上げていれば、建物は視界に入らない。
三階建てのわが家は、それだけ空に近いのが、ありがたかった。


室外機に腰掛けて、持ち出した月琴を爪弾く。

弦の振動が、青い空気を、ふわふわと伝わっていく。
近所に聴こえないように、ひかえめに音を流した。

曲は「ふたり」
AIRで使われていた曲である。多くの場面で使われているが、私は、消えていく美しい夢を奏でた名曲だと思う。

つかえながら、なんども繰り返し弾く。
指元を見なくても弾けるようになった頃だろうか、この満月の光に、私は違和感を感じはじめた。

中天に浮かぶは、見事なほどの強烈な明月である。鏡のように光を跳ね返している完璧な円盤。
だが、これは私が雅を感じる月ではない。



十六夜、いざよいという言葉がある。

十五夜の一日後、月齢で言うと16日。この日から、月の欠盈(けつえい)がはじまる。
この日から、月齢29.5までかけてゆっくりと月は欠けていくのだ。

満ちた月の下で弾くのに違和感があったのは、私はいま、失われていくものを、歌う曲を弾いているからだと感じた。

月琴の郷愁を誘う寂しげな音色を思うと、この月の名をいただいた楽器は、十六夜以降の月影にこそ相応しいのかも知れない。


すこし興が冷めたが、せっかくなので、せめて「月の調べ」を弾く。

だが、心の中では、やはり十六夜のことを思った。
日本人は、月を見ながら、こうして失われていくものや無常を感じていたのだろう。



今月(陰暦八月)は月見月(つきみづき)。
残念ながら当の十六夜には月琴を弾く機会がなかったが、また佳月が出たら、月琴をもって、その青い光に誘い出されてみようと思っている。

今だけのことだが、こういう楽しみ方ができるのも、仕事を辞めて良かったと思うところだ。










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2001.10.01 mon「おもてなし」

水緒さんが泊まりに来た。
天野が東京へ行ったとき、泊めてくださった恩人である。

その水緒さんは、兵庫に住む風さんからバイクを譲ってもらって、東京へ帰るついでであった。
本人としても馴れないバイク旅行である。途中、うちに泊まってもらうことにした。

これは、いわば天野が東京へ行ったときお世話になった恩返しである。
ぜひ、ちゃんと歓迎しようと思った。


「おかあさんよ、ネットの友人が泊まりにくるんだけど、御飯の用意おねがいできる?」

「ふーん、じゃあウナギと寿司でいいかい?」

「ウナギと、寿司・・・。つい最近、どこかで喰ったような・・・」

 やはり、御馳走というと、自然にそういう組み合わせになるものなのだろうか。

「何歳くらいの人?」

「一人暮らしの学生さん。だから、家庭的なものがいいかな。で、旬のモノ」

「じゃあ、牛モツ鍋」

「旬すぎーっ!!」


うちではこの時期、牛モツ鍋をよく食べるのだが、今年は狂牛病騒ぎで、ダメそうだ。
結局、栗御飯や鰻の蒲焼きなど、5〜6品つくってもらい、お迎えした。


歓迎する立場になって、よく分かることがある。

自分が東京で、一軒一軒を泊まり歩いたときにも、家主の方々は、同じように前日からいろいろ準備して、こころを砕いてくださったのだな、と。

そして逆に、泊めてくださった皆さんが、どれくらい私を大切に思ってくださったかが、実感できる。

あらためて、ありがたい話だったと思う。


小雨のぱらつく中、次の宿泊先であるCOBRAさん宅(静岡)に向かう水緒さんのDTを見送る。
彼には、満足していただけただろうか。

水緒さんは、鍋に一杯作ったカレーを三日かけて食べる。(8食連続カレーライス)という生活をしているようなので、食事のバリエーションだけは、お応えできたと思う。






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