「たくさんの思い出がある。他にはなにもいらないくらい」

fly to the Air

(2000.12.23)




胸を波立たせて、間断なく押し寄せる嗚咽。
Airには、胸熱くする、いくつかのシーンがあった。
この謎の多い物語に対しての、自分が判断した解釈、および、感動した場所、そこで何を思ったかを、ここで書き連ねてみたい。

あらかじめ、この解釈文の全てが、自分から出たものではないことを明言しておく。
翼人の使命、救いの条件、隠されたラストシーンなど、まちばりあかねさんのサイトや、Air掲示板から得た解釈を用いている部分が本文にはある。
自分で全て考えつきたいところだったが、用いた解釈に関しては、先人のそれに全く異論が無かったので、自分なりのアレンジを加える程度でここに織り込んだ。
加えて、このページの内容は、容赦なくネタバレなので、まだ全編のクリアを果たしていない人は、これ以下のテキストを読んではならないこと、並びに、大丈夫な人が読むにしても、そうとうな時間がかかるであろうことを、忠告しておく。
なお、ここで触れるのは、観鈴を中心とするシナリオと、SUMMER編のみとし、佳乃および美凪に関しては別項に回したい。





解釈の前に宣言しておこう。
Airは、ゲーム自体では、シナリオはおろか、演出においてすら十分な情報が無く、ゲーム内の情報だけで真相を究明することは不可能である。しばらく追究したが、あきらめた。それ故に、各自が思い思いの推測を巡らすことになるのだが、私も好き勝手にやってみた。一応、一部を除いて、破綻しない理屈であると思う。
そして、Airは、全編を構成するシナリオが、複雑に絡まっており、特に最後の解釈は容易ではない。
これを少しでも分かりやすくするため、物語を追うのではなく、時経列で進めてみよう。
その上で、ドラマの進行を追って、解釈を書いていきたい。
ドラマに関しては、かいつまんでエピソードを説明するつもりが、ストーリーダイジェストになり、あげくAir編の後半に関しては、ほとんどノベライズとなってしまった。あまり意味はなかったかもしれないが、晴子の心情を書いてみたいという気持ちが、第一にあったのだ。
ただでさえ、Airはシナリオライターのポリシーで、とてもハードボイルドな文章で書かれている。行動ないし現象描写がほとんどで、キャラクターの心情をぐちゃぐちゃと描かない。ならいっそ、ぐっちゃんぐちゃんに描いてみようと思った。それ以外に他意はなく、ただの感傷なので、面倒な人はさっさと読み飛ばして欲しい。



Air解釈 本論
Prologue 〜人類以前〜
翼人の使命
後に「翼人」と呼ばれる存在があった。
彼らは、星の記憶を司る者であり、星の誕生の頃すでに存在し、星の成長を見守ってきた。
彼らは、親から子へ記憶を引き継ぎ、星とともに生きる。
そして翼人の使命は、星が滅びないように、この空を幸せでみたすことである。
だが、これは翼人だけの使命ではない。この星に生きる知的生命体の使命は、この星の空を、幸せでみたすことなのだ。
彼ら翼人には、種の終焉の予感もある。
恐竜の時代をはじめ、翼人の生きた時代のほとんどにおいて、知的生命体は彼らしか存在していなかった。
だが、やがて誕生する人類に、この星の空を左右する位置を、とって変わられる時が来るだろうという、いわば世代交代の予感があったように思える。
ならば、自分たちが滅びるとき、すなわち人類が翼人にかわって、この星の空に責任を持つようになるとき、どうかその人類が、空を幸せで満たすことのできる、優しい種族であって欲しい。
まだ見ない種に対し、翼人の母は、そう思ったのだろう。
最後の翼人、すなわち地に満ちた人間の中で暮らすことになる最後の子には、どうか、幸せな記憶を、と母は願う。
どうか、人間が優しい種でありますように。
その人間とともに生きて、幸せのままに、翼人がこの星を譲ることができますように。
そう翼人の母は願った。
そのときこそ、わたしたちは、種としての使命を終え、眠りにつくことができる。
そういう意味で翼人の母は子に語ったのだと思う。
この場面は、Air編のエピローグ寸前に挿入されている。
そして翼人の母は、この星の最初の記憶を空に届けた。
あなたには、あなたの幸せを。
その翼に宿しますように。
そう言い残して。

翼竜のさらに上空を、幼い翼人が行く。
夢という形で記憶をたどる観鈴が、この姿を見る。
彼女は、これを「悲しい夢」と言った。
虚空へ消えた母。残された翼人の子は母との別離を悲しんだのだろう。
子は、孤高に空をゆく。
幾億年もの間。ずっと。
人類が生まれるまで、翼人は孤独に、この空を守り続けた。

これがAirのプロローグである。
この推論が正しければ、最後の翼人である神奈が、人間の中にあって幸せでなければ、
翼人という種族の終焉を迎えることができない。
大局的な意味でのハッピーエンドは、この実現であると言えよう。
だが、そこに至るまでには、孤独なる翼人の、様々な悲劇があった。













SUMMER 〜過去編〜
 八百比丘尼の悲哀
神奈の母、八百比丘尼は、その名の通り800年生きたとされている。だが、8という数字は無限の広がりを意味するので(八百万・やおよろず // 八雲・やくも など)何才かは、わからない。仮に800才という年齢だとするなら、神奈を産んだのは(神奈を17才と仮定しても)783才となる。もう、高齢出産どころではない。
その実は、生まれた子に、代々の記憶が継承されることで、同一人格のように思われた故だろう。まるで見聞きしてきたように大昔のことをかたる翼人の姿を、不老不死と錯覚したのかも知れない。であるから、神奈も、八百比丘尼も普通の容姿のままの年齢なのだろうと思われる。
高野にとらわれた八百比丘尼は、戦に利用され、その身にいくつもの呪いを負った。
結界にあって、神奈と、もう二度と逢うことはないと覚悟しての生活である。彼女は、翼人の記憶は自分で断絶するという絶望的な覚悟もあったのだろう。
だが、天は、ここへ来て八百比丘尼と娘を引き合わせた。
それは互いを求め合う母子の想いが、そうさせたのかも知れない。
だが高野を襲う軍勢によって、八百比丘尼は、矢に射られた。
彼女は、母たれなかった悲しみを裡に秘めながら、いまわの際に、神奈を子として愛し、使命の全てを託す。
最期の翼人の使命を。しかし、呪いも、もろともに。
神奈の母を求め、三人が長い旅を経て得たものは、神奈と八百比丘尼との、ほんの短い時間だけだった。
だが、母親に見せるために、愚直なほど一心にお手玉をする神奈である。二度と逢うことの無いと覚悟していた娘の、その姿を、母はどれほどの喜びで見つめていただろう。
そして、八百比丘尼は、力つきた。
柳也にすがって泣く神奈が痛々しい。

翼人の記憶そして、八百比丘尼が受けた呪いまでもが、神奈にうつった。
だが、このままで神奈が滅んでは、空は呪いで満たされてしまうだろう。













  
  神奈を救う戦い
三人は高野で追いつめられる。
「ふたりとも、願いはあるか?」
逃げ場がない、という状況で、ふと落ち延びた先のことを語り合う柳也や裏葉。海の話。夏祭りの話。許されるならば、他愛のない、しかし酔うほどの幸福。決死の覚悟を秘めた、幸せな会話が続く。しかし、軍勢はすぐそこまで迫っていた。
「これは夢であるな。・・・余の夢だ」
神奈は、母から相続してしまった呪いも、その追っ手も、累が及ばぬよう、自ら空に身をさらした。
天魔を調伏する幾万もの封術、法力が、神奈を締め上げる。
好いていた柳也、裏葉と別れねばならなかったこと、地を追われたことへの無念。
母と過ごしたかった。
海へ行ってみたかった。
夏祭りに行きたかった。
小さな夢もいっしょに抱いたまま、神奈は空ではなく、おそらくは中空で果てた。

この場合の「空」は翼人が死後に赴く世界であり、人語で言う霊界だろう。
便宜上、中空と書いたが、つまり神奈は霊界へ行けず、成仏できずにいると考える。













逃れた二人は、知徳に招かれ、神奈の声を聞く。彼女の魂は、いまだ空にあって苦しんでいると。
すべてを神奈のために投じたいと裏葉は願った。
彼女は神奈の魂に触れるため、法術を学びはじめる。柳也は、抹消されようとする翼人の記述を守ろうと編纂を開始した。
彼らの目的は、神奈の解放。
死して空(中空の意。以後「空」とする)にあり、呪いに、悪夢に、苦しむ神奈の魂の解放である。
いまも、この空には、呪いによって砕かれた神奈の「心のかけら」が、バラバラになってさまよっている。
「幸せな翼人の最後を」という夢は、無惨にうち砕かれてしまった。
だが、人間が奪ってしまった「幸せな翼人の最後」を、人間の手で新たに開く、というのが、この物語の摂理的な意義であろう。
ただ、柳也も裏葉も、使命感ではなく、神奈を愛するが故に、救いたいが故に、その道を選んだのだと思うが。

しかし、一口に救うとは言っても、高野で受けた呪いは、いまも神奈を責めさいなんでいる。
神奈を空にとらえている封術は100年の後には朽ち、神奈の魂は輪廻の輪に入ると言われる。
しかし、翼人の「夢を継ぐ」特性により、呪いは消えない。
人として転生すれば、呪いも終わるだろう。
だが、地人の身に転生したとしても、その器は翼人の魂に耐えきれず、容易に朽ちる。神奈の魂は癒される間さえなく、輪廻に戻る。
未来永劫、神奈は苦しみ続ける。
柳也と裏葉の子供らは、その魂を追いつづける。
具体的に、どうすれば神奈を救えるのか、その方法は分からない。ただ、自分らの子孫は、それを探し出せるかも知れない。過去編では、明確な打開策が打ち出されないまま、物語は終了する。
そうして、神奈の魂を救うため、法術を使う一族の、1000年の戦いが始まった。

このシナリオにおいて、初めてDREAM編で見せた観鈴の苦しみの原因が分かる。
そして、往人にいたるまで伝えられてきた、法術使いの使命も。
ところで、特筆すべき事が、この過去編でのシナリオだ。
「かのうぉ」にSUMMER編の以前を描いた短編小説が掲載されているが、これを含め、
シナリオ担当の涼元悠一氏の「歩く辞書」と言われる国語能力には感服する。













 千年の悲劇
おそらくは、神奈の没後から観鈴にいたるまで、その1000年の間、転生の度に、悲劇は繰り返された。
神奈が受けた呪いの故にか、翼人に心を寄せる者を弱らせ、やがて死に至らしめること。翼人の器たる少女は、愛する友や異性を得ても、それ故に孤独を強いられる。
そして、様々な変調、やがて訪れる死。それは、夢によって神奈の事情を知るようになった観鈴の身にも、じわじわとのしかかっていった。
何人もの観鈴が過去にいただろう。
かけらに砕かれた神奈の魂が、地上に降りようとして、器たる少女の記憶に少しづつ入っていく。
だが、全てのかけらが収まりきる前に、新たなる肉体は、許容範囲を超え、滅んでしまう。
彼女のもとへ、血に導かれるように引き合わされる、法術使いの一族。彼らは出会い、しかし使命を失敗し続けていった。
繰り返される悪夢。

ここで一度整理しておこう。
翼人から人間への、星の運命のひきつぎ。
それには、幸福な記憶と、ともなるものであってほしい、という初代翼人の切なる願いが、残されていた。
しかし、事実上、最後の翼人(神奈)は膨大な呪いを受け、様々な無念とともに果ててしまう。
柳也と裏葉に、具体的な策はなかったが、神奈を何とか人間として「転生させきる」ことで呪いを解き、
幸福な記憶とともに、神奈のこころのかけらを受け止めたその少女が、そのままに生を終えることができれば、
大局的に見て、全てが終わると言えよう。
我々は、1000回の夏を経て巡った、この奇跡の瞬間に立ち会う。













DREAM編 〜観鈴〜
 観鈴のゆめ
観鈴は、幾度か目の、地上におりようとしている神奈の器である。
砕かれた神奈のこころは、観鈴の夢を通して、少しづつ彼女の精神に入っていく。
生まれたときから、神奈とのつながりがあったのか、幼くして母のもとから引き離される悲劇もそのままに、観鈴は神奈によく似た運命をたどり、そして、ここでも歴史上くり返されてきたことと同様の悲劇が起こる。器の崩壊である。
DREAM編では、晴子と観鈴は親子になれず、シナリオは中途半端な雰囲気をもって、
救われないままエンディングを迎えてしまう。











ラストで、観鈴は倒れ、往人はそれを置いて旅立とうとする。しかし彼は、やはり観鈴のそばにいることを誓った。
「おまえと一緒にいて、お前を笑わせ続ける。そうすることにしたんだ」
魂に許容量というものがあり、それに耐えきれずに観鈴の精神と肉体が崩壊するのなら、おそらく、その器を広げるか(仮想メモリーでもないが)、あるいは翼人の記憶を、少しでも受け流す道を開くのが、裏葉が残した法術の、中心的な効果なのかもしれない。
法術自体が、翼人によってもたらされたとの記述がある。
法術が、本質的に翼人と同類の波長を持っているのだとすると、翼人そのもののいない事態において、唯一、神奈の記憶に干渉しうる最後の能力と言えるだろう。
そして法術の限りをつくし、往人は消えた。
「もういちどやりなおせるなら・・・・そうすれば、俺は間違えずにそれを求められるから・・・。だからどうか、観鈴と出会った頃に戻って・・・もういちど、観鈴のそばに・・・」
そして、観鈴は目を覚ます。


 Air編 〜晴子・観鈴〜

 孤独
Air編のはじまり。
往人は、カラスとなり「そら」としてこの世界に存在している。
物語は、彼の視点から進んでいく。
往人の行動を客観的に見られるのも面白いが、なにより意義があるのは、晴子の心情が「そら」に吐露されることだろう。
DREAM編では理解できなかった、彼女の行動、その心情が、今はわかる。
晴子が、観鈴を可愛く思っていること。
本当の親子でないから、いつか観鈴は引き取られ、自分一人の生活にもどされることへの恐怖。そのために、自分を守る生活を続けていた彼女。
誕生日も憶えていた。でも何もできなかった。そう決めて、心のつながりをもつまいとする孤独な魂だったのだ。
晴子の姉である郁子も見抜いていたであろう、人一倍、情深い性格者だからこそ、彼女は、観鈴を心の中に入れまいとして生きてきたのだ。
「いつおらんようになってまうか、わからんこと怯えて、どれだけすごしてきとるんや・・・。うちがあの子といたいだけや・・・。いっしょにいたいだけや・・・。」
そらの前で、晴子は決意する。
「あの子と生きるんや、うち・・・」
晴子は、温泉へ行く、とウソをついて、観鈴の生家へ赴く。
一方で、往人はDREAM編と同じように、観鈴に別れを告げる。
「二人の心が近づけば、二人とも病んでしまう」
神奈の負った呪いだった。
観鈴はこのときも、神奈の記憶を夢に見てなぞっている。閉じこめられていた日々。そこからの脱出、そして母を求めた逃避行。旅に憧れ、往人についていこうとするが、それも叶わない。
往人も、晴子もいなくなってしまった部屋で、観鈴はそらに話しかける。
「ひとりでもがんばらないと。次生まれてくるわたしが・・・もう悲しむことがないようにね。」
夢と往人の話から、事情と使命を悟った観鈴の決意である。
しかし、彼女は苦しみのうちに、そらに看取られて死んでしまう。器が耐えきれなかったのだ。
そこに、往人が帰ってきた。そして観鈴のそばにいることを誓う。
「おまえと一緒にいて、お前を笑わせ続ける。そうすることにしたんだ」
法術の限りをつくし、往人は消える。
「もういちどやりなおせるなら・・・・そうすれば、俺は間違えずにそれを求められるから・・・。だからどうか、観鈴と出会った頃に戻って・・・もういちど、観鈴のそばに・・・」
往人の犠牲で、観鈴は意識を取り戻した。往人の消失を代償に。

ここで起こった奇跡の意味を整理しておこう。
従来なら、神奈の魂を受けてきた過去の少女のように、観鈴もここで死ぬはずだった。
神奈の記憶も魂も受け止めきれずに。
だが、この後、観鈴はいくばくか回復している。
シナリオ中では明言されていないが、これは往人の心と、人形に込められてきた1000年分の想いが、
観鈴の許容量を押し広げたのではないだろうか。
先にも書いたが、あるいは法術を翼人の記憶に干渉させ、記憶を受け流す道が作られたのかも知れない。
観鈴はこの後、ギリギリだったかもしれないが、最後まで神奈の記憶も夢も受け止めていく。
だが、それは決して簡単なことではなかった。














 一瞬の再会
にわかに回復する観鈴。往人の励ましを受けて、再び歩みだす決意をする観鈴。だが、彼女の苦痛は消えなかった。
「でも、がんばらないとね」
涙を浮かべて言う。
「ひとりでも、がんばらないとね」
その涙が落ちる。
「わたしは、いろんなひとに迷惑かけて生きてる・・・。だからだよね。今までのわたしたちは迷惑かけないように、死んできたんだ。わたしだけが不幸だったらよかったんだ・・・」
彼女はややあって、号泣する。翼人の心が反映したか、命は取り留めたが、孤独が、観鈴から生きる気力を奪っていた。
大きな苦痛とともに、観鈴から表情が消える。諦観の顔相である。
「また・・・繰り返すのか」
そらの頭を、ふとよぎった言葉。それが彼の記憶を呼び覚ました。
「どうして俺は、思いも言葉も通じない・・・こんな姿でいるんだろう」
往人だった記憶を、おぼろげに思い出すそら。今の身を、無念に悔いる。
だが、それでも往人は、うすれゆく記憶の中で、観鈴を笑わせようとする。
「そうしなければ、また永遠に失ってしまうから」
そらは観鈴を笑わせる。そして、観鈴を愛した往人の想いが、幻となって観鈴を抱き、励ました。
気がついた観鈴が、精一杯に抱き返す。
「がんばってみせるからねっ」「もう弱音吐いたりしないからね・・・」
だからきっとたどり着ける。ふたりで目指したゴールに。
誰も着けなかったゴールに。

それは、最後まで翼人の記憶を受け取ること。
砕け散ったこころのかけらを、全て受け止められれば、
翼人の魂は、この器で、人の魂として再構成され、新生できる。
翼人の蓄えてきた、すべての夢を見届けられれば、神奈は、人として生まれ変われるのだ。
あとは、呪いから解き放たれた彼女の心をなぐさめること。
それは、幸せのうちに生をおえることだった。














「観鈴・・・さようなら」
一瞬のきらめきのように蘇った往人の記憶は、そらから消えた。
そして、観鈴の目には、意志の光が戻った。
 母と娘
新しい朝。
観鈴の積極的な、しかしギリギリの戦いのはじまりである。
だが、そこに晴子の帰還があった。照れ隠しのような表情をしている晴子が、このときは神様のように見える。
「これからはいっしょや。どこにもいかへんからな」
晴子は全ての事情と心情を観鈴に打ち明ける。とてもすっきりした表情で。
長い迷いを解いた姿だった。

観鈴の環境は、神奈の歩んだ道を象徴的になぞっている。
晴子は晴子なのだが、その位置において、彼女は八百比丘尼であると言えよう。
神尾家の構図は、八百比丘尼と神奈のそれなのだ。
晴子が奇しくも自分を「人魚さんや」といっているのも面白い。
八百比丘尼は人魚と呼ばれていたこともあるのだ。













一緒に生きようと言う晴子に、しかし観鈴は戸惑った。
そして、晴子にしてみれば突然に、観鈴が倒れる。うろたえる晴子。観鈴は往人の話と、自分の見た夢から得た結論をもって、現状を晴子に語る。
「今も、もうひとりのわたしがこの空にいて、ひとりで何かを背負い続けているから」
理解できないまでも、それでも、観鈴を包み込もうとする晴子だが、それを観鈴は拒絶する。晴子の驚愕が痛々しい。
心が近くなったら、今度は晴子までもいなくなってしまう。そう晴子の身を案じ苦悩する観鈴に、何の気負いもなく、静かに湛えた湖のような心で晴子が言う。
「あんたと家族でいられたら、それでええんや。もしうちが苦しむようなことになったんやったら・・・うちは嬉しいで」
観鈴が小さい頃からしたかった願いが、むこうから流れ込んでくる。しかし、それを観鈴は拒否しなければならない。
彼女の気持ちは、母を慕った神奈のそれに近いだろう。だが、それゆえに、これこそが神奈以上の愛別離苦であり、逆に、これによってこそ、はじめて神奈の呪いも、悲しみも、慰めることができるのかも知れない。
苦しんだ人を慰められるのは、その人以上に苦しんだ人だけなのだ。
晴子は、おそらく仕事も何もかも放り出して、一心に観鈴の世話にいそしむ。
それを一つ一つ拒絶し、嫌われようとする観鈴である。
壮絶である。
お互いが強烈な引力で一つになりたいと、痛切に願っているのに、それを果たしてはならない。
雑炊を「おいしくない」と言い放つ観鈴。言葉が晴子の心に刺さる。身を切られるより辛いだろう。
母を求めても、最初は拒絶された神奈と、逆の経路である。
晴子の様子は、母親らしいことができなかった八百比丘尼が、娘に償っているようにも見える。事情は、晴子も同じなのだが。
娘の拒絶に傷ついても、自分の一番やわらかい心で包もうとする晴子。
たまらず、観鈴は泣いた。
「わたし、お母さんのこと大好きだから、嫌いにならなくちゃいけないの」
しかし、ついに観鈴は晴子にすがって泣く。
「お母さんとふたりで生きていきたい」

観鈴が想いを打ち明けた。ここから二人は打ち解けだす。
その象徴的なできごとが、晴子の散髪だった。
髪を預ける観鈴。嬉しそうである。実は、わたしはこのシーンが一番好きだ。
「あ・・・終わった?」「あ、ああ、終わったで。ていうか、終わってしまった、というべきか・・・」というギャグも。
すっかり幼くなってしまった観鈴が言う。
「ここからスタートだね」
過去に、何人もの観鈴のような少女がいた。
観鈴は、その原因たる悲しみの記憶に向き合い、その悪夢を終わらせる決意、すべての夢を受け止める覚悟を語る。
「次からは、幸せになれるように、わたし、頑張るの」
晴子は気がついていただろうか。
それは、けっして揺るぎえない死を目前にした、奇跡への挑戦なのだということを。
そして、その奇跡がかなっても、観鈴自身は、滅びるしかないのだ。
晴子は、母として、ただ観鈴を愛する。
観鈴も、それにこたえようとする。
ふたりの時間は夕凪のように、思い出を残しながら穏やかに流れる。しかし、彼女の見る夢は進んでいく。そう、夕闇は確実にやってくるのだ。
いっしょに朝食を食べる。
子供の観鈴と一日中遊ぶ夢を見る。
波が日の光をうけてきらめくように、おそらく、この他愛のない生活の一つ一つが、晴子にも観鈴にも、宝石のように思えただろう。

だが、突然に、それを奪う者が現れる。
観鈴の実の父・敬介である。
観鈴を引き取るという、その男の前では、拒否しながら、観鈴には、実家へ帰った方がいいのではないか、と晴子はもちかける。
だが、観鈴は、ここが自分の家だという。観鈴の意志を第一にするが、それが自分の願いと同じだったことを、穏やかに喜ぶ晴子。
「頑張って取り戻そうな、二人の時間」

この日の朝、夢から覚めた観鈴は、母に抱きついた。神奈の記憶は、母を失ったところまで来ていたのだろうか。
この日は、お出かけの予定。
海へ行きたい。
そう、観鈴は言う。
これも神奈の抱く、果たされなかった願いだろうか。高野で、海の話に驚いた神奈の夢が想起される。
だが、その晩、観鈴が痛みを訴えた。
あるばずのない翼の痛み。それは高野で翼を打ち抜かれ、射落とされた神奈の痛みであろう。
いよいよ、神奈の心が、観鈴の中で飽和しはじめたのだ。
その一方で、神奈の精神が崩壊した瞬間も、夢として追い迫ってくる。
そして、往人の話を信じるなら、これを通過すれば、記憶が失われるという、正気においては、晴子との別れにつながる痛みが、観鈴を襲った。
晴子には背をさする以外に、何もできないまま、観鈴は、ほとんどの記憶を失う。
神奈に起きた精神崩壊が、観鈴のうちにも現出したのだろうか。それとも、神奈の心のかけら、翼人の記憶が、観鈴の記憶を押し出してしまったのだろうか。
晴子は、もとより望んではいなかったかも知れないが、母の愛の報われるところを、すべて失ってしまった。
いままで培ってきた観鈴との思い出。その全てを。
晴子にとっての、試練である。
それまでは、母娘と言うよりは、友達のような感覚だったのかもしれない。それが真実に母娘となるための、試練であった。
親とは何だろうか。
養育する者が親だろうか? 否、たとえ養育しなくても、それを子供は親と認識する。
では生みの親がそうだろうか? 否、生みの親でなくても、それを親と認める子はいる。
では愛情をそそいでくれた人物が親だろうか? これも否、親以上の愛情を注ぐ者がいても、それでも、子は親を別に認識する。
親とは。
親とは、子供が決めるのだ。子供が「親だ」と思った存在。それこそが親である。子供がそうだと思ってしまったら、その存在がどんなに客観的に間違っていても、親なのだ。
晴子には、どうしようもなかった。
あらゆるアプローチを否定される。あれほど怒していた「おばさん」という呼び名すら何でもなく承諾する。心を開かない観鈴に、晴子はボロボロになるまで打ち砕かれていった。
「あんたがうちを母親と認めてくれる日まで、うちは頑張る」
無邪気に笑う観鈴を見て、晴子が述懐する。家族ごっこだったと。
「うちのうぬぼれやったんやなー」
再び、父親の登場。
先とは違い、よりによって言い訳のできない状況だった。
連れ去られようとする観鈴。晴子は半狂乱になって叫んだ。
「うちがこの子といたい。それだけや!」
晴子は泣いていた。
美鈴自身に、晴子といたい意志があるか。その答えを、晴子は、なんとか三日間引き延ばした。
一度結んだ親子の因縁。
それを取り戻そうとする晴子である。
かつての観鈴が願ったことを、観鈴の最後の意志を、理解できないなりに守ろうとする晴子である。
当の本人は記憶を失っている。晴子だけが、観鈴の遺志を守ることができる。
だが、おやすみのちゅー、も、からまわりになる。
焦る晴子。投げ出しそうになる晴子。あきらめそうになる晴子。
母親らしく、母親らしく、と思っていた晴子が、最後の一日を「ただ、一緒に過ごしたい」と願う。
あの、我の強い晴子が。
それは諦めだったかもしれない。残された時間を、それこそ、いたわるように過ごしたかったのかも知れない。
穏やかな一日が流れた。
どんなしがらみからも、解放されたような顔で、晴子は観鈴との時を過ごす。
約束の日。眠ってしまった観鈴に、顔を寄せる晴子。
「内緒で、ちゅーさせてや・・・」

約束通り、敬介は、迎えにきていた。
「もうええんや。でも・・・」
眠ってしまった観鈴を託す前に、晴子は海に臨む。
眠る観鈴に、ぽつぽつと、別れを告げた。
「あんたは、もううちのことわすれてまうかもしれんけど・・・うちだけは覚えとるよ」
夕景のなか、観鈴を男に託す。何より好きだったぬいぐるみと、ジュースを添えて。
「うちらのお姫様、行ってしまうで・・・」
観鈴をだいた男の背が遠ざかる。
だが、観鈴は目を覚ますと、激しく暴れた。
暴れて。
水に落ちて。
動かない足で必死に立って。
必死になって、観鈴は晴子を求めていた。
晴子の目には、何が起きているか、にわかに信じがたかったろう。
だが、すがるように自分を呼ぶ観鈴を、たまらず晴子は駆け寄り、抱き留める。
安堵の表情で、きつく抱擁される観鈴。
存在を確かめながら、観鈴は、晴子を「ママ・・・」と呼んだ。
「そうや・・・うちがあんたのお母さんや・・・」
自分でも、やっと分かったかのようにつぶやき、晴子も、観鈴をつよくつよく抱きしめる。
「もう誰にも渡したりせぇへん。二度と、あんたを手放したりせぇへん・・・」


神尾晴子と、神尾観鈴は。
このとき初めて親子になった。





夏祭りが迫る。神奈が遠くから見ることしかできなかった夏祭りが。
だが、記憶を失ってだに、観鈴の苦痛は続く。
あるはずのない翼が痛む。
「さすったることさえできへんなんて、そんなん酷(むご)すぎるやん」
娘の苦痛。母親にとってこれほど悪質なものはない。
自分の苦しみなら、いくらでも耐えられるだろう。それが娘のためなら、痛くさえない。だが、それをせめて癒すこともできない。
そして、晴子は突然に往人の言葉を思い出して、顔色を変える。
「明日の朝おきたら、この子、しんでまうんか?」
すがるように、観鈴を寝かせまいとする晴子。そんなことが、いつまでもできるわけがないと知りながら。

「うちはどうなったってええ。あの子だけは、幸せにしたらんと・・・」
何もかもを奪われる苦しみに、晴子は打ちのめされる。
断りもなく、背骨や内臓を、第三者にもっていかれるような気分だろう。すでに晴子は、観鈴のためだけに存在している。観鈴のために死ねと言われれば、晴子は笑って死ぬだろう。
だから観鈴との約束のためにも、夏祭りにだけは、どうしても観鈴を連れていこうとする。
しかし当日は雨。台風が接近している。夏祭りの開催は、無理だった。
眠気からトランプを取り落とす観鈴に、夏祭りの楽しさを、ウソまでついて聞かせ、寝かせまいとする晴子。
寝かせてあげたい。子供の辛い顔が、晴子の胸をえぐる。
どうしようもなく、豪雨のなか、神社へ向かう晴子と観鈴。
「あほや、うちあほや・・・。それでも頑張ってみたら、何かがあるかもしれん思て、ここまで頑張ってきたのに・・・」
無力感に立ちつくす晴子。終わってしまうのだろうか、このまま。
不意に、晴子が呆然とつぶやいた。
「あ・・・。なんでや・・・」
彼女の視線の先。
「なんで、あんなところにあるんや・・・」
奇跡だろうか。観鈴の誕生日に渡すことなく捨てたぬいぐるみが、そこにあった。
もう動けない観鈴を支えて、ふたりで境内にあるぬいぐるみに手を伸ばす。
「幸せな思い出や。大事に育てよ。ふたりで、育てていこ。みんなで幸せになろ・・・」
「やった・・・」
二人はぬいぐるみを手にした。それは10年間、渡すことのできなかった、はじめての誕生日プレゼントだった。
「うちからの、プレゼントや・・・。」


家で、観鈴の方に顔を埋めて寝入ってしまう晴子。彼女は、ずっと眠っていないのだ。
「もう、やすませてあげないとね・・・」
母の姿を見て、観鈴がつぶやく。
痛みはもう無い、と観鈴は言った。
いっぱい寝て、もっと元気になる、と観鈴は言った。
その言葉に、安堵する晴子。
「もう、ええんやな・・・」
観鈴に顔を寄せて、晴子は眠った。
だが、観鈴から痛みは消えていなかった。
眠ったら、それで死んでしまうことも、観鈴には分かっていた。
本当にギリギリだったのだ。
しかし、夢はすでに翼人の初代の記憶まできている。もう少しだ。
晴子を眠らせて、自分だけは起きている観鈴。それを悟られないように。
朝。
その日の朝。
元気に眠りから覚める観鈴を見て晴子がとろけるように述懐する「こんな朝を、うちはずっと待ってたんや・・・」
気が緩んで、涙もろくなる晴子。しかし、母の喜びが幸せで、空だって飛べるかと思うくらいに、晴子の足取りは軽い。
観鈴は、運命にうち勝って、晴子のもとへ来た。晴子はそう思っていた。
これから何もかもがはじまる。
そう思っていた。


外に出たいと言う観鈴。
潮のにおい、陽のにおい、夏のにおい。そして、
「この夏は、おかあさんのにおいがたくさんした。大好きなおかあさんのにおい。」
夏の日ざしのなかで。
大好きな母と、大好きなジュースを飲んで。
家族であることを、安らかに味わって・・・。
いつの間にか、観鈴は目を閉じていた。晴子の声だけが心地よく聞こえる。
覚悟を決めているのだろうか、最後の波に耐えているのだろうか、それとも、幸せを噛みしめているのだろうか。
観鈴は、瞳をひらいた。
「わたしが、がんばるの」
晴子を10メートルほど先に行かせて、観鈴は、そこまで歩くという。
「お母さんがゴールだから」
ゆっくりと歩を進める観鈴。
「きっと元気になれる。こうして頑張っていけば、絶対元気になれる。」
手を叩いて応援する晴子。希望の未来を目指して進む日々を、彼女はもう生きようとしている。
だが、観鈴は力つきようとしていた。



「もう、いいよね。わたし、がんばったよね。」
突然に、彼女の笑みが消えていく。
「わたし、がんばったから、もういいよね。やすんでも、いいよね・・・」
はじめて事情がわかった晴子が、愕然とする。足下の地面が急に消失したように、抗いようもなく突き落とされる墜落感と夏にあって凍りつくような恐怖。
「ごめんね、おかあさん。でもわたしは、ぜんぶやり終えることできたから・・・」
「ゴールしたらあかん・・・これから幸せな暮らし取り戻していくんやないか。せやのに、なんでもうゴールなんや・・・・」
「ううん、ぜんぶした。なにもかも、やりとげた。この夏に、一生ぶんの楽しさがつまっていた。」
何もかもが満たされていた。
「すごく楽しかった」
観鈴の心は、幸せで一杯だった。
「わたしのゴールは幸せといっしょだったから。」
ひとりきりじゃなかったから・・・。だから、もう、ゴールするね・・・。
「観鈴、きたらあかんっ! きたらあかん、いうてるやろ!」
しかし、崩れそうになる観鈴を抱き留めたい。晴子の心が引き裂かれる。


「ゴールっ・・・」
倒れ込むように、抱きついてくる観鈴。呆然としてしまう晴子。この腕の中で急速に脱力していく、かけがえのない娘を失う、絶望と悲嘆。
同時に。
幾星霜をつらぬく想いが観鈴の背に。1000年の決着がそこに見えた。
「やっと・・・たどりついた。ずっと探してたばしょ・・・。ずっと幸せなばしょ・・・。」
晴子の腕の中で、晴子に為す術もなく、瞳が閉じられていく。
晴子が泣いて叫んで、両腕で抱きしめて、どんなに懇願しても、何を失っても手放せない娘は、腕の中から消えていく。
たくさんの思い出がある・・・・。
他には、なにもいらないくらい・・・。
観鈴は死んだ。
1000年、誰も受け止めることのできなかった記憶を抱きとめて。
1000年、誰も獲得できなかった幸せに満たされて。
1000年を歩んだ魂が、求めても求めても得られなかった、愛する母のかいなで。

そして、幸せに満たされたその心の中に、ようやく、神奈は落ちてくることができた。





晴子は後に述懐する。
「このうえない幸せと、このうえない辛さ・・・すべてがそこにある。それはまさしく、人が生きる、ということや」
そして、こうも言う。
「いまはもう自信あるねん。うちはあの子の母親なんやって」
晴子は、前を向いて歩き始めた。


はるか、地球の誕生から、この星を愛してきた翼人。
その最後の一人が、ようやく幸せな記憶とともに、その生を全うした。
呪いもあった。
だが、その「人」からうけた呪いを、「人の手」によって、
それも1000年という驚異的な忍耐と、気の遠くなるような心の蓄積によって、
翼人を受け止める器を成すことで浄化したのだ。
観鈴の体を借りて地上に人間として生まれ変わった翼人は、幸せな記憶とともに、ふたたび空へ帰っていった。
















「彼女はもうこの地上にはいない。空にいるんだ」
そらは、観鈴を探し続ける。
「そして、いつの日か、僕は彼女を連れて帰る。」
夏は終わり、そらは初めて飛翔した。
観鈴の短い一生は、神奈の魂を、人として産み変えた。
そして今は、ともに空にいる。
人として転生することのできるようになった神奈といっしょに。
「帰ろう、この星の大地へ」
そう呼びかけて、そらは、その魂を迎えに行く。
新しい始まりを迎えるために。
このとき、そらは見る。
神奈の持つ、あるいは、観鈴の見た、翼人の最初の記憶を。
そらは、その記憶に触れた。


 Air編のラストシーン 〜新しい始まり〜
波打ち際に立つ少年。かたわらにたつ少女。
僕、と少年は言う。おそらく、少年はそら。そして、横にいるのは、そらが連れ帰った少女だ。人として新生した、神奈であろう。
ふたりは幼なじみだ。翼人の記憶に触れた後、転生の輪に従い、いくばくかの時間遡行を経て、世に人として生を受けたのだろう。
「もうすぐ日が暮れるね」
「じゃあ、その前に確かめに行こうか」
「ん? なにを」
「君がずっと確かめたかったこと」
「この海岸線の先に、なにがあるのか」
「わたし、そんなこといったっけ・・・」
「言っていないかもしれない。でも、そう思ってると思ったんだ」
「そうだね・・・確かめてみたい」
そらは、翼人の記憶に触れた。
そらは、いま翼人と人間の中間にある。
もと翼人であった神奈も、また中間にあった。
海岸線に立つ二人は、別々の世界の狭間にいるのだ。

堤防の上に、観鈴と、往人がいる。
少年と少女にとって、あの二人は、かつての自分たちだ。
彼らを見て、少年は全ての記憶を思い巡らして、こういう。
「彼らには、過酷な日々を。」
「そして僕らには始まりを。」
 この夏は与えてくれた。
自分たちがつけた足跡を、そのまま何度も踏襲していくような、悪夢の繰り返し。
命の歌が消えても、いつまでも同じ命の歌を繰り返した、無限の悲しみ。
それが、ここにようやく終わった。
僕らは、もう新しい歌を口ずさめる。
少年は、手を固く握る。
それは、かつての自分たちへの決別。
翼人と人間の狭間に立つ自分たちは、次にどこへ行くのか。
「この先に待つもの。無限の終わりを目指して」

そして、滅びていった翼人に、万感の思いを込めて。
「・・・さようなら」
彼らは歩き出した。



 隠れたラストシーン
Airはマクロな視点で見れば、翼人の、とりわけ神奈の解放を宿命とする一族の物語であり、さらに大局的には、翼人と人類の交代のための路程であるといえる。
その意味では、これが全てが解決されたラストシーンである。
だが、Airには、これ以外に、いまひとつのラストシーンがある。
この物語の中心は、ミクロな視点では、誰もが思うように、観鈴であろう。
Air編のラスト、堤防の上の観鈴と往人は、神奈の影響を受けない存在として、もう一度DREAM編につながる。そして、いま一つのラストシーンに連結するのだ。
それは、DREAM編、観鈴シナリオのラストにある。
観鈴の家へ戻る往人。その画面が一瞬、ホワイトアウトする。
「浜辺にいこっ」
話しかける美鈴の元気な声。
「今日は暇ですか? やっぱりダメかな・・・」
「いや、疲れもとれたし、今日からずっと暇だ。夏休み、めいっぱい遊ぼうな」
これは、明らかに、悲劇の因子が存在していた世界とは違うシナリオである。
「うんっ」
観鈴の、幸せそうな笑顔で、エンディングテーマが流れる。
最初に見たときは正体不明だったが、これこそが、本編の主役、往人と観鈴のためのラストシーンであり、エンディングだったのだ。
この世界では、法術使いの使命は終わっており、そして、観鈴の背負った不幸な運命も、解放されている。
多少のアクロバットを感じるが、これはせめて、この主人公たちを愛したプレイヤーへ向けた、可能性の未来なのだろう。
これは、その編の名の通りに、夢なのかも知れないが。

あらゆるものが、完全に。
ではないが、この物語は、ハッピーエンドで終わっている。
これだけは、間違いないことだ。
Keyが意図して描こうとしたハッピーエンドとは、解釈的に違うかも知れないが、私の中でAirは、この考察をもって、ハッピーエンドとなった。






















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この解釈に関する内容は、通常の全コンテンツ共通掲示板ではなく「Kanon掲示板」の方で、できればサブジェクトには「ネタバレ」と表記してお寄せください。

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