安心の場所
winter into spring








外では雪が降っている。

もう何日も、アルファは外出も、動くことさえしていない。
オーナーとはじめたお店も、荒れ放題になっている。
ただ、こうしてお店の床にじかに座って、じっと待ちこがれているだけ。
白い雪の中で、いつもオーナーのことを思っている。

ときどき月琴をつま弾きながら、アルファは、春をまっている。

オーナーがここにいた頃の記憶は、この寒い冬のなかでさえ、木漏れ日のように、あたたかい。
春が来るのを、アルファはじっと待っている。
春トンボが飛ぶ季節になれば、オーナーが帰ってくると、そう信じて待っている。
いつ帰っても、すぐにわかるように、玄関の前で、じっと彼女は待っている。








それでも外に出ると、頬にあたる風は、まだ寒い。
日が暮れると、一人ということがつらくなる。
こころぼそくて、胸の奥がきゅーと縮んで、苦しくなる。
逢いたくて仕方がない。
すこしでもいいから話をしたい。
その想いをもう何年も、ずっとずっとこらえている。
ひとりで月琴をつま弾きながら、涙がこぼれてしまうこともあった。

オーナーとの記憶のある、このお店から、 彼女はどうしても離れることができない。
ここにいると、外を吹く風も、海のにおいも、窓から差す光さえ、オーナーに思えてしまう。
オーナーが店を預けて出かけてから、もう、何年もたつ。窓の外には美しい景色がひろがっている。

それでも、このお店が、アルファの一番安心できる場所だった。








春。

彼女はやっと自分から動こうとする。

カフェ・アルファを再開し、看板を取り付け、ヨコハマへ買い出しに行く。
そして、ガソリンスタンドのおじさんと出会い、タカヒロと出会い、ココネと出会った。

ひとは誰でも失った何かが、何気ない毎日に戻ってこないかと、扉をあけたまま夢を待ちわびる。

だが人生は、そこから出るときに動き出す。
彼女は、やっと、自分の道を歩むようになった。



ヨコハマ買い出し紀行には、一貫した雰囲気がある。
一巻の冒頭以前に、もしこんな要素があったら、この部分はカットされるだろうと、描いたわたしでも思う。

一巻5ページ。リゾートマンションか何かの看板を、カフェアルファのものに張り替えるアルファさん。ここにオーナーの姿はない。もしかすると、一度はオーナーとオープンしたカフェ・アルファを再開するときの様子かも知れないと思った。

おじさんとの初めての出会い。はじめての給油と思われる。このときすでにオーナーは「何年も前」にいなくなったようなので、このスクーターは最近購入したか、しばらく使っていなかったものと思われる。つまり、コーヒー豆を買いにヨコハマまで行くことも、久しくなかったのだろう。「たまにとおる」そうなので、ガスが少なくなるこのときまでは、なんどか外出はしていたらしい。

しかし、はるばるヨコハマまで豆を買いに行くのは、ほんとうに何年ぶりかだったのだろう。そうでなければ、水位があがって通行不可能な道に出くわしたりはしないはずだ。
やはり、カフェ・アルファは、しばらく休業していたのではないかと思う。

先述のショートストーリー(以下SS)で、その間を描いてみた。

ちょうどアルファさんが横浜へ行っているときに、オーナーが立ち寄ったというのも、彼女の人生が動きはじめたことを象徴しているような気がする。ただの皮肉というわけでもあるまい。

「鋼のかおる夜」で、おじさんは述懐する「時々わしには、アルファさんが本当の人間なんじゃないかと、そんなふうに思えてくる」
ロボットと人間の明確な違いはいくつもあると思う。ここで考えたいのは、人間の自律性だ。
ロボットの行動に関する責任は、全面的に制作者にある。プログラムを組んだのも、そういうふうに作ったのも、制作者だ。

オーナーの意のままにただ帰りを待つだけのロボットではなく、自分で新しい道を選んでゆく。それが、ただのロボットでなく、また人でもないアルファさんたちの位置なのだろう。
ただ、このっSS中で、彼女を動かしたものが何かは、私にもわからない。



このSSを思いついたのは、そもそも「雨とその後」での「こんな事は、ひとりで月琴ひいてるときなんかにはよくあった」という言葉と、そして、ほんとうにほんとうに何年かぶりにきく、オーナーのメッセージに、アルファさんが泣いてしまう、このシーンで出来ました。

二巻以降、あまり、以前の生活を思わせるエピソードが少ないのは、アルファさん自身が、何年も前から住んでいるのに、はじめて町内会などにでるなど、すでに今をいきているからでしょうね。

ココネのムラサキ色の髪に合う服や背景が見つからず、困ったことがありました。アルファさんの緑の髪も然りで悩んだのですが、同系色で統一するという手法で、今回は逃げを打ちました。
ところで、原作では、服に色としてのトーンが使われることがあまりないようです。影としてのトーンばかりで、ベタなどはほとんどありません。常に淡い色彩のイメージなのでしょう。アクセントとして、パンツは濃いグリーンにしましたが、ヨコハマとしてはちょっと違和感があるでしょうか?
ああ、それにしても、二枚目のアルファさんが、別人だ。何が違うんだろう・・・?

今回は、背景も通常の黒から白にしてみました。冬から春へのイメージなので、春先に出せれば良かったのですが、来春までねかせるわけにもいかないので、こんな時季はずれのアップになりました。ちょっと残念です。



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