みずうみ

moon light

(2005.10.25 )






聞こえないはずの、波紋がきれいに走る音が、ここまで届いて、こころを波たたせた。

静かな情熱をたたえたみずうみに、少女の爪先がそっと触れている。

あらゆる音を駆逐する、月光の放射。

ざわめく無音。

そして、月夜の青き闇に浮かぶ暗い真紅。



大切なものなど何もないと思った自分にも、これだけは失いたくないと思えたものがあった。


少年のこころは、少女に捕らえられている。










2005年夏。パン食グランギニョルの同人誌第二集「夢の終わりに君を願う」の表紙を描かせていただきました。

描かれているのは、おそらくはジュンのココロの中。
静謐な、広く深く澄んだ湖のような水面。彼の心がこれほど穏やかになるには、どれくらいの絆が必要でしょうか。
彼のこころを照らす月は、おそらくは姉
のり。

でも、水面に映るのを許されているのは、ただ真紅のみという、そんな絵です。








実際に本として印刷されたレイアウトはこちら。絵的には、真紅が左に寄ることで、右側にひろがる湖のスケール感といいますか、その深さが感じられると思います。モニターだと分かりにくいですが、印刷された同人誌を表裏をあわせてみるとイイ感じです。いや2冊ならべるのはスタッフでもないと無理か。でもモニタではなく実体でみると感慨が違うので、とりあえずJPEGの原寸データを参考までに() どれも700KB以上あるので注意を。構図としてはどちらのバージョンも不完全ですが、最初におもいついたこともあり、左寄りの方が好き。

パン食の前回がるろお氏によるものであり、これも表裏で一枚の絵になっている構図だったので、それを踏襲しようと考えました。手近にあった本で、表紙がそういう体裁を取っていたのが富士見ミステリー文庫の「ゴシック」 ここまで原型を留めてないと信じてもらえないかも知れませんが、この構図は1巻カバーを参考にしています。

ロゴに英・邦の両題を付けるのはいつもの癖でもありますが、邦題だけでは寂しく思えるのと、ふたつのテーマを表現できる方法でもあるので好んで使います。今回もそんな風に使えればよかったんですが、この時点でまだ同人誌の小説部分は完成しておらず、原稿内容がわからない状態だったので、これ以上ひねるのもどうかと思い、せめて奇をてらおうと見慣れない、しかしローゼンメイデンの第一外国語であるドイツ語にしてあります。ちなみに副題につけたこの「Allnahtlich im Traume seh' ich dich 」は、「夜ごとに夢の中で私は君を見る」の意。

あとサークル名「パン食グランギニョル」はローゼンメイデン(第一期)のサントラアルバム「月蝕グランギニョル」のパロディなのですが、「グランギニョル」がややグロでアングラチックな人形劇を意味する聞き慣れない言葉なせいもあり、「パン食」の方にも、なにか深遠な意味があるのではとおもっていた人がいたので、わかりやすく「Bread」と。お米がなければパンを食べればいいじゃないの、という意味のアレです。パン食え、パン。どっちも意味はありませんが、そういやこれみて「なあんだ・・・」とそのヒトは非常に落胆してましたな。




さて、同じ本に寄稿したこちらの口絵は雛苺。ソファの肘掛けにドールが座ってるとこれくらいのサイズじゃないかなと思い描きました。日用品との対比でドールのスケール感が出せれば面白そうだなと思いましたが、普通に幼女が座っててもこんな感じでしょうね。ううむ。

絵描きの関係者各位をみるかぎり、蒼星石に次いで人気の無い雛苺ですが、絵描き的には描きやすいので「なに描いてもいいですよ」といわれれば雛苺です。


ところで今回、同人誌の内容をまったく読まずに描きました。別サークルからも複数の依頼を受けていたので、挿絵などと違う自由度の高いモノから仕上げたせいですが、できあがった本は、表紙のシリアスでもの切なげなイメージからはかなり遊離しており、むしろほんわかと宙に浮いた感じのほのぼのとコワレた路線だったため、表紙を見て「さあ、この本でせつなくなるぞ!」とホクホクしながら購入したある人は、読後になんとなく楽しげで暖かなイイ気分にはなったものの、当初の欲望はみたされず、結果としてとりあえず「詐欺だ」と呟いたそうです。

小説部分が完成してなかったため、作品傾向を予測しての描画したつもりですが、そういえば依頼の最初期に「ほのぼのした感じで」と言われたのを無視して描きたいように描いた記憶もなんとなくありますので、主に詐欺罪の責任はやはりわたしにあると言えるでしょう。


買ってくださった方の日記などには「表紙で買った」というコメントもいくつかあり、細部は雑なもののいろいろな意味で満足できた絵になりました。






補論:音について。

月夜の青き闇に浮かぶ暗い真紅。
聞こえないはずの、波紋がきれいに走る音。
あらゆる音を駆逐する、月光の放射。
ざわめく無音。

冒頭のように、この絵に詩をつけようとしたところ音の描写ばかりになりました。正確には「音がしない」という描写です。
これを描いているとき、ぼんやりと落ちてきた絵がありました。それは、真白の雪中にあって紅き薔薇の姿です。機会さえあれば描くつもりですが、いまから「絵で無音を表現できる」という予感がしています。これは、絵にはそもそも音声出力はないという意味ではなく、空気が伝える音波を、積もったばかりの柔らかい雪が吸収してしまうときに感じる、情報がひとつ吸い取られているような頼りなげな無音状態のことです。音があるという前提での無音状態を、この絵をステップとして、絵にできると思いました。














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