香里の夢
dance dance dance
(2001.01.15 mon)
栞が病から回復してからの、はじめての春。
彼女はめざましく健康になっていったが、香里だけは、それを手放しで喜ぼうとはしなかった。 「ダメよ、寝てなさい」 ちいさな頃のように、香里は栞の世話を焼く。
「もう、病気治ったよ。だからお弁当つくるのくらい手伝えるよ」 「ダメダメ、あんたもともと体が弱いんだから」
「そんなことないもん・・・。いまはお姉ちゃんと同じくらい健康だよ」 「ふーん」 そっけない返事をした香里が、そのとき何かを思いついたように顔を上げた。 「そこまでいうなら」 「え?」 「そこまでいうなら、つきあってもらおうかな」 「なになに?」 思わぬ言葉に、呼ばれた犬のように尻尾を振って栞が反応する。 「あたしと同じくらい健康っていうのを、証明してもらうわよ」
「こ・・・」 栞と香里は学校帰りに商店街にいた。 「ここは・・・」 栞にとっては、少々苦手な場所、ゲームセンターである。
「あんた、モグラたたきで、0点とったことがあるって話よねえ」 ズンズンと先を歩く香里が、ニヤリと笑って、肩越しに振り向く。 「どこでそんな怪情報を・・・」 「いまモグラ叩きはもう無いから、こっちのワニを叩く奴で、その健康具合ってのを証明してもらおうかな ♪ 」 はい、とハンマーを渡された栞が「え? え?」とオロオロしていると、香里が無造作にコインを入れた。 「わっ ちょっとお姉ちゃんダメ! あ、ええと実は私、新興宗教「バナナワニ教」の熱心な信者なの。だからワニとか叩いちゃいけないって、教義で決められているの。ユダヤ教のように」 「バナナワニ教って、あのバナナ見ながらワニを食べるっていう?」 「そんな猟奇なことしないもん・・・。ていうか逆、逆」 「いいから、ほら! 叩いて叩いて!」 「え? わあ!」
栞は戦った。ハンマーを振り回して。
「こう、なんていうかヴィジュアル的に来るものがあるわねー。0点ていうのは」 「うえ〜ん」 両手でハンマーを握りしめて、栞が屈辱に耐える。 「じゃあ、準備運動はこのくらいにして」 軽い足取りでくるっと回った香里の言葉に、栞が我が耳を疑う。 「これいってみようか ♪ 」
「お姉ちゃん、実はいままで黙っていたけど私、新興宗教「世界矢印教」の敬虔な信徒なの。もうこの道はいって信仰歴40年なの。だから、矢印様を踏むなんて、とてもとても・・・。しかもこんなにいっぱい順番になんて・・・いったいどんな神罰がくだるやら・・・」 二つ並んだDDRの筐体の前で、栞は立ちつくしていた。 「ていうか、そもそも私たちスカートだし」 「何をわけのわからないこといってるの! いくよ!」 香里は栞をステージに引っ張り込んだ。
数十分後。 両掌両膝をついて、栞がハアハアと息を切らしていた。
「すみません。もうしわけありません。ゆるしてください。ごめんなさい。もうしません。ていうか逃げて、私」 やや混乱している栞を悠然と見下ろしながら、香里は時計を見て肩をすくめた。 「まあ、今日はこれくらいにしておいてあげるわ」 「・・・ありがとうございます」
顔も上げられないくらい疲労困憊した栞に、香里がやさしく声をかける。 「じゃあ、ごはん食べにいこうね」 「・・・うん・・・」 やっと返事を返した栞の安堵を、しかし香里の言葉がうち砕いた。 「健康な人間なら、やっぱりごはんはカレーよねえ」 「うわ・・・」 最後の力で逃げようとした栞の襟首を、香里はあっさりとつかんだ。
「激辛ね! 激辛! 舌がコワレるくらいの! あ、やっほー♪ 相沢くーん!」
商店街を死体のように引きずられる栞も、祐一に気がついた。その目が希望に輝く。 「あ、あの・・・」 「相沢君、聞いて! 栞が、私とごはん食べたいんだって。もう健康になったから、カレーを食べられるって言うのよ。ていうわけで、これから姉妹で仲良く激辛なの。」 「ち、ちが・・・」 弱々しく手を挙げるが香里が邪魔で祐一には見えない。 「そっか。じゃあ、邪魔しちゃ悪いな」 「ありがと。じゃあね、ザ・グッバイ」 しゅたっと手を挙げて、香里が栞を連れていく。
祐一には、香里の顔が本当に嬉しそうに思えた。
「俺も会いたいけど、しばらくは香里に譲らなきゃな」 祐一は、そう思って二人を見送った。 でも変だな。
栞、なんで「たすけて、たすけて」なんて言ってたんだろう?
おしまい。
KAZZさんからのリクエストにお答えした、美坂姉妹の絵です。
「栞が香里のことをいとおしく思う以上に、香里は栞のことがいとおしい」 そう、KAZZさんも話していますが、 私もどちらかというと、香里の方に気持ちが近く、このSS(ショートストーリー)も、香里側にかたよった話になってます。(そのせいか、一部の栞ファンからは「栞がかわいそう」という声もありますが・・・。)
いままで香里は、栞のためにどれくらい気を使ってきたでしょう。
香里は妹を愛しています。ですが、ともに生き、ともに楽しむことができなかったのです。
いま、栞が奇跡的に病を克服し、自分と同じ制服を着て、ともに生きようとしている。
とても珍しいことなのですが、このSSで、香里は栞に甘えているのです。
それは、いままで、この姉妹が、絶対にできなかったことなのです。
よかったね、香里。
製作環境:PowerMac G4 450・WACOM FAVO・Painter4.0・PhotoDeluxe1.0 今回は小物が多かったのと背景のせいで、ずいぶん時間がかかりました。
ラフ絵も参考までに。
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