twilight

トロイメライへの間隙
ガンガン99年1月号.第116楽章<黒い翼 その6>オカリナの祈り ー終 より
 
never more

(981217thu)









ネタバレ注意:このページは、月刊ガンガン99年1月号の内容をもとに書かれています。
いまさらですが、コミックスのみを追う方や、まだ読んでいない方には、なんらかの被害がおよぶ恐れがあります。御注意ください。




サイザーはその手の中でオカリナを失った。

人を寄せぬような崖のはしに墓を立て、かたわらでサイザーは茫然と時をすごしている。
胸の中はいまにも何かが爆発しそうな、感情の奔流が逆巻いている。だが表情は気が抜けたようだ。

ときおり、一度は失った左腕を、右手で握り締める。
震えが来る。それが身体全体を揺さぶる。サイザーは唇をふるわせて絶叫するように哭く。
あるいはむせび泣く。
茫然とした表情のままで、吹きわたる風を見ながら、静かに、しかし、ぼろぼろと涙を流す。

そして泣き疲れてねむる。もう何日もこんな日が続いていた。


膝をだいて座ったまま、サイザーは空を見ていた。

すみきった夜空に、降るような星が視界を圧倒している。
まるで世界中に誰もいなくなったような錯覚を感じる。
その星がやがて落ちてくる。静寂と空間が、サイザーの心を鎮めた。

オカリナは死んではいない。
聡明なサイザーには、オカリナの死の意味が分かっていた。
あれは死ではない。
オカリナは誰よりも「生きて」いた。
そしてそれがサイザーの中で「生きて」いる。

だがサイザーは悲しかった。オカリナの存在の喪失、その死が改めてわかってしまうからだ。
ひざで胸を抱くようにして、サイザーは顔を伏せて泣いた。


ライエルは毎日のように、花輪をもってくる。
サイザーは口をきかない。ねたふりをしたり、立てた両膝に顔を埋めてじっとしている。
うかつに話をすると、泣いてしまいそうだから。オカリナのためにも泣くまいと思っているのに、泣いてしまうから。
そしてライエルに何を言ってしまうか、自分でもわからないほど、気持ちがぐちゃぐちゃだから。

オカリナのためにトロイメライを吹こうとして、泣いてしまう。吹くことができない。

ライエルがまた花輪をおいていく。
サイザーが立てたちいさな墓石に花輪をかけて、立ち去ろうとする。振り向いたライエルは少し驚いた。

サイザーは立ち上がっていた。

まるで力のぬけた姿で、うなだれている。そのままふらふらとライエルに近づき、サイザーは自分の頭をライエルの胸におしつけた。

「ライエル...」

呟くような声が聞こえる。ゆっくり腕をあげたサイザーは、その両手でライエルの胸ぐらをつかみあげた。

「もう、これで最期だ。これきりだ....」

なにを言おうとしているかは分からない。しかしライエルはこの人を受け止めようと思った。
顔を伏せたままサイザーが言った。

「....泣いても、いいか?」

ややあって、肩が小刻みにふるえだし、サイザーは嗚咽を漏らした。
涙の落ちる音が聞こえる。
そして彼女は哭いた。絶叫のように慟哭し、子供のように叫んだ。
それまで一人の胸のうちに、隠すように持っていたあらゆる感情をすべてぶちまけるように、彼女は泣いた。

そして、ライエルは決して泣かなかった。よりかかっていつまでも泣くサイザーを、彼は支えつづけた。



サイザーは、トロイメライを吹けるようになった。


それからライエルは、はじめて、仲間の死を悼んで、涙を流した。









ライエルがサイザーの頬を張ってから、サイザーがオカリナのためにトロイメライを吹けるようになるまでの話です。
あの状態でただ放っておくだけで、あんな風にスッキリした表情になれるはずがないと思いました。
ライエルも、サイザーも。

サイザーは、その聡明さからオカリナの死とその意味を理解することはできると思います。
時間をおけば、落ち着くこともあるかもしれません。
この後、原作の展開につなげてみていただければ、彼と彼女の表情は納得できると思います。
原作のままでも、展開に無理は無いのかもしれません。

サイザーは自分一人で、自身の感情に整理をつけ、ライエルに微笑んだのかも知れません。
でもそれじゃあ、なんだか寂しいでしょう?

この隙間的エピソードの中で、ライエルは、胸元で泣きじゃくるサイザーを受け止めつつも、不安だったと思います。震える姿を見ながら、まだこれほどの悲しみがあるのか、と。
サイザーが泣かなくなるまで、いつまでも胸をかそうと決意したのだとおもいます。

だから、それがサイザーにとっての最期の気持ちの整理で、おもいきり泣いた後は、普通に話もできるようになり、もう、彼女の中では生きようという気持ちができていたのです。ライエルはそれに少し驚いたような顔をし、とまどいますが、安心します。

そして彼は、サイザーが明確に立ち直ったことを確認して、そして、それからはじめて、オカリナのために泣くのだと思います。

フルートもオーボウも、オカリナの死を悲しんで泣いたことでしょう。
しかし、自分のことをすべて捨てて、サイザーの復活に賭けたライエルは、同じ事情と心情のオカリナのためにも、それが完全に果たされるまでは、泣かなかったでしょうね。私はそう思いました。

(981213holy)


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