母の味

remember death cooking

(2000.08.14 mon)




「ブはっ!」

「? どうしたの? サイザーさん」

「い、いや、なんでもない。気にするなライエル」

そっと口元を拭ったサイザーのこめかみあたりには、すでに無数のタテ線がが入っていた。
じわっと、イヤな汗が浮かぶ。




それは、分析不能の味だった。
正味3時間かけてやっと完成したスープを小皿にとり、味を見たサイザーは愕然としている。

テキストによると完成したはずの料理だ。
かたわらには、「ハーメルンのバイオリン弾き」14巻が置かれている。
家庭料理の理想と憧れは、やはり母の味だろう。サイザーは、母の作った料理を再現しようと試みていた。

テキストに対しては、実に忠実に作ったはずだ。これで、完璧にできているはずである。
サイザーも、そのために、大変な苦労をして材料を集めてきたのだ。

仕込みは完璧なはずである。
馬事公苑外周で辻斬りして手に入れた馬の首も、日本霊長類研究所で分けてもらったサルの脳味噌も入れた。

だが何だろうこの味は・・・。

肩越しにちらりと背後を見る。
ライエルが、食器などを揃えて、ニコニコしながら待っている。
サイザーは、死霊のはらわたのような色でグツグツ煮えているスープを見下ろした。

「これが、おふくろの味というものなのか。」
・・・家庭料理の深淵に触れたような気がする。

サイザーは真剣にそう思った。
もし、この場にフルートがいたなら、それなりの助言も出来たろうが、手助け自体を、サイザーが断っていたのだ。
ライエルに、自分一人で作った料理を食べてもらうために。

ややあって、サイザーは鍋を両手でもって、振り向いた。
いくぶん引きつりながら、天使のような(笑)笑顔でこういう。

「さあできたわよ。召し上がれ♪  冷めないうちにね。 フフフ」

これがやりたかったのだ。
そのあと、サルの脳味噌を箸でつかんで「あ〜ん」もやるのだ。
サイザーの眼は追いつめられた獣のようにギラリと光っていた。




今回の楽しみ方。
ライエルの不幸か、幸福かを想像してみましょう。
あと、冒頭の「ブはっ!」というのも、口まねしてみると臨場感があっていいヨ!





制作環境:Macintosh Performa 5440(88MB)・Painter4.0・Photodeluxe・WacomArtPad2

30000ヒットのキリ番リクエストは、G-すぽるとさんにいただきました。
親切にもいくつか候補を出していただき、そのなかからこれを選びました。

「サイザーがライエルと家庭を持った時、どんな光景が観られるのか」

先の「ともだち」のような、わりと暖かめの話ですが、こういう物語の隙間を利用した話って好きです。
五月にリクエストいただいてから三ヶ月、この絵になるまでに結構かかりました。

母のことに人一倍関心のあるサイザーです。もし知っていたら、絶対にこの馬頭スープを作ったことでしょう。
さあ、ライエル。成長して強くなった姿を見せてくれ。



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