あたたかいキス
Brave New World
(2001.06.12 tue)





サイザーは戦場にいる。
轟々と風を巻く炎が、大地を覆い、瓦礫と、おびただしい数の燃える死骸に囲まれている。
動く生命はない。ただ炎だけが、破壊衝動の残滓のように踊り狂っている。

炎の照り返しが、サイザーの頬をなぶっていた。
その表情はうつろで、虚空を眺めている。


「私は・・・」



見慣れた天井があった。
だが、一瞬どちらが現実か分からなくなる。ゆっくりと首を回すと、ライエルの寝顔があった。そしてオカリナの頭がみえる。
サイザーは息もみだしていないし、涙も流していない。
だが、口元を押さえて、そっとベッドを抜け出した。

キッチンで、椅子に腰掛けて片膝を抱える。
組んだ腕に顔を伏せて、サイザーは重い息を吐いた。

北の都は滅んだ。
魔族も消え失せた。
でも、いまだにサイザーは夢を見る。
妖鳳王として、幾多の国を滅ぼした己の罪業を。

肩にあたたかいものが触れた。
顔を上げる。
ライエルが、ホットミルクを入れたカップを、サイザーにかざしていた。


「私は、魔界軍にいたころ、いくつもの国を滅ぼした」
両手でカップをつかんだまま、サイザーが呟く。
それを静かに聴くライエル。
「子供も斬った。オカリナくらいの子も」

いまでも夢に見る。
何度も、許してくれと謝るんだ。死体にすがって。でも、だれも応えてくれない。冷たい身体は、すぐに崩れ落ちて手のひらには残滓すら残らない。

「なあライエル。私はあの子供たちに、許してはもらえないだろうな。」

サイザーの口調が昔に戻る。
オカリナが生まれてから、すっかり母親口調が板についていたのに。
ライエルには何も言えなかった。
サイザーの時間は、実は妖鳳王を降りた頃から止まっている。

「教えてくれ、ライエル。私はいつまで、あの夢を見ればいい」
ライエルの胸に、サイザーが額をくっつけた。
この人は十分に罰を受けている。
包むように、両肩に手を添えて、ライエルがサイザーの頭に頬を乗せる。
彼は唇だけで呟いた。
この人は、こんなにも苦しんでいる。

サイザーには、自分が受ける幸福の全てが苦痛だった。
あたたかいカップすら、辛い。
自分への罰であるかのように、サイザーはライエルの懐で、それを握り続けた。




朝、なにもなかったかのように、サイザーが朝食の準備をしている。

その裾をオカリナが、くいくいと引っ張った。

「おはようオカリナ、今日はずいぶん早起きね」

「ママ・・・」

「なあに?」

「キスしよ・・・?」

「いいわよ」

すっと身をかがめて、オカリナに顔を近づける。いつものママのキスだ。
と、その間もなく、オカリナが顔を寄せてきた。










あたたかいキス

オカリナから、キスをもらった。
それは、いつもの、なんでもないキスのはずだった。

「・・・あれ、おかしいね」

サイザーの瞳から、涙がこぼれる。
どうしようもなく、涙がこぼれる。

「ママ・・・」

サイザーは、おもいっきりオカリナを抱いていた。
オカリナは、されるがままに、身じろぎもしない。



私の罪がゆるされるとは思わない。

でも

こんなにも嬉しいのは、なぜだろう。







サイザーが犯した罪は、どうすれば清算されるのか。
これは等償を基準とするなら、殺しただけ殺されなければならないし、破壊しただけ破壊されなければならない。
これが本当のところだろう。

サイザーはそれが分かっているから、この幸せの中に罪を感じる。
自分は、罰せられるべきなのではないか、と。
ライエルの言にあるように、その苦しみこそが、彼女の受けている罰だ。だが、サイザーは決してそれで十分とは思うまい。

では、その罪を誰が許してくれるのか。
サイザーが滅ぼした町の同朋たちであろう。だが、彼らはもういない。
生き残りがいるかも知れない。死んだ者を愛していた者がいるかも知れない。
サイザーは自分が許されるとは思っていない。

でも、この朝、彼女はきっと救われたのだろう。

彼女の償いが始まるとすれば、たぶん、ここからだ。

妖鳳の軍王としての償いは、北の都での最終決戦への参戦で、果たされたかも知れない。
だが、あたりまえの母親としての償いは、これからだ。



オカリナのキス。
このキスは慰めや憐憫によるものではありません。
オカリナ自身には、作為も何もなく、ほんとうに、なぜかキスしたくなってしたキスでしょう。
でもこのキスに、サイザーは許されたのです。
「ミッション」という映画を、思い出します。こんなシーンはありませんでしたが、ひとりの罪を負った人間が許される様を参考にしました。10年も前に見た映画ですが、良く憶えています。




製作環境:PowerMac G4 450・WACOM FAVO・Painter4.0

もう、オカリナ描くのが絶好調です。
小オカリナで四枚描きましたが、これが一番幼いオカリナです。
ほか三枚の、幸せそうな絵は、すべてこのエピソードの存在が土台になっていると思ってください。

オカリナの髪が短いのは、額を出したかったからです。
このオカリナの表情を、隠したくないと思いました。
額に光が宿っている、そんな感じです。実際に、この髪型は単なる寝ぐせだとは思うのですが。

オカリナの左手、サイザーが包もうとするのを、指先でちょっと制してのキス。
オカリナが、全ての子供の代表として「サイザーを許すキス」だからです。ああ、それにしても、オカリナ、お尻がぷりてー・・・・。
原画が存在しない上に、ここまでアレンジできるのが嬉しいです。オカリナの絵、すっかり自分のものです。

この絵の完成度は、じつはあまり納得できていません。
本来、この絵のためにふさわしい着色方法があると思うのですが、現在の実力では無理でした。

絵描きには良くあることだと思うのですが「完成品のイメージ」を結像できないという画力不足の苦しみがあります。
天使が降りてきてるのに、つかめる高さに自分がいない、という悔しさですか。
ラフの段階までは、届いていたのですが、その上は、まだ遠かったようです。

今回は、そんな感じ。





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