静かな夜。スフォルツェンドの市街から遠く離れた、誰もいない草原。
そこでライエルは、書き置きを残して姿を消したサイザーに、やっと追いつく。
声をかけるライエルから、とっさに逃げてしまうサイザー。ライエルがその手を捕まえて、こちらにふりむかせた。ライエルの顔を、しかしサイザーはまともに見られなかった。
「サイザーさん」
そう呼ばれて、やっと向けた瞳に、ライエルの穏やかな表情が写る。
ライエルは何も言わない。でも、飛び交う精霊たちが、彼の優しさを、サイザーにだけ伝えてくれた。
最終決戦において、大魔王を眼前にして「彼女は魔女じゃない!」と断じたライエル。
彼のこの一言で、サイザーはついに救われたのだと思う。
目の前で恋いこがれた母を惨殺され、その怒りのままに、そして最後の最後になって、ついに発現してしまった悪魔の血肉。醜く歪んだ体躯をさらして、獣のようにケストラーに向かう。おそらく、かつてないほどの戦闘力を、彼女は自身の裡に感じていたにちがいない。それでも、ケストラーの電撃に、一発でうち倒されてしまうサイザー。彼女はこのとき、長かったハーメルンの歴史の中でも、もっとも打ちのめされただろう。赤い魔女と呼ばれていたときの比ではない。罪深き過去の幻影、罪科の象徴であるオルゴールを打ち倒し、天使の名を民から得たあとのこのショックは、いかなサイザーといえども、自失せざるをえない状況だったと思う。
ケストラーの強さを描くことがこのシーンの価値を半分以上持っていっているので分かりづらいが、このときサイザーはヴォーカル戦にも増して、完全に敗北した。このとき彼女は、天使にして同時に悪魔であり、人類を勝利させる力を認められながら、魔王に敗北している。慕わしい母の温もりをついに手に入れながら、それを為す術もなく奪われている。
このとき、サイザーは何ものでもなかった。ただの無力な子供のような存在だった。
ケストラーが連呼する「魔女」という呼び名に、従わざるを得ないような、そんな状態だったのだと思う。
もしライエルがいなかったら、ここで、彼が、どう見ても魔女にしか見えないサイザーの全存在を両腕で包みこみ「魔女じゃないっ!」と断言しなければ、サイザーは、たとえフルートの助けを受けたとしても、この試練を乗り越えることはできなかっただろう。
このとき、ライエルの持ち続けた決意が、物語に明確に出る。
サイザーがどんなひとであっても、彼女を愛しつづけるという不退転の決意が。
だが、これは漆黒の魔女編でもそうだった。おそらく個人の直接的な戦闘力と言う点ではフルートに並ぶくらいに非力なライエルが、一軍を率い、かつてスフォルツェンドの王城をも切り裂いたギータに向かっていったときにも、彼はすでにそういう決意をしていたのだ。
ハーメルたちのパーティから別れ、彼らに追いつくまでに、彼はいったいどんな決意をしたのだろう。
それは、作中では語られていないし、ライエルが自ら語ることもないだろう。
彼は、ただ、命を懸けて、サイザーを受けとめて行くだけだ。
製作環境:PowerMac G4 450・WACOM FAVO・Painter4.0
HAPPYさん(Concerto)との線画交換シリーズです。
「薔薇園」とは逆で、今度はHAPPYさんの線画に、天野が着色しました。
原画家のHAPPYさんからいただいた説明では
(この絵は)「最終決戦後、ライエルの元から去ろうとするサイザーをライエルが引き止める」絵、のつもりです。
ライエルを助けるためとは言え、ライエルを刺してしまったサイザー。
サイザーはそのことを忘れるはずはありません。
だから、最終決戦直後はライエルと喜びを思わず分かち合っても、その後は自分を責め、ライエルの元から人知れず静かに去ろうとするかと。
でも、私は、そんなサイザーをライエルに、なりふり構わず引き止めて欲しいのです。
と、線画は、私が考えている最終決戦後の一場面を描かせていただきました。とのこと。
サイザーがライエルのもとから去ろうとするのは、きっと夜に違いない! ってことで、夜の絵に。
線画をいただいたときに、ライエルがどんな表情をしているのか、だいたい一発で思いついたので、それを背景で語ってみようと思いました。
この人は、いつも二人分、苦しんでいる。
自分が、不本意に傷つけてしまった人の苦しみを、我が事のように負い、そして、自分で自分を責めている。
そんな風に、サイザーのことを思っていたのではないかと思います。
ただ、同時に、きっとライエルは「ええっ また!?」とも、チラリと思ったのではないかなーとも思います。彼の決意は、まだサイザーにはちゃんと伝わっていないみたいですね。これは、もういっしょに暮らしていく中で、この鈍い天使にわかってもらっていくしかないでしょう。
HAPPYさんから線画をいただいたときは、線は好きに処理してくださいとのことだったので、遠慮なく描こうと思いました。べったりした天野塗りになるので、線画は潰れるであろうと。
ですが、じっさい甲冑の解釈や、目の描き方など、線画を無視して描き始めたなら、たぶん、全取替になるような気がしたのでそのまま依存して描くことに。
いや、しかし線画に頼るともう、この楽なこと楽なこと。四時間くらいで塗れてしまいました。時間をかけて線画を描いてくれたHAPPYさんには申し訳なかったのですが、ホントにサクサク塗れました。
それにしても、ライエルの緑服って、色的にすごくあわせづらくて、いつも苦労します。
今回は背景と飛び交う精霊を緑にしてなんとか合わせました。背景なんかは、ほんとはブルーだったんですけどね。でも、この方がライエルがサイザーを包んでいる感じがしていいですね。
HAPPYさんのサイトの方では、着色時の原画サイズでアップされていますので、そちらもぜひ御覧ください。
原画家側の思惑なども書いてあるので、一読の価値があります。