ウェディングドレス
If we only have love.

(2001.12.16 holy)





今日だけは鼻血を吹くわけには行かない。ライエルは堅く堅く、そう決意していた。

ライエルとサイザーの結婚式、その当日である。

彼が立つアンセムの小さな教会は、夢にまで見た(そして目が醒めると枕元が必ず血に染まっていた)サイザーとの結婚式の、その真っ最中であった。目の前では神父が聖書の言葉を読み、後方では、いっしょに旅をした友や、最後の戦いで戦線を組んだ仲間が祝福してくれている。

そしてライエルの隣には、つつましく頭を下げて目を伏せているサイザーがいた。

今日から、まさに二人は生まれ変わる。そんな大切な日なのだ。

万が一、こんな日に鼻血でも吹いて花嫁を血の深紅に染めてしまったら、二人の血塗られた道(ライエルは自分の血だが)は、死ぬまで続くことを暗示するようなものである。それだけは、何としても避けたい。

さっきから結婚式場の後席で、フルートに叱られながらも、トロンと一緒に口笛を吹いたり野次を飛ばすハーメルが言いそうな言葉が頭に浮かぶ。もし今日失血に及んだら、彼には絶対に「血痕式」と呼ばれるだろう。

だが、ライエルとて、何も手を講じていないわけではない。
彼は、ひそかに生命維持ギリギリの血液を残して、二時間前に採血をすまし、この式に臨んでいる。噴出する血液量自体が少なければ、まだ大丈夫であろうという希望的観測と、命の危機限界で「生きよう」とする生命の神秘が、鼻血の力を駆逐するのではないかという保険である。

あとは、文字通り死ぬほど美しいであろう、花嫁サイザーの姿さえ見なければなんとかなる。

「サイザーさんを見ないように、見ないように、見ないように・・・・」

ライエルはすぐ隣にいるサイザーと、なんとか顔を合わさないように、ゲッソリと削げ落ちた頬をガサガサと動かして、念仏のようにつぶやいた。

「見たら死んでしまう、見たら死んでしまう、見たら死んでしまう」

見た者を石に変えるメドゥーサとでも戦うような感じだった。



ライエルにとってはとりわけ長かった式が、なんとか終わった。だが、教会を出るとき、ライエルはふと不安になる。
ぼくたちは、これで大丈夫なのだろうか、と。

いま腕を組んで歩いてくれるサイザーと、こんなことで、自分たちはやっていけるだろうか。
その腕すらも、ライエル本人によって根本のあたりに、壊死しそうなくらいきつく針金が巻かれており、すでに感覚がないからこそ無事なだけなのだ。今後のことを思うと、不安しかない。

教会前の階段を下りるとき、ライエルが少し先行する。

痴呆の進行しているオリンじいさんと、復活してしまった女神のような魔女・パンドラ様との、天使界的三世帯住宅はまるで悪魔の館である。そんな家庭を抱えながら、一方でこのアンセムの村を復興させることができるだろうか。

ほとんど死相がでてるライエルの顔に、さらに憂悶の色がにじむ。



フラフラと先へ行ってしまうライエルに比べ、サイザーは骨とパニエで思い切り膨らんだスカートを、蹴っ飛ばしながら歩くので、どうしても遅れる。羽根は慎ましくたたんであるので、さすがに飛ぶわけにもいかない。

「まって、ライエル!」


サイザーがライエルを呼んだ。
その弾むような声に、ライエルは思わず立ち止まる。

瞬間、よみがえる今までの思い出。


 いや、きっと大丈夫だ。

振り向いて、ライエルはすっと手を差し出した。






 この笑顔さえあれば。










ライエルがサイザーと瞳を合わせた、その瞬間のことであった。
一瞬だけ安心し、彼の脳内で、何かが緩んだのだろうか。
サイザーのこぼれるような笑顔に感動して、優しい笑みを浮かべた彼のその鼻孔から、枯れ枝のようだった体内のどこに残っていたかと思うほど大量の血液が、ほとんどポンプ車放水のようなとんでもない勢いで噴出したのである。

瞬間的に横倒しになる世界。やけに手際よく回復魔法をはじめるフルート。よほど驚いたらしく、血まみれで、名前を呼びながら身体を揺すってくれるサイザー。そして薄れゆく視界のすみに、何かのギャンブルの配当を仕切っているハーメルと、サイザーのドレスをレンタルした貸衣装店に保険の交渉をしているパンドラ様の姿を見ながら、ライエルは気を失った。


結婚式のあと、参列者一同で撮られた記念写真には、写真右上余白の丸切りされた枠に、ぽつんとライエルの姿があったという話である。





さて。

原作では、最後の戦いが終わってから、いきなり10年後に話が飛び、けっきょくライエルとサイザーの結婚式が描かれることはありませんでした。
となれば、ハーメルンの隙間を狙う夜想曲としては描かねばなりますまい。折良く井上喜久子さんのサインの御礼という形で、りかぴさん(satou-musubi)よりリクエストをいただいたので、描いてみました。

キレイに描きたいとは思っていましたが、それ以上に、幸せそうなサイザーを描きたいという気持ちこそ第一です。リクエストは「サイザーのウェディングドレス」でしたが、やはりここはライエルとの結婚式にしたいと思いました。


でもライエル描くのはつまらないので、手だけです。


サイザーの表情は、最初に思いついたままです。そして、思い切って額を出しました。
彼女の特徴である前髪も甲冑も鎌もなく、ただある識別点は、ベールに隠れている羽根だけ。これで夜想曲に置いてなかったら、サイザーだとは思われないかもしれませんね。


ライエルとサイザーの結婚式ネタで、もっとも次元の跳躍が進んでいるサイトといえば、もうあなた、HAPPYさんの「Concerto」にとどめをさします。「Happy Wedding!」やいただきものに収納されている「永遠」など、多くの絵からインスピレーションを受けました。

他、手袋を外してから結婚指輪をはめるくだりなど、結婚式進行の質問に答えてくださった薄荷さん、ありがとうございます。リングはロンググローブの下に、ちょっと露骨ですが、見えるように描きました。



製作環境:PowerMac G4 450・WACOM FAVO・Painter 7

ペインター7を使用してはじめて描いたCGです。レイヤーと言う概念が使いやすく嬉しい一方、一番好きだった「水彩」機能が使いにくくなったこと、ソフトとしての重さがとんでもなく、処理によってはポインタアイコンが飛んでしまうなど「うちのG4を息切れさせるとは、さすが最新のソフト・・・。うぬぬ」という感じです。

とりあえずレースのベールはレイヤーで合成してみました。楽だなあ、レイヤー。







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