比較的まちがった月琴の楽しみ方

gekkin guide for biginner

(2001.09.17 mon)

はじめに

みなさんは、月琴という楽器を御存知だろうか。
近年は「ヨコハマ買い出し紀行」というコミックにおいて、古くは坂本龍馬の妻・おりょうが愛用した楽器として知られている。
ヨコハマから知ったのだが、私はこの楽器にとても心ひかれた。
残念ながら音楽のたしなみがなかった私は、月琴が弾けるようになるまでに、いろんな回り道をしたと思う。

長い時間を無駄にかけて、全く初心者が、拙いながらも月琴を弾けるようになったという、その過程で得た情報を、ここにまとめておこうと思う。

この内容は、もともとは別のコンテンツ「寝言日記」に書いてあったことだ。
日記からの抜粋に加筆し、やはり日記形式で順を追って記していく。寝言日記を読んだことのある人は、いまさら読む必要もないだろう。

「あなたの日記こそが、最大の指南書になるでしょう」

とまで言われておきながら、中途半端なところで日記自体が不定期化してしまったことへの始末でもある。

演奏の実際に関すること以外にも、月琴の歴史や関連書物についても、ちょこちょこと書くつもりだ。まあ興味のない方は読み飛ばして欲しい。

月琴を購入した当時の日記には、反響が多くあった。
その後にいただいた、多くの方からの助言がなければ、私は月琴を取得することはできなかっただろう。
この場を借りて感謝したい。



第一日目・月琴との出会い

月琴という楽器がある。
「ヨコハマ買い出し紀行」で主人公のアルファさんが弾いている、中国の楽器だ。

ヨコハマ買い出し紀行・第一話「鋼の香る夜」
没した都市の上、水面からのぞく電柱のあたまに腰掛けて、月琴を奏でるアルファさんの姿に心ひかれた者は多いだろう。このとき胸に去来した「月琴を弾いてみたい」という気持ちがハッキリと形になったのは、同作品のドラマCDを聞いたときだった。
アルファさんが演奏する「月の調べ」(実際にはGONTITI(ゴンチチ)による演奏)が流れる。

(後に、実際には月琴ではなく他の楽器に変更されたらしいと言う話を聞く。でも正直辛いが、演奏は月琴でも可能だった。http://www.co.jp/Gontiti/guitar/g7-j.html

この曲を弾いてみたい。

それが月琴購入のきっかけだった。







コラム・月琴の歴史

史実に登場するなかで、もっとも有名な月琴は、坂本龍馬の妻、おりょうの愛用していたものだろう。
そのせいか横須賀ではちょっとした歴史のある愛好会がある。

明清楽器中最も普及し広く一般婦女子の間にももてはやされたとかいう話だ。
ヨコハマしか知らない者には、かつて明治時代の日本で流行していたということが、不思議な感慨である。
少なくとも私は、中国だけの楽器だと思いこんでいた。






第二日目・月琴購入

中国の楽器を販売している店をネットで探してみた。
結局はヨコハマ系サイトを見ているときにリンクを発見したのだが、通信販売をしている店にようやく出会う。

中国屋楽器店である。

この店は、月琴の販売においては、おそらくもっともヨコハマ買い出し紀行にゆかりのある店舗だろう。
店主もヨコハマが好きと語る。
月琴単品以外にも、替えの弦、演奏解説ビデオ、月琴による演奏CDなどを揃えている。

私はここで月琴を買った。

東京にある中国屋楽器店以外にも、京都にあるとおぼしき「ますだ永正堂」(松原京極商店街:京都?)もあるが、琵琶や尺八、胡弓、月琴などの楽器を中心に扱っているとはいえ古美術店なので、実用的な楽器と言う点では、やや割高であろう。たぶん。

同じく京都の民族楽器販売「民族楽器コイズミ」もある。

電話確認の後、中国屋楽器店から、通販で月琴を取り寄せた。

届いてみると、ヨコハマで使われていたものとは、若干かたちが違う。四巻で紹介されていた、ゴンチチさんの月琴に似ていた。どうやら、こちらの方が一般的らしい。

15000円のものと、24000円、85000円のものがあった。素人が高額品を扱う愚がイヤなので一番安いものを買う。木の材質が安いのだ、と店の人は話していたが、素朴な感じがして、これはこれで良い。

ただ、現地(上海)で買うと750円という話も、どこかのサイトで、チラリと聴いた。ホントらしいが、まあ、そこまで行くわけにもいかんしな。


手に入った月琴を、なでたり眺めたりしている。
しかし、月琴というだけあって、ほんとうに月のように、まん丸だ。
とてもかわいい。これだけでも、好きになった。

広辞苑によると、そも月琴というのは、胴が満月のように円形で、音が琴に似るのでその名がついたそうだ。
中国・日本のリュート属の撥弦楽器。中国で阮咸(げんかん)から派生し、現在は3〜4弦で、13・14・17・24柱のものがある。義甲(象牙、水牛角、べっこうなどで出来たいわゆるピック)で演奏する。日本では明清楽(みんしんがく)に用いる。明楽のは八角胴長棹(4弦15柱)、清楽のは円形胴短棹で4弦(2弦ずつ同音)8柱。(広辞苑より)







首の短いバンジョーに見える人も多いだろう。
「八角胴長棹」というのは、円月部分が八角形で、ネックの長いもの(長棹という)だとおもうが、おおむね月琴と言えば、画像のような形のものを言うらしい。八角形の長い棹は、俗に言う阮咸という楽器のなかまだが、これも月琴と呼ばれていた。時代や地方によってその形や演奏方法、呼び名も変わっているそうだ。

また、ヨコハマのアルファさんが所持してるような、胴が円形で、首の長い月琴というのは、本来ないらしい。
首の短い月琴は、左手の操作が容易く、手の小さい女性や、単純なメロディを弾くには向いているが、高音の押さえ方が難しく、とくに指の太い人間(私だ)には弾きにくい。長棹の月琴があれば、と思ったがこのタイプは、自分で作るしかないようだ。

胴面は桐製で薄く、ネックは紫檀や桜などの堅木でできている。
ギターなどにあるサウンドホール(響孔)はないが、よく見ると弦を留める部分に隠れて小さな孔が空けてあった。

弦は、数本の金属糸を束ねたものに細いナイロンが螺旋状に巻き付けてあるものらしい。

私は他の楽器を知らないので聞いた話だが、月琴はバイオリンに似ているそうだ。琵琶に似ているのは当然として、弦が三本という点では三味線にも近い。実際、月琴が流行った明治には、三味線から乗り換える人が多かったそうだ。
そう言う意味では大正琴も、かなり月琴に近いという。
月琴にはノーマルの状態で弾ける音階に限度があるが、それはピアニカにも近い。

トレモロを使うことからマンドリンに似ているとも言える。総合的に見て、これが最も月琴に近いらしい。

なににせよ、楽器のわからないものには
「月琴はティンパニとは違う」
くらいにしか決定的なことは言えないので、この項は参考にならないだろう。


ところで、実は私は、楽器をちゃんと習ったことがない。
小学生時代のリコーダー(たて笛)以来だ。
現在ひける楽器もないし、楽譜も読めない。
ドレミファソラシド、も全然ききわけられない。
その上、弦楽器など、まともに触ったこともないほどだ。
月琴など弾けるのだろうか、と正直、不安である。

ただ、ひとつでも楽器がひけると、それだけで世界が何倍にも広がる、特に感性の世界が、という話を、むかしTVで聴いたことがある。これは魅力的だ。そして月琴は、意外に簡単だという話をきいたこともあった。

人の話によれば、 ギターをちゃんと弾ける人に習えば、ウクレレは30分で弾けるようになるという。

そしてウクレレが弾ける人なら、簡単に月琴は弾けるというのだ。

つまり理論上、月琴はものすごく簡単だということである。
事実、先述した三味線から乗り換える人の多くは、月琴の簡単さ手軽さに引かれたという動機である。

これが弾けなかったら、他はほぼ絶望的かもしれない。これはこれで不安であった。

不安といえば、もうひとつ。月琴の弾き方というような本は、出版されていない。楽器楽譜専門の書籍卸に尋ねてみたが、該当するものはない、という返事だ。だが、中国屋楽器店に相談すると、月琴の弾き方を書いた説明書のコピーを、送ってあるという。よく探すと、月琴のパッケージに同封されていた。

これで一安心である。なにせチューニングもわからないのだ。説明書が無くては、どうなるかわからない。
とにかく、これさえあれば、大丈夫だ。
月琴を脇に抱え、三つ折りのコピーを広げる。はやく弾きたいので、声に出して読もう。

「月琴、伴奏弦鳴楽器。歴史悠久、流◯◯泛。月琴音◯特征是:低音区音
◯◯厚◯、明亮・・・」(◯=漢字表記不能)

説明書は中国語だった。



コラム・月琴に関する出版物

国産大豆さんという司書の方が、月琴についての出版物を調べてくれた。
私が、月琴の弾き方に関する書籍はないか探していたためである。
本人も、あまり役に立たないと語っているが、弾き方という点ではともかく、歴史を知ることができるのでなかなか貴重な資料ではある。
現在メールアドレスが変わっており、連絡が取れないので心苦しいが、文体の修正を施し、本文に組み込んでみた。

月琴は江戸時代に日本に伝来し、大正あたりまで、独奏用としても広く一般家庭で使われた楽器である。
楽譜は中国の工尺譜を使い、明治10年頃には月琴楽譜が流行した、と『音楽大事典』(平凡社)にある。

ヨコハマをのぞく月琴関係の書籍で、もっとも出版時期の近いものは、長崎文献社刊『月琴新譜』だ。1991年の発行である。歴史ふかい長崎では今もって現役の楽器なのかもしれない。美術館などで骨董的な月琴が補完されているのも長崎に多い。
この本によると、月琴が日本に伝わったとき、弦の数は三弦ではなく、四弦であったことがわかる。
そのむかし、「ギッチョン節」「お前まちまち」なんていう月琴曲が流行ったらしい。

日本書籍総目録によると『中国の楽器』『国史大事典』の「月琴」部分に書名紹介のあった、中井新六篇『月琴楽譜』、百足登『明清楽之栞・横笛之栞』、田辺尚雄『日本の楽器』、岸辺成雄『東洋の楽器とその歴史』
なども関連書物として挙げられるが、この内容は未確認。ちなみに『月琴楽譜』『明清楽之栞・横笛之栞』は明治時代の発行であった。

以下に関連記述のある書籍を挙げておこう。

『中国音楽の現在』増山賢治 (東京書籍)
月琴演奏家洪偉さんが、アルファさんスタイルで二弦か三弦らしき月琴を構えている写真が載っているものの、本文中の言及は四弦のみ。「フレットを有し、四弦を張るが、ニ弦ずつを同音に調律する。プレクトラムで弾き、各種劇音楽の伴奏に用いる」

『中国音楽再発見』瀧遼一 (第一書房)
ニ弦と四弦の写真つき。「月琴もはじめは四弦十三柱であった。現在においては北京の月琴は四弦九柱で、広東月琴はニ弦十柱である」

『中国少数民族の歌舞と楽器』中国民族出版社+美乃美(国際提携出版)
楽器の解説よりも華やかな民族衣装の写真中心。「四川、雲南、貴州省イ族地区に流行する楽器に 月琴があり ふつう四弦で、二組に分ける。四川省涼山のイ族の月琴は改革されて三弦、十七ないし二十柱になった」。八角胴四弦の月琴と、円形胴ニ弦タイプで伴唱するイ族の若者たちの写真つき。

『音楽大事典/第2巻』(平凡社)
中国各時代における月琴の変遷、朝鮮、日本に渡った月琴のあらまし。四弦の写真とX線透過写真つき。日本のくだりには「明楽では八角長棹型を、清楽では円槽短棹型を月琴と称した。胴材はカリン、紫檀、ホオノキ、クリなどで、直径34センチ、棹の長さ36センチ前後。半弧状の鋼鉄線が胴の内部に取り付けてあり、共鳴弦のように機能する。8柱でべっこう製の爪で演奏。相接する2弦を同律に調弦し、2音の音程は5度」

『国史大事典/第5巻』(吉川弘文館)
中国と日本における簡単なあらまし。『明清楽之栞』から転載された図解(四弦)の縮小した図つき。「四本の絹弦を二本ずつ同音にして五度に調弦し、べっ甲の爪で演奏する」

『図解世界楽器大事典』黒沢隆朝 (雄山閣)
四弦の写真つき。「ここで中国の音階にふれておくが、月琴のフレットは全音階であってもヨーロッパ式ではない。それは五音音階に規定されていて、ミーソ、ラードの間は胡琴ではもとは中間律であり、月琴では次のようにフレットを作っている」として、「中国月琴の調律」という簡単な、高弦、低弦の楽譜と、中国譜を掲載。

『大百科事典/第4巻』(平凡社)
斜めに構えた四弦月琴のカットつき。「フレット数は13〜14。現在では弦数が3弦または4弦で、フレット数が17、あるいは24の月琴も作られており、音域が拡大し自由に転調できるようになった。調弦法も2弦ずつ同律の複弦制ではなく、第1・3弦をオクターブ、第1・2弦を4度関係に調弦したり、また4弦をソ・レ・ソ・レのように合わせることもある」(月琴の項/増山賢ニ)

この増山賢ニ氏とは、『中国音楽の現在』を書いた増山賢治氏の誤植かもしれない。

国会図書館蔵のマイクロフィッシュによると、明治時代の月琴楽譜群は、およそ21タイトルある。
「当節流行の月琴なるものを今宵はひとつ」というお気楽ノリで編まれたものが多く、大胆な省略の多いお手軽系(袖珍/しゅうちん本と呼びます)冊子が中心だ。

「都鄙の論なく月琴の音調を聞く」「日清役の後、清楽の諸楽器は皆廃れたるにも係らず、唯一月琴のみは今も膝上にあり」という記述の通り、明治の時分には津々浦々で愛された楽器だったのであろう。
『袖珍月琴譜めくら杖』とか、いかにもな書名も散見される。

当時は現代よりも、日常なんらかの楽器をたしなむ者が多かったせいか、いずれも歌詞の添えられた工尺譜面に、お愛想程度の口上書きがつけば良いほう、という速成本(とも言えぬ折り畳み小冊子)ばかりである。

比較的親切なものを紹介しておこう。
『明清楽の栞・横笛の栞』百足登・著 博文館 M27年刊(月琴は四弦タイプを紹介)
「知らぬ土地に名所を捜れば、行きどまりに出逢ふの損あり。書下ろしの演劇を観れば、筋の通らぬ感なきにあらず。素人の楽器に対せし時、また必ず此感の生ずるものなり」

的を射た前口上である。

「月琴の調子を合わせんには、上(ジャン)の糸、即ち二本の太き糸を同音に作り上(ジャン)とし(合奏する場合は笛木琴より上の音を取り合わすなり)、上より第一階は尺(チュー)、第二階は工(コン)、第三階は凡(ハン)、第四階は合(ホウ)と上がりて、この第四階の合を押えて合の糸、すなわち細き糸に移し、ニ音を同音となすべし(是も笛、木琴より採るも妨げなし)

「放して太き糸二本を弾きたるを上と云ひ、第一階を押へたるを尺、第二階は工、第三階は凡、又、放して細き糸二本を弾きたるを合、又は六(リー)と云ひ、其の第一階を四(スイ)(又は五/ウ)、第二階を乙(エー)、第三階をジャン(漢字見つからず…人偏に止と書きます)、第四階をチェー(人偏に尺)と云ふ。其他皆同じ」

其他皆同じ、でいきなり終わっているが、こんな按配の記述でも、中では詳しいほうなのである。

対して『月琴新譜/長崎明清楽のあゆみ』中西啓 監修・著 長崎文献社 H3年刊(月琴は四弦タイプを使用)になると、「いまのうちにしっかり記録に残さねば☆」という、関係者の切実な思いが込められ、歴史資料としても、楽譜としても、隅々まで気配りの行き届いた一冊となっている。

ところが。けっこうな頁数の本であるにもかかわらず、いざ具体的な「月琴の取り扱い方」になると、明治期の教本を参考にしたと云う、あまり判りやすいとは言えないものが、たった1頁割かれているのみである。
ハッキリした図解も無く(他の本から転載した不鮮明な図のみ)、独学を志すビギナーには辛い。かの地には現役の月琴奏者も存在するというのに、この程度の説明で「善し」としてしまったのはいったい何故だろうか。やはり月琴は、稽古を受けて習うものなのかもしれない。

とまれ、決して悪い本ではない。月琴のあらまし、中国音楽のあゆみ、長崎の地に伝わりこれまで生きてきた経緯、楽譜(五線譜をベースに工尺符も併記。ゆえに素人目にも判りやすく映る)等は、月琴の全体像を調べる者には、一見の価値があるかも知れない。

一部を転記しておこう。

「調子」 調子を合わせるには、最上部の太いニ弦を等しく(上/ジャン)に作り、同弦の四番目(合/ハウ)を押さえ、下部の細いニ弦(指をかけず)(合)上下等しく(合)の音に合えば、次に細弦の三番(ジャン/人偏に上と書きます)を押えて太弦(指をかけず)(上)と音色が等しくなれば、調子は整った
ことになる。明笛とあわせると、更に間違がない。

「勘所」 太い二すじの弦を(上/ジャン)と言う。指を触れずに弾けば(上)の音がする。一番目を押さえて弾けば(尺/チェ)、次は(ユ/コン)、次は(凡/ハン)、次に(ハウ/人偏に合と
書きます)、の音になる。細いニ弦に指をかけずに弾けば(合/ハウ)の音になる。一番目を押えて弾けば(四/スイ)。次は(乙/イ)。次は(ジャン/人偏に上)。次は(チェ/人偏に尺)。次は(ユン/人偏にユ)となる。次頁の月琴図を見るとよくわかる(←見ても不鮮明でよくわかりません/苦笑)。

「異名同音」 (合)と(六/リゥ)、(四)と(五/ウ)は、異名であるが、同音である。

「音符」 全音符、ニ分音符、四分音符、八分音符、十六分音符になる。

以下、各音符の説明が続く。

調べてもらった限りではここまでだが、新聞などの記事でまれに月琴が取り上げられることがある。
ある日の毎日新聞夕刊に、在日華僑でつくる京劇クラブの集まりにて、月琴を演奏する男性の写真が大きく載っていた。
永住帰国をはたした大陸残留孤児である。月琴は、いかなるときも、彼のこころの拠り所であったという話だ。



第三日目・チューニング

説明書を放り投げて、とりえず「ドレミファソラシド」でも弾いてみようと思う。
ところが、さっそくつまづいていた。

チューニングがわからない。
チューニングというのは、弦の張り具合を調節し、それぞれの弦に、音の段階をつけることだ、と思う。

月琴の弦は、三本あった。
四本なら、ウクレレがある。六本ならギターだ。
だが、三本の弦というのは、珍しい、と思う。とりあえず買ってきたウクレレの本は、役に立たない。

全17ページの月琴演奏法(中国語)説明書の読解を断念した。
しかし、さる筋から、日本語で書かれた説明書を、一枚だけ入手することに成功する。
これのおかげで、チューニングすべき音程がわかった。

月琴はネックを左手で構えたとき、三本の弦を、下から順に、一弦、二弦、三弦と呼称する。それぞれ、

一弦は、G
二弦は、D1
三弦は、G1

に合わせるのだ。

GとかDが何のことか、さっぱりわからない自分に気がつくまでに、四秒ほどかかった。
ため息をついて、その日は休んだ。

後日、月琴の演奏説明ビデオがあるというので、中国屋楽器店から取り寄せた。
この店では、月琴に関するアイテムをいくつか販売している。
このビデオの他に、演奏CDもある。
これは、生半可な者が聴くと「こんなの弾けるかっ!」と叫んで逃げだすくらいレベルが高いので、決して必要なものではない。
月琴専用の特殊な弦も、ここで手に入る。一弦(月琴の弦でもっとも細い弦)は良く切れるので、スペアを常備しておくと良いだろう。近所の楽器店には売っていなかった。後述する改造にも使うので、一応、保有しておくことをおすすめする。

まあ、それはともかくビデオが届いたので、さっそく月琴片手に再生してみる。

電話で話しをした店のオヤジさん(たぶん在日中国人さん)が出てきて、中国なまりの日本語で、実演してくれたが

「ニイハオ♪ わらしニポンで中国の楽器うてる陳博士あるよ」

とは言わなかった。

期待していたが、オヤジさんは普通に喋っていた。(国際的偏見だネ!)

ビデオは主に、チューニングのやり方と、音階の付け方の実演である。そのあと一曲披露してエンドタイトルが出る。

ド素人に、これで何を分かれというのだ

と思ったが、少なくともチューニングのことは分かった。あとは追い追い、理解していこう。

一弦は、G。これはソの音である。

二弦は、D1。これは、ドの音。

三弦は、G1。1オクターブ低い、ソの音である。

ちょっとまて、きのう買ってきた「はやわかり楽譜の読み方(日東書院)」によると、たしかDはレのはずではないかと思いつつ、ビデオをもう一度、再生する。やはり、二弦はドとして、ビデオは進んでいる。

「最近、日本の「ヨコハマ買い出し紀行」というマンガの中でも、主人公が弾いてます」

オヤジさんの語りを聞きながら、しばし悩むが、ビデオの方についていくことにする。二弦は、ドだ。(決定)

 ※ 後述するが、弦を四弦とし、ソ(G)、ド(C)、ソ(G)、ド(C)とするのが基本である。

あらためて、ビデオを観る。オヤジさんは、当たり前のように、数回音を出しただけでチューニングを完了してしまうが、こちらはそれどころではない。何度もビデオを巻き戻しては、耳で、音程を合わせようとしてみた。

弦軸を締めては弦をはじき、緩めては鳴らしてみる。
だが、ビデオの音声と同じ音かどうかは、確信がない。

「これがソ、これがド、これが低いソ」と言われても、聞き分けるだけの耳は持ち合わせていないのだ。

とにかくひたすらにビデオを聴きなおして、音を合わせる。しばらくやっているうちに、弦の音がビデオ音声と合ってきたのがわかった。
一歩前進である。

続いて、ビデオで説明されていたように、弦を押さえ、音程を出す練習をしてみた。











付属のピックを使い、左手で目的の弦を押さえ、つま弾いてみる。

とりあえず、一弦・二弦で、ドレミファソラシドが弾けるようになった。

ちょっと感動的である。
同時にホントに初心者なのだなあ、と情けなくもなる。

だが、指さえ慣れてくれば、ドレミファソラシドは、意外に簡単であった。

調子に乗って「キラキラ星」を演奏してみる。

「ドードーソーソーラーラーソー」(きーらーきーらーひーかーるー♪)

弾けた。

「ファーファーミーミーレーレードー」(おーそーらーのーほーしーよー♪)

おお、弾ける弾ける。

楽譜をドレミファソラシドに書き直せば、なんでも弾けるような気分である。
「これなら「今日もどこかでデビルマン」とか弾けるかなあ」
そんなことを考えて、今日は休んだ。

この項は「第三日目」なのだが、すでに何度も寝起きしている。チューニングを理解するのに、天野がいかに時間を無駄にしたかがよくわかる好例だ。

この日は、ちょっと値が張るが、電子チューナー(3000円)を買おうと決意する。
電子チューナーというのは、楽器で弾いた音を聞き分けて、音名(ド・レ・ミとかC・D・Eとか)で示し
てくれる機械だ。音のズレも調べてくれるので、これがあれば正確にチューニングできる。

慣れてくると、機械になど頼らなくても、自分の耳でチューニングができるようになるらしい。
だが、それまではチューナーを使おう。

月琴は、手作りっぽい民族楽器である。
弦の張り具合を調節する弦軸は、ギターのようなペグではなく、たぶん牛の角か何かを削って弦を巻き付
けてあるだけなのだ。ふとしたタイミングで、チューニングがズレる。
でもチューナーさえあれば、こまめに直せるから安心だ。

近所の楽器屋へ、月琴を持って、その電子チューナーを買いにいく。
店の人も見たことのないであろう民族楽器を持って「まったく何も分からないド素人なんですが・・・」
とド素人まるだしで、カウンターに尋ねていく私である。ド素人なのだ。仕方がない。

電子チューナーを色々出してもらうが、要領を得ないので、店の人にチューニングしてみてもらった。
初めて触る、というわりに、慣れた手つきで、ちょいちょいとチューニングしてしまう。さすがだ。

ギターやウクレレの弾ける人には、月琴は簡単だということを、店の人が証明してくれた。簡単にポロポロとメロディを奏でてしまう。

「簡単なメロディなら、すぐ弾けるようになるよ」

その言葉に勇気づけられる。

今度、かんたんな楽譜を探すとしよう。
いよいよ、ちゃんとした曲の練習だ。


第四日目 曲の練習

やさしいギター曲集を購入する。
月琴でも弾けそうな、簡単な曲ばかりの楽譜だ。
その中で、キラキラ星につづく、練習曲を決定した。

ドナドナである。

ドナドナは、聴いただけで死にたくなる破壊力のある曲だ。
腕のいいバイオリニストが弾けば、祝賀会などの華やかな雰囲気を、一気に葬儀場のテンションまで持っていくこともできるとゆー、恐るべき曲である。

この曲を、ここ数日、練習している。
月琴の侘びしげな音色に、ドナドナの悲劇性が加わると、ほとんど殺人兵器だ。

「あ〜る〜はれたア、ひイ〜るさがりイ〜、い〜ち〜ばア〜へ続〜く道イイ〜」

毎日聴いているウチの家族から、いまだに自殺者がでていないのは、私の腕が悪いためだろう。
上手くなったら、わからない。



前にも書いたが、私が月琴で演ってみたいのは「ヨコハマ買い出し紀行」のCDで、アルファさんによって、実際にはゴンチチによって奏でられていた「月の調べ」という曲である。中国の、夜の曲だ。

簡単な曲らしいのだが、楽譜は出版されていないし、耳で音をコピーするような音楽的実力もないので、当時は手が出なかった。

ところで、先日のオフ会で月琴を披露したとき、いちばん興味を持っていたのは、マンデリンさんであった。彼も、月琴を購入しようと考えているらしい。マンデリンさんは、アルファさんとゴンチチの、両方の熱心なファンなので、実物を見て心が騒ぐのは、無理からぬことだろう。

そんな月琴の話をチャットでしていると、ギターの弾けるタカヒロ・Iさん(ヨコハマとカードキャプターさくらのHP「喫茶α」の管理人さん)が、突然

レミソドシソ〜ミ〜(低い)シ〜♪

と、例の「月の調べ」を、そらんじ出した。「うを !?」と叫び、あわててテキストファイルにメモを取る。

御神託も同然である。一周分の音程を写し、さっそく月琴で弾いてみた。

(前奏)ドレミ×3 ドレミ、ドレミ、レ(低い)ソミ〜 

レミソドシソ〜ミ〜(低い)シ〜 
レミソドシソ〜ミ〜レ〜 レミソドシソ〜レ〜ド(低い)ラ〜 ドレミシラソ〜ソ〜ラ〜ミ〜 
続きが1オクターブ上がって レミレドミ〜レドラ〜 レミレドミ〜レドラ〜 これで一周。

これが「月の調べ」の音程だ。
弾いてみると、たしかにCDで聞いた音なので、感動する。

それにしても、まさかこんなに早く、弾ける日が来るとは思わなかった。タカヒロ・Iさんには、本当に感謝である。

この「月の調べ」は、先述の通り夜の曲だ。「夜想曲(夜の静かな雰囲気を楽しむ曲)」のオーナーが
弾くには、ちょっと恥ずかしいが、ふさわしい曲な気がする。

しばらくは、この曲を練習しよう。
これは、いちばん月琴らしい曲であり、また間違いなく月琴のための曲でもあるのだ。


第五日目 月琴の限界とその打開

最近は、初心者向きの単純なメロディーを中心とした、ギターやピアノの楽譜から、知っている曲を拾い
出して弾いているのだが、いま、月琴自体の構造的な問題で、ちょっと行き詰まっている。

実は、月琴は、低音に限界があるのだ。
三弦の一番低い音でも、ソなのである。これより低い音が出ない。

これによって、たとえば弾きたい曲があっても、音が出ない。
好きだったモルダウも弾けない。いきなり最初の音が出ないのだ。トロイメライもダメだった。月琴で弾いたら、さぞかし良い音感だろうと思う。それだけに残念だ。ジムノペディも、月琴向きだと思うが、これもやはりダメ。

楽譜を購入するときも、ソ以高の音符で完成されている曲を探さなくてはならない。これは結構大変だ。

練習用としても簡単な曲というと、いまのところドナドナとロンドンデリー・エアーくらいである。他にもありそうだが、私がメロディを知らないので、練習は難しい。

もっとも現実的な対応策は、コードを変えることだったのだ。
つまり曲の転調である。

例えば、

ド  レ  ミ  ファ ソ  ラ  シ  ド という音階を

ソ  ラ  シ  ド  レ  ミ  ファ#ソ と転調すると

弾きたい曲の音域を上のほうにずらす事が出来る。カラオケでキーを変更するのと同じなのだ。
これなら、よほど音域のある曲以外はかなりカバーできる。

ハ長調〜ロ長調までの12音階          ← を全て#にしてわかりやすくしたもの

 ド  レ  ミ  ファ ソ  ラ  シ     ( ド  レ  ミ  ファ ソ  ラ  シ  )

 レb ミb ファ ソb ラb シb ド     ( ド# レ# ファ ファ#ソ# ラ# ド  )

 レ  ミ  ファ#ソ  ラ  シ  ド#    ( レ  ミ  ファ#ソ  ラ  シ  ド# )

 ミb ファ ソ  ラb シb ド  レ     ( レ# ファ ソ  ソ# ラ# ド  レ  )

 ミ  ファ#ソ# ラ  シ  ド# レ#    ( ミ  ファ#ソ# ラ  シ  ド# レ# )

 ファ ソ  ラ  シb ド  レ  ミ     ( ファ ソ  ラ  ラ# ド  レ  ミ  )

 ソb ラb シb ドb レb ミb ファ    ( ファ#ソ# ラ# シ  ド# レ# ファ )

 ソ  ラ  シ  ド  レ  ミ  ファ#   ( ソ  ラ  シ  ド  レ  ミ  ファ#)

 ラb シb ド  レb ミb ファ ソ     ( ソ# ラ# ド  ド# レ# ファ ソ  )

 ラ  シ  ド# レ  ミ  ファ#ソ#    ( ラ  シ  ド# レ  ミ  ファ#ソ# )

 シb ド  レ  ミb ファ ソ  ラ     ( ラ# ド  レ  レ# ファ ソ  ラ  )

 シ  ド# レ# ミ  ファ#ソ# ラ#    ( シ  ド# レ# ミ  ファ#ソ# ラ# )


この話と転調は、あ〜るさんにメールで教わった。

ここで、さらに、高音の弦を増やすという改造ができる。
四つ目の穴を錐で開け、余っている弦軸に通して調弦するのだ。









響孔を隠す部分には、実は5個の穴が開いているので、四弦目はこれを使えば大丈夫。
ネック部分で弦が近接していると、運指に影響があるので、四弦の場合はできるだけ弦の間隔をとろう。カッターなどで溝を作っておくと、きちんと収まる。









実は、三弦状態では高音域の運指に、かなり無理がある。
だが、高音の弦を足してみると、格段に弾きやすくなった。

この場合、四弦はそれぞれ、ソ(G)、ド(C)、ソ(G)、ド(C)に調弦する。

これはおすすめの基本改造だ。

私はとりあえず代用したギター弦が、音質に多少とはいえ違和感があるし、ワイヤーカッターなみに細い弦なので、ちゃんと押さえようとすると手指が切断されるかと思うくらい痛いのが難点である。先述の中国屋楽器店から取り寄せるのが良いだろう。

月琴を改造している人は、けっこういる。
聞いた話だが、月琴をウクレレの弦に張り替えても、なかなかいい音がでるそうだ。ただネックが短いのでコードを弾くには向かない。

他には、ゴンチチのように「飾る」という手がある。

広い面版を生かして「芦奈野先生にサインをしてもらう」というのも良いだろう。でも滅多に出てこない先生なので、いっそ「自分でアルファさんを描く」のも良い。




第六日目 月琴の演奏法いろいろ

月琴の演奏法(準備)
先述したが、月琴購入の前後に必要なものがあるので、思いつくかぎり書いておこう。

チューナー
先述の通り、月琴は一曲弾くとチューニングが狂う。耳でチューニングができるようになるまでは必需品だ。

松ヤニ
その弦軸が緩むのをおさえるために使用する。松ヤニでなくても良いらしい。

替え弦
月琴は一弦が良く切れるので、備えておいた方が良い。これは専用のものが中国屋楽器店で手に入る。普通の楽器屋では難しいだろう。

ピック
クレジットカードや五円玉でも弾けるが、ピックのある方が、やはりよい。個人の好みがあるので、柔らかいもの、硬いものをそれぞれ試してみよう。

月琴の演奏法

・・・をいまさら書くのも何だと思う。左手でネックを握り、指でそれぞれの音の位置を押さえて、右手のピックで弾(はじ)く、という、もういまさら書いても仕方のないことくらいしかない。

ただ、月琴を弾くコツは、弦を強く押さえることである。
弦を弾く位置は、円月面の中央あたりがもっとも響くので、ここをキープする。

だが、それだけに大きい音が出るので注意しよう。夜などは、中心を外すか、力を抜いて弾くことだ。

トレモロによる奏法もある。
が、これは天野自身がマスターしていないので、聞いた話だけを書いておこう。

ピックに対し指を直角にして強くつかむ。
肩の力を抜いて、指は動かさず、手首ではじく。

当たる角度はせまく、かつピックの先0.5〜1.0mmくらいしか弦と接触させないで、上下からはじくように弾く。
単音は弦の中央で。

お米をとぐ要領だという話だ。
ヤマハの柔らかいピックがおすすめである。



第七日目 弾きたい曲を弾く

弾きたい曲を弾くにはどうしたらいいだろうか。
理想を言ってしまえば、耳で聞いた曲を、持ち前の音感でもってドレミになおし、弾けばいいのだ。
でもそれができないうちは、どうするか。

ずるい手なのだが、ネットで、その曲のMIDIを探し、MIDIグラフィッカーで構造を見るという手がある。
楽譜ではないが、アルファベット表記で音階がわかるので、それを参考にするのだ。

月琴では、簡単なメロディしか弾けないので、必要な音のみ残して編集し、練習しよう。再生しながら弾くこともできるので、現在のレベルでは、もっとも良い練習法だと思う。


月琴で弾いた曲、もしくは弾いたのを聴いた曲

キラキラ星・ドナドナ・モルダウ・たき火(トレモロ向き)・マイムマイム・ロンドンデリーエアー

トトロ・ラピュタ・もののけひめ・カントリーロード(スタジオジブリ作品)

月の調べ・瞳のテーマ(エスカフローネより)

Farewell song(主旋律のみ)・伝承・ふたり(すべてAIRより)



おまけ

考えられる比較的間違った月琴の楽しみ方

屋外で弾く

 気持ちいいです。でも人に聴かせられないレベルの時は、人のいないところで弾きましょう。

風呂場で弾く

 音の反響が異常に良いので、弾いていて愉快です。ただ外にも良く聞こえるので、下手さ加減も響きます。

月夜に弾く

 月琴を弾いている自分に酔えます。

ひたすら同じ曲を引き続けて、家族を精神的に追いつめる。

 適度に曲を変えて生殺しにしましょう。


考えられる比較的間違った月琴のトラブル

弦が切れる

 弦は切れるものです。すぐ取り寄せて、すぐなおしましょう。

弦軸が落ちる

 松ヤニなどを穴に塗り込むと、落ちにくくなります。落ちたらすぐに拾ってすぐに着けなおしましょう。紛失してはいけません。

弦が緩む

 これも松ヤニで解決されます。すぐに松ヤニを買って、すぐに調弦しましょう。

月面が割れる

 湿度の変化、温度の変化、日光の照射、長期間の放置などが原因です。
 漫画、CD、ビデオテープ、脱いだ衣服などの間に埋没しはじめたら、いつの間にかひびが入っているかも知れません。

弾かなくなる

 およそ、考えられる最大のトラブル。原因が上記事項の遵守を怠った上であれば、個人の根性の問題です。
 いますぐに月琴を手にとっていますぐ弾きましょう。













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