精神の拠点は、脳か魂か 「精神」というものの働きは、脳の科学的(とうかむしろ化学的)な反応で生まれる、という考えがある。
何かの漫画で読んだ「恋なんて、ただシナプスがスパークしてるだけだろ?」という言葉には笑ってしまったが、私はこれはおかしいと思うスタンスにいる。
というわけで、この話はあくまで仮定である。 魂の存在を認めない側がよく出す例えとしては「あたまを打ったり、脳が損傷を受けることで、精神に異常をきたしたり、精神の活動がストップすることもある。脳が精神の原因だからだ」という話がある。脳が壊れたらおしまい、という考えだ。 だが、私は、脳は言ってみれば「ラジオ」だと考える。魂は別にあり、脳はその受信機であると思うのだ。 脳が損傷を受けて精神に異常をきたすのは、そういうメカニズムの故だと思う。
つまり、魂は別個に存在しているという考えを、私は支持している。 疑似脳の限界 それを前提に、脳と魂の関係において、ひとつ考えたいことがある。 仮に脳を最高の演算装置だとする。それを目指して現在のノイマン型コンピュータを極限まで進化させたとしよう。だが、現実の人間に近づくとき、そこには、ひとつの大きな壁がある。 それは「直感の発生」だ。 ノイマン型のコンピュータに、この違いを、クリアすることができるだろうか。
魂とか霊とかいわれるもの では、そもそも人間の直感は、どこから発生しているのか。 つまりこれは、外部にあるコンピュータだ。そこから瞬時に脳に入力される回答が「直感」なのである。
この話は、この時点ですでに因果律が適用されない。原因があって結果があるという、科学の大原則中の大原則を無視しているので、すでに科学でも何でもないのだが、私はそういう仮説を持つ。
仮説は続く。 魂が直感を与える、と書いたが、人間の脳はそれだけで機能しているわけではない。 俗に左脳は知性や計算、右脳は直感というが、右の方が、ただ、魂の答えをより受信しやすいように思える。
さらに仮説である。 自分にまったく経験がないところから答えが出る(入力される)ときがある。
これは、魂に蓄積されたデータが、瞬時に演算して答えを出した・・・という条件ではあてはまらない。
ここまで書くと、もうついていけないというヒトも多いだろう。 これは、私だけかも知れないので、みなさん実験してみて欲しい。 自分を上から見たところを想像してみてほしい。 自分が食事をしている様子や、いまパソコンを打っている様子を。 いま脳裏に浮かんだその角度で、その様子を、自分自身は肉眼で見たことがあるだろうか?
おそらくは、無いと思う。 それは、 少なくとも私は「どっちの料理ショー」を見ながら半口開けたままキーボードを打つ手が止まっている様子を思い描くことができた。
番組中の餃子と焼売には、多分守護霊もみとれている。その証拠に、この状態が数分は続いた。
もっとも「この角度からむかし自分を撮った写真を見たことがあって、あとは映画やテレビでみた角度と、無意識に合成して、脳がこういう映像をみせているのだ」と思う人は、そう思っておいてくれてかまわない。
魂の代役を作ることができるのか 前置きが長くなったが、納得できないヒトはオカルトかファンタジーだと思ってもらえればいい。
この図をたとえば、マジンガーZに当てはめると、アルファさんがマジンガーZで、脳がジェットパイルダー(もしくはホバーパイルダー)、魂が兜甲児で、守護霊は光子力研究所のみなさんである。 ちょっと古いのでエヴァンゲリオンにすると、アルファさんがエヴァ0号機で、微妙だが脳がエントリープラグ、魂が綾波レイで、守護霊はネルフのスタッフ、とゆーか彼女の場合は碇ゲンドウ個人だろう。 ガオガイガーで行くと・・・、ちょっとややこしくなるのでやめておくが、たとえば、これらをどんどんスケールダウンさせていって、マジンガーZも、エヴァンゲリオンも、スターガオガオガーも最終的にマルチくらいのサイズに収まったとしよう。 半導体と神経が連結したり、脳波から命令を検知して動くロボットなどがいる(スイッチのオンオフくらいは可能という)くらいなので、サイボーグ体の実現自体はそう遠くはない。
だが、この人間が担当している部分。 その部分に、高性能のノイマン型を投入しても、膨大な行動パターンを演算するという力業でしかない。
それは一面から見れば人間に似ているが、人間そっくり、すくなくとも人間の代わりにはならないと思うがどうだろう。(もっとも、これで充分だと満足するのなら、それで問題はないのだが)
では、せめて魂を意図的に発生させられないか。 魂は人の手で生み出せるのか。 ここは、もうわからない。 予想もできない。 個性や直感力をもったロボットというのは、こう考える以上望むことは出来ないのかもしれない。 魂の構造解析と、その模倣ができない限りは。 人間の代わり 現実の話だが、カメラから入力される相手の口の形や眉毛の動きなどから感情などを推察し、用意されたパターンのいくつかを組み合わせて反応するロボットが研究されているときく。
だが、これで人間のかわりになるだろうか? 先の行動パターンや、会話などの上手さ、メーカーの文芸能力で、人間っぽい感じは出せるだろう。 だが、 こころをひらいて魂を求める人間に、そのロボットは応えられるだろうか。
我々は満足できないと思う。 人間の友としてのロボット ココロを持つロボットは作ることはできない。 それはそれで、便利な道具にはなる。すくなくとも、その程度では、ロボットの権利うんぬんの話は出ないから安心だ。ここで問題にするほどのこともない。
ココロを持ったロボットの存在意義は、人間の、心の友になることだろう。 だが、やはり結論は、最初に思っていたことと同じだった。 魂をもつ人間の友になる。 ロボットに、魂はいらない。 おまけ なんか醒まさなくてもいい夢を、わざわざ醒ます無粋なことをやってるような気もするのでおまけ。 SFは、通常あり得ない状況を容易につくりだす。 私がSFにひかれているのおは、その故だ。 ココロを持ったロボットが描かれることは、物語としてはとても好きである。
ただ、もしそれが生まれてしまったのなら。 そういうロボットが現れたのなら、それは人類が知らなかった、魂本来がもっていた属性が、新しくひとつの器を得たのだと、受け入れよう。 そして、これらの考えと、全く違った見地から、ココロをもったロボットが生み出されることを、わたしは少し期待している。 私の想像もおよばないような発展があることを、願うものだ。 |