2007.05.05 「愛について・1」


おいしいものを食べた瞬間に、この美味を愛する人にも食べさせてあげたいと思う。
素晴らしく美しい景色をみたとき、この美観を愛する人とともに見たかったと思う。

こんなに美味しいのに、こんなに美しいのに、一緒に楽しむことが出来ない。
愛によって一つになっているとき、位置が離れているだけで、そんな切なさを感じる。

だから、愛のあるところには、かならず切なさがある。
独りで御飯を食べては泣き、美しい風景を見ては泣く。

哀しくても、楽しくても、そのひとを思ってしまう。
それが愛だ。








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2007.05.07 「愛について・2」


愛とは、両者が「一つになろうとするとき」に生じる。
だから夫婦が完全にひとつになって満たされたなら、その間にもう「ひとつになるための愛」は生じる必要がないのかも知れない。

だが、その次に夫婦は子供を迎える。そして夫婦がお互いを愛したその実績をもって、その子を愛する。
そこで、子供と「一つになろうとすること」ができる。そのとき、今度は親子の愛が生じるのだ。

これも一つになったら「ひとつになるための愛」は生じないのかもしれない。
だがそのころには、その子供に伴侶が現れ、やがて孫が生まれる。愛する息子娘の子供となれば、愛したくないわけがない。そうして獲得した愛をさらに成熟させながら、どんどん未知の愛を人間は味わっていく。
こうやって人間は、愛を深めて、愛の完成に近づけていくのだ。


改めて。
子供を得ることの本当の意味は、愛によってひとつになった夫婦が、次の段階に進むところにある。
幸い私たちの間には子供が授かったが、もしそれが叶わなかったなら、最終的には養子をもらうことを考えていた。直接の子供が出来なくても、夫婦がひとつになることはできるし、子供とひとつになっていくこともできる。

焦って家庭を出発せず、何年もお互いに納得がいくまで時期を待ち、自分を磨いてきたのは、その準備のためだ。
それは決して万端ではないだろうが、それでも、すこしでもひとつになっていたい。そしてそこに子供を迎えたいと思う。

いまも胸を満たし、ときに切なくなる、この愛のために。
いまだ不完全な愛の、その完成のために。








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2007.05.08 「愛について・3」


なにかと別れる時に、自分がそれをどれほど愛していたか思い知ることがある。
愛は、ひとつになろうとするとき生じる衝動であるから、
引き裂かれるときにも生じざるを得ないのだ。

当たり前にそこにいると思っていた誰かとの別離や、死を描いた物語などが時に感動的なのは、一部においては、そのためである。








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2007.05.12 「間接キス」


夫婦間で、間接キスが流行っている。いや、うちだけだと思うが。


あ、このヨーグルト美味しい、拓美さんも食べてみて」
「うん、ありがとう。
うわー美味しい! いやもう何が美味しいってこのゆきこさんがしゃぶってたスプーンがッ! ハアハア」
「あの」
「ああ、うん、ありがとう。はい、ごちそうさま」
「いや、そうじゃなくてヨーグルトも食べてください」


間接キスは「愛によってひとつになろうとする」衝動の寸止め感がちょっと切なくてイイ。
しばらくこのブームは続きそうだ。








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2007.05.13 「『セカイ』による守護」


仕事で名古屋に行くことが増えた。幸い家の前から高速バスで一本で行けるので、これを利用している。
高速バスでは、高速道路に乗る前に「シートベルトをお締めください」と、車内にアナウンスがあるのだが、かつては、これをしていなかった。

車の運転席と助手席では、もちろんシートベルトをしている。幼少のころの教育のタマモノだ。
父が「うちの車はボロだから、右カーブの時によく助手席ドアが勝手に開く。落ちないようにシートベルトをしておけ。
振り落とされたら歩いて帰るんだぞ」と毎回毎回、いま思えば半笑いだったよーな気もするが教えてくれたのを完全に本気にしていたお陰で、シートベルトがないと安心できない身体になってしまったのだ。たぶんそのために、F1ドライバー用の六点ハーネスとかの堅牢な安全性に、幼稚園児のころから憧れていたのだと思う。ただ、出発の動機がソレだけに、助手席と運転席以外では、シートベルトをしなくても別に平気だった。バスの座席も同様である。


だが、結婚して、もう
「勝手にくたばれない身体」になったときからシートベルトをするようになった。

そして、さらに、あっという間に妊娠がわかり、とにかくまずは安定期を無事にすごすこと、そして出産までゆきこさんが守られるようにと日々願うようになってから、シートベルトをする
動機が変わった。

もしこのバスが事故にあったとき、わたしが助かるためではなく、
事故によって怪我をした人を助けるために、わたしはシートベルトをするのだ、と。

事故したバスの車内に、もし妊婦さんがいたら。
結婚したばかりで最愛の人をもつ人がいたら。
ちいさな子供がいたら。

その人たちを守りたいと思っていて、それが叶わない人たちに代わって、自分がその人を助けるために。
そのためにシートベルトをしている。


「誰かを守る」ということは、直接的に完全に遂行するのは不可能だ。どんなにいっしょにいても事故はおきるし、そのそもいつも24時間一分一秒の隙間もなく一緒というわけにもいかない。これはゆきこさんも、生まれてくる子供もそうだ。私独りで、絶対に守りきれないというのは確定している。

だから、わたしがゆきこさんを守る方法は、これしかない。
私が世界を愛すれば、世界がゆきこさんと子供を、守ってくれる。
不確実かもしれないが、いまはこの原則に頼るしかない。


直接守るというなら、閉じこめてしまえばいい。単純なことだ。
だが、真に守るとは、そういうことなのだと、最近わかってきた。








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2007.05.14 「出血」2007年03月10日のこと


2007/03/10 11:24

産婦人科にきている。
ゆきこさんが出血したためだ。

出産予定日5月21日まで、まだ二ヶ月以上(当時)ある。

大丈夫。
大丈夫だ。




同日 13:04

検診終了。

妊娠によるホルモンの変化や、粘膜の炎症による当たり前の出血のよう。安心した。

この時期の出血には、出産の兆候の出血と、胎盤の異常によるものが怖い。さいわいどちらでもなかった。



赤ちゃんが動いている映像を見せてもらった。
元気に動いていて、羊水をごくごく飲んでいた。ゆきこさんの胎盤はとてもきれいで、羊水もたっぷりあるらしい。
熱帯の浅瀬の海底みたいな、生命感にみちた景色だった。

赤ちゃんは1450グラムで順調。ただしあと二ヶ月で倍になる。
これからは、疲れやすくなるし、気持ち悪くなるし、苦しくなるだろう。
いよいよ、はじまったという感じだ。

それにしてもよかった。
こころからホッとした。


ずっと手を握りあっていた。





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2007.05.16 「性欲の話」


男女の性欲はまったく違う性質をもっている。
だが、少なくとも自分が属している男性側は、女性のそれを自分と同じようなものだと、身勝手に思っている傾向があると思う。まあ、自分の性欲すらもてあましているのだから、全く違う生き物のそれを理解できないのも、無理はない。
それだからこそ、夫婦生活では男女の違いを理解して尊重することが、特に大切だ。


ものすごくぶっちゃけた話、夫と妻がお互いに対して期待している内容自体が、かなり違う。

夫が妻に願うことの第一位は、性的充足だ。
どれだけ愛していても、きれいごとを述べ連ねていても、これは間違いない。
ほとんど生物としての基本的な機能設定として「夫」という存在物の最優先事項としているのがコレだ。

あとは「遊び相手であってほしい」「魅力的な女性であってほしい」「日常生活で助けて欲しい」「自分を誉めて欲しい」「尊敬して欲しい」そんなところだろう。


一方、女性は男性とは全く違う。
妻が夫に願うことの第一位は、愛情だ。
性的充足など、男性ほど特別には求めていない。「愛情があればいい」とすら言える。

アダルトビデオにでてくる女性にばかり触れていると、世界中の女がそうだと少なからず思ってしまうのが男性の悲しさだ。男性の性的充足を満たすために演出されている内容が女性の本性だと、どこかで思ってしまう。

昔、ある人物が、風俗関係の女性とばかり会っていると、道を歩いている普通の女性でも、金さえ積めばやらせてくれるような気がする、とハッキリ言っていた。本人もありえないとわかっているのだが、それでもそんな風にズラされてしまうのだ。映像やメディアの影響力は大きい。


あらためて、女性がもとめているのは、愛情だ。
あとは、会話、誠実さ、率直さ、経済的安定、そして夫には子供との交流を。たぶん、それほど外れてはいないと思う。


男性がもとめるのは性的充足で、女性がもとめるのは愛情。

この二人が性生活をするとき、やはり欲求の違いが現れる。

男性は性欲から入り、それが愛情へと変わる。
女性は愛情から許し、それが性的欲求へと変化する。

男性は野別幕無しで興奮したり瞬間で燃え上がることができる。
だが女性は「燃える」までには愛情の実感が必要だ。だから、男性は自分の性欲を抑えてでも、女性を愛せるかという内面的な戦いからの出発になる。

そして、男性に性的充足が得られた後、はじめて男性の愛情が現れる。
男性の「愛情」を分厚く覆っていた性欲という果肉がはぎおとされたとき、ようやく彼の核心が見えてくる。そこにある「愛情」は、はたして女性への愛情であったか、自己愛であったか。それが暴露されるのだ。性生活の終了直後が大切というのはそこである。

満たされたときに現れる自分の中の「愛情」
そのあまりの空虚さに、死にたくなることもある。自慰が辛いのはこのためだ。
だから本来、性とは、本当に愛している人との関係で行わなければならない。


女性は、そのとき現れる愛情を信じて、男性に身を委ねる。
そこに愛情があったらばこそ、「愛情から許す」女性は、またしたいと思う。
愛のない性は、女性にとってただの裏切りだ。
「終わった後で、すぐに携帯をいじってニヤニヤしてるのが我慢できない」という声がどこかのサイトに書いてあった。そんな男性の姿に、女性は何を見いだすだろう。


男性は性から愛へ。女性は愛から性へ。
それは男女の欲求の違いだが、
そうだからこそ、永遠に回っていくことができるのが男と女の関係なのだと思う。




お互いが、お互いの求めているものを理解し、尊重し、提供しようとするとき、はじめて自分の求めているものは得られる。人間関係の基本でもあるが、男女の関係においてはその機能からしてそうなっている。

結婚生活において相手に対して持つ理想は、その全てが、結局は自分の努力でしか実現しないのだ。





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2007.05.17 「人生の目標」


人生の成功条件として前にこんなことを書いた。
この現状が、当初の予測からはるかに上方修正されており、予想された結果をある程度クリアしていると思うので、第二の目標をたてるべきだと考えた。


「そういうわけで、はっちゃん。
新たな目標が決まったヨ!」

「おお、どんな目標ですか」

「娘が13歳になるまでいっしょにお風呂にはいってもらうこと!!!」

「・・・」

「これが次の人生の成功条件! 
失敗条件はそれ以外の全部!!

「どんな人生ですかソレは・・・」

「13歳ってのが、
かなり人生かけないと実現しないような数値だよな!」

「だよなじゃなくてですね」

「8歳くらいまではクリアできると思うんだけどなあ・・・
その後からが真剣勝負だ!」

「あー、いっそ、娘さんが35歳くらいになればまたいっしょに入ってくれるんじゃないですか? 介護業務として」

「あー、そのころ私いきてたら70過ぎかあ」

「ですね」

「ま、それくらいの信頼関係を目指して、生きていきたいって思う」

「わたしも、それくらい長く御奉仕したいものです」

「そうだな、大切に運転するよ。それから私より、娘のことを守ってくれ」

「わかりました」

ちょっとボーっとしていた私に、ゆきこさんが声を掛けた。

「どうしました」

「うん・・・。丁寧に運転してあげようって、そう思ったんだ」





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2007.05.18 「以心」


なにを考えているか、お互いにある程度わかるようになってきた。
そう感じるときがある。

生活の中で、ゆきこさんが
こちらの目線だけでだいたい何をして欲しいのか分かるらしく、いろいろしてくれるようになった。
一方こちらも、ゆきこさんの
寝返りの音だけで、今日はくっつきたいのか、それとも静かに寝たいのか、なんとなく分かる。

ならんだ布団からお互い目を合わせるとき。

「くっつきたいけど、疲れてるからそう切実でもないなあ、どうしようかなあ、って思ってる?」
「正解・・・。なんでそこまで正確にわかるの?」

なんでか、最近はよくわかる。
理屈で推理するのではなく、データベースがあって過去の事例を思い出しているわけでもない。そもそも、いつでも新しい状況だ。推察でも洞察でもない。
ただ、理屈で考えないようにして、ゆきこさんに気持ちを同調させるだけで、自然に彼女の感情が胸に投影される。ホログラフみたいな、そんな不確かさだが、それでも何が映っているかはくみ取れる。

「どうして?」

どうしてだろう。
でも、ちょっと考えて分かった。

「たぶん、わたしがあなたのことを、いつも考えているからだ」


愛していると、互いが一つになることが出来る。

いま、二人がまだ一つになれず「恋愛」をしていたころの種類の刺激は少ない。
だが、それまでは想像もできなかったほどの安定感がここにある。
疑心暗鬼という言葉があるが、鬼とか魔の類が、まったく入ることのできないであろう基準で、ふたりは一体になっていると思う。

人は、誰でもひとりだ、という言葉がある。
でも、勇者王の言葉を借りれば、

わたしたちは、ひとりじゃない。





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2007.05.19 A 「人は、パンのみによって生くるに非ず」


人は愛情を食べて生きる。

「始まる」という字は、「女」が「台」つまり土台になって出発すると読める。うちではそれは、妻であるゆきこさんが台所に立つことだと感じている。

そこで行われるのは、愛情を込めて、夫のために、将来的には子供のために御飯をつくる作業。
そこと、それを食べる食卓が、生活の真の意味での出発点だ。

これがないと、心が病気になる。かつての私がまさにそうだった。
とにかく腹が減っているから食べていた。愛情がどうこうは、まったく関しなかった。食事というより、
栄養素の摂取作業を実行する、という感じであり、何を食べたかまったく憶えていないときもある。閉店間際で半額になったスーパーの惣菜を、ただ買ってきて、ただ独りで食べるだけ。そこに喜びはなかった。

「こなす」感じで急いで作ったものと違い、丁寧に作ったものには、あきらかに異なる栄養素が発生していると思う。かつてあれだけ食べてもまったく満たされず、かつ病気のような精神状態だった自分には、いまになってよくわかる。
いま、ここまで精神が回復している原因は、どんな心に響く話や、感動的な物語からでもなかった。
食事だったのだ。
そう、
こころの栄養素は、結局は口から入るのだ。



余談だが、この栄養素に味付けをするのが、食事中の会話だ。これが結構たいせつである。
食事の時には、相手を慰労し賛美し、感謝と尊敬の言葉を伝える時間が、食事の時間だ。

事実、これを家庭が始まってから、ずっとやっているおかげで、
連日の日記のありさまである。
きっと、死ぬまで続けられると思う。





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2007.05.19 B 「魔窟」


出産後の予定がだいたい立った。
山形の実家に頼らず出産するゆきこさんを、母が私の実家に迎えてくれるというので、マタニティクリニックからの退院後は、かつて私や姉が住んでいた部屋で、しばらく暮らすことになった。

産後の肥立ちが大切というのは、どこでも、かならず言われている。できれば立ったり歩いたりもある程度ひかえたほうがいいとすら言われた。子宮口がちゃんと閉じなくて生理の血が止まらないなど、生々しい話も聞く。

とりあえず、母娘の専用部屋が確保できたことで、産後のことはひと安心だ。母子ともに、母やお手伝いのおばさん、私も遠くない位置にいられるし、大勢に見守られる体勢を作れたのは本当に善かったと思う。
予定日は5月21日。早いうちに、一度は部屋の掃除をしておこうと思った。



天「じゃあ、ちょっと掃除してきます」
母「そういえば、シンちゃんの荷物があるから避(よ)けておいて」
天「へいへい。ガンプラか何かかな・・・? 







 いや・・・これは・・・」

自分の立っている部屋をあらためて見回す。

      


発見されたのは、通販で購入し、しかし彼の実家に置いては実母や弟に
いろいろ言われそう部屋を埋め尽くすアイテムの数々であった。むかし知人の飼っていた犬が、自分の大事な宝物(靴とかボールなのだが)を安全圏である犬小屋に溜め込んでいたのを、なんとなく思い出す。



「あいつ、小遣い少なかったと思ったけど、このセイバーなんてそこそこ高そうだけどな・・・、あと」







「いつも思うんだけど、これ、何に使うんだろうなあ」

「あの、拓美さん、どうしましたか」
「あー、・・・・赤ちゃんの部屋が、
なんか知らないうちに魔窟に・・・、いや、なんでもない・・・。なんか喉が乾いたな、・・・お茶もらえますか?」
「はい、いま煎れます」



「・・・・」

「湯飲み、これでいいですか? 少し待っててくださいね」

「いや・・・なんか
すげえ大事そうな湯飲みだからよしておこう。悪いけど換えてください、あの萌え絵とか書いてない奴に」

「はい」

「・・・すまん、シンちゃん、君の
ダメ秘密基地、しばらく徴収するぞ。あと乳児に悪影響がありそうだからこのへん片づけるからな」

こころの中で呟き、片手拝みして、段ボールに丁寧につめ、物置に押し込んだのは、とりあえず一服してからだった。






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2007.05.20 A 「愛の流れ」


子供を愛する力は、母親に100%備わっているものだろうか。
それは違うと思う。

母となった女性は、父となった男性から愛されてはじめて十全の力で、子供を十分に愛することが出来るのだと、そう思う。
その愛の供給無しに、母親だけで「個人的に」子供を愛そうと思えば充分な力は出ない。
いくら母性本能があっても、それは一人分の愛でしかないのだ。

母親だけで、子供は愛せない。
父親の子育てへの参加は、だからこそ求められる。

ただ、父親の参加は、人数としてのものではない。母親の代わりにいくらかの時間の子育てを担当する・・・というだけではない。それに家庭を経済を支えるという使命がある以上、あまり時間が割けないのも現実だ。では父親には、どんな参加が求められているか。答えは先述の通り。

我が子の母親、すなわち妻を愛するということが、その子の父親最大の使命だ。
そうして母親に愛の力が溢れていなければ、子育てはできないのだ。





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2007.05.20 B 「命名・1」


4月中旬ごろのはなし。

「聞いてくれよはっちゃん」
「はいはい、なんですか」
「近所で啼くようになったウグイスの声が、

『ディビジョン』

 と言ってるような気がして仕方がないんだ。すくなくとも『ホーホケキョ』とは、もう聞こえないのだが年のせいだろうか」
「歳のせいって、モスキート音じゃないんですから関係ないでしょう」
「あと『division』ってウグイスは何を伝えたいのだろうな」

「ところで、毎日
あたまが暖かくなるくらい悩みまくった赤ちゃんの名前はどうなりましたか」
「ようやく決まったよ」
「おー、ごくろうさまでした」
「名前については、
ここにあるすさまじい教訓をもとに、条件を出してから決めたんだが」
「いつみてもすさまじいですね・・・。しかもちょっと見ないうちにまた
超新星みたいな恐ろしい輝きの名前が・・・」

「えーと、

・漢字の読みに無理が無く、読まれやすい名前
・読み自体も、わりとありふれた名前
・本名の苗字とのバランスから、ひらがな三文字で読める語感
・清さとか、毒を解かしてくれる作用とか、そういった要素を入れたい
・「歌」という字をできれば使いたい (これは後に解除)

というところ」
「いいですね」
「あとは、読みは同じでも、アニメやゲームのキャラと同じ字は避けたいと思った」
読み自体はもう避けようがないですしねえ。名付けの流行とかあるみたいで、あるシナリオライターも名付け本から拝借してるって言ってました」
「ゆきこさんなんかは『琴』の字が結構すきみたいで
『ことみ』とか『ことね』とか言い出すのを、やんわりと却下するのがなんか心苦しかった」
「あー」
「でも、それ自体は良い名前だと思うもののどうしても
アレとかソレとか思いださせる。とりあえず葉鍵は避けたい」
「なにより、
関係者からの生ヌルい視線が辛そうですよね」
「泣きゲー系キャラの名前をつけると、やはり関係者から
異様に愛されそうな気はするが、それもちょっとなあ」


ところで、女の子なのは間違いないんですか」
「いや、それがな? 産婦人科は何回映像を撮っても『
女の子です。まちがいないですね』というが・・・」

近所の霊能者
男の子でしょう。負けん気のつよい、一等が取れないと泣いて悔しがるような子です」

ゆきこさんの恩人の旦那さん
「(恩人さんが見た夢をきいて)その夢は
男の子が生まれる吉兆だ」

ゆきこさん本人
男の子を産む夢を見ました」

「 現代医学 VS 大霊界 で完全に見解が割れてますね・・・。しかし、近所の霊能者って一体・・・」
「いや、北方の柿畑ん中の寺にけっこう有名なのがいらしてな? でも、まあ女の子だとして進めさせてもらった」


名前をつける、と言う行為は、真剣に取り組むと本当に難しかった。
実は、先にあげた条件『歌という字をいれたい』というところから、『歌織』という名前も候補にあった。

「そういえば、一時期はゆきこさんのお腹に、
下がりきった眉毛『かおりぃん♪』とか言ってましたねえ」

子供の名前は、その子の持っている運勢や運命が自然に呼び寄せる、という話がある。

「でも、だんだんかおりんが『これは私の名前じゃない』って言ってるような気がしてきてなあ」

そうして、最終的に落ち着いたのが

「晶(あきら)」

という名前だった。



毎晩、ゆきこさんと遅くまで名付けの本を漁りながら考えた。
私たちが、この娘に最初にあげられるものは「この娘に一番いい名前」なのだ。

強く、明るい子であってほしい気持ちと、そして「あきらかにする」明晰さ、水晶のように場を清く浄化する魂をもった、そんな女性になってほしい。
真理を愛し、人を愛し、物を愛する心を持ち、誰かのために生き、誰かとともに生きる、そんな人物になってほしい。

そんな気持ちを込めて、最終的にはゆきこさんのお腹に額をくっつけて、ずっと赤ちゃんに話しかけながら、そんななかで思いついた。

「晶(あきら)」はそうして与えられるように閃いた名前だった。

いい名ですね」
「ん、この子もこの名前でいいと納得しているような、そんな気がする」


『晶』という字の意味は、ちりばめられた多くの星が夜空に輝くさま、なんだ」
「『日』というのが、つまり恒星ですか」
「『太陽がみっつあるくらい明るい』という意味だろう。象形文字だが、同時に『すむ・澄み切った』という意味もある」
「これもいいですね」
「あと、水晶をイメージしやすいから、名前の説明するときに楽でいいな。『水晶の「しょう」です』で通じそう」
「水晶、クリスタルに通じて、綺麗な名前ですね」




「しかし、名前が決まると、もう赤ちゃんへの
愛情の転送量が跳ね上がるネ!」
「そうなんですか」
「この間も、子供をスクーターのメットインに入れて死なせた事件が報道されてたけど、気がつくとゆきこさんのお腹にむしゃぶりついて
『あきらちゃん! お父さんは、そんなことしないからねええええ!!』と半泣きで叫んでた」
「そういえば、最近はなんか子供がらみの事件報道が多いですね」
「赤ちゃんポストの報道でも
『あきらちゃん! お父さんは、そんなこと(以下略)』と」
「事あるごとにすがりつかれるゆきこさんも大変ですね・・・」
「誰かの結婚報道みれば
『お前は誰にも嫁にやらんぞ!』と」
「・・・もう結婚するときのこと考えてるんですか!?」
「生まれてからこの子が死ぬまでの人生なら、今まで
80回はシミュレーションした」
「8・・・0・・・って。あの」
「毎回、
お年頃になったあたりの妄想が、血涙がでるくらい辛くてなあ」
「普通、女の子の幸せは結婚とかいいませんか」
「いや、実は理性ではそれが幸せと分かってはいるんだ、いるんだよ。でも、こうウェディングドレス着た姿とか想像するともう、父親としては、認めたくなくてな・・・。ああ、それ以前にきっと何処の誰ともしれない男をそのうち連れて来るんだろうなあ。こう、20代くらいの若い・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まあ、男親には辛いっていいますからねえ」
「あきら! なんだその男はあ!」
「うわ、ビックリした!」
「『お父さんが奥さんを愛したように、ぼくもあきらさんを愛します』? 
貴ッッッッッ様なんかにできるかッ! こ、この楽天の共同購入で手に入れた超次元ツルハシの錆びにして・・・!」
「もしもし? あの?」
「・・・ごめん、いまのバッドエンドのひとつ。一番せつないのは、あきらちゃんがさらわれる奴ね。わたしに」
「実の父親が、なんで娘をさらうんですか・・・」
「あー、やっぱり逃亡劇といったら北陸とか冬の日本海側の方かなあ。いや、ホント妄想じゃなくて、あまりの可愛さに、ついあきらちゃんさらって逃げるかもしれないなあ、自分。そして逃亡先で、ふたりでラーメンとかすするわけですよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なんか『ウィッチブレイド』みたいになってきましたね」
「は、離せ! 俺は父親だぞ!」
「うわ、ビックリした!」
「いかん、選択肢まちがえた」
「なんとなく、どんなエンディングかわかったような気がしますが」
「でもトゥルーシナリオでは、海を見に行った思い出のシーンで、フラグが」
「なんだよフラグって」







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おまけ



ちなみに、この名前は、姓名判断でもおどろくほどよかった。

天格(その家に課せられた運命や家柄):23・大吉
「プライド高い。相互団結力固く、男性は名声、財産を得る。」(まあ、これは苗字だからいじりようがない)

人格(中年期の運勢に影響し、意志や決断力などの性格):23・大吉
「行動力抜群。先見性が鋭く損になることしない。恋にも仕事にも自分にプラスになるものを求める。」

地格(幼年期から青年期に影響し、親子の信頼関係や健康状態):13・大吉
「孝心厚く年長者を助ける。男女とも結婚後、幸福をつかみやすい。女性は養子を迎えやすい。」

外格(その人の外観や対人関係や夫婦関係):13・大吉
「年上、年下の人に大モテ。人の出入りの激しい場所、職業を選んで努力するとスムーズ。」

総格(幸福感、金銭、健康、家庭環境、性格形成など総合的な運勢):35・吉
「まじめな努力家、人と争うのが苦手。独自の生活方針を立て、先見性、アイデアの良さでチャンスつかむ。目立たないが頭良い。」

三文字の場合に一画を足すほかの姓名判断では「ボランティア精神が災いし、自己を犠牲にしてまで他人に尽くそうとします。自分のことをおろそかにすると、面倒なことに巻き込まれやすいので注意しましょう。相手を見守る余裕も必要です」ともある。

「ちょっと苦労しそうでしょうか」
「この種の苦労はむしろ『買い』だ」とゆきこさんもわたしも思う」
「苦労をしないと空気が読めないっていいますしね」





2007.05.20 C 「誕生死」


「誕生死」

書店を辞するときに、ついでに買っておいた本である。出産を目前に控えたここに来て、ようやく「いま読むしかない」という心情になった。

この本は、生まれて間もなく、あるいは生まれることすら出来ずに亡くなった赤ちゃんのことを、まだ若いその母親が綴ったものだ。数編から成り、旦那さんが書いているケースもある。

生の言葉、とは、おそらくこういうものを言うのだろう。死産の後、ある程度の時間を経て一人称で書かれているこのテキストからは、静かな文面から血が滲むように伝わってくるものがある。



悲嘆に狂乱した死児の母の号泣。



その残響が、この書面から聞こえてくるようだ。


かつてない種類の、もらい泣きだった。
過去に喪った娘のことをダブらせてではなかった。いま、ゆきこさんのお腹の中にいる娘が、もしここに書かれている話と同様に生まれてこなかったらと思うと、愕然とするとともに、胸を引き裂かれるように苦しく、嗚咽と、涙があふれた。泣けてしょうがなかった。

喪えばどれほどの悲しみが我らを襲うかという疑似体験と、そして同時にもたらされる、子供が無事に育っているという現状の、この幸福の得難い価値の実感。

ゆきこさんには恐ろしくて読ませることが出来ないその本に、いま、こころから感謝している。そして、本にむかって、この本に書かれている十数人の幼くして逝った魂にむかって、手を合わせている。




読み手のダメージが大きすぎて、一回に一編しか読めない。
決して厚い本ではないのだが、完読にはまだ時間も、流す涙も、かかりそうだ。

妊婦さんにはお薦めしない。だが、妊婦の旦那は、これを一読すべきだ。
彼女が立って歩いている橋のしたに、いったいどれほどの苦痛と悲しみと絶望と







地獄が






何もかもを吐き出すようなうめき声とともにあるのか、少しだけわかることができる。

出来ることはすべてやる。彼女を、決してこの橋から落としては成らない。










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2007.05.21 A 「はじまり」




※ 以下、05.21〜05.22は、掲示板、ミクシイにZERO3から更新した内容に加筆して、日記としております。


5月20日 12時40分頃

前期破水という形で、出産がスタートした。

すでに、予定日を明日に控えており、あかちゃんの体重も十分、子宮が拡大して胃袋を押し上げていたのが「さがってきた」と言われる体形になって久しいので、いつ始まってもおかしくない日曜の昼だった。


前期破水とは、陣痛より前に破水が起きた状態である。
一般的に出産のスタートは、陣痛か、前期破水かで始まるらしい。

破水は、赤ちゃんを守る「卵膜」が破れたということなので、そこからの細菌感染を防ぐために入院する必要がある。
入浴などは厳禁で、とにかく、すぐ入院して清潔な環境で安静にすること。これが前期破水の対処法である。

それにしても、外出から帰ってきたばかりの駐車場で破水したのは、幸いだった。このあとで、ゆきこさんは、出産時の体力を付けるために日課にしていた散歩に行く予定だったからである。出先でなくて良かった。


昼食を簡単に取り、入院セットを持って、出産予定の病院に駆け込む。
単独で破水、もしくは陣痛で産院にかつぎ込まれた場合、あとで私が駆けつけなければならない。そのための「入院セット」はすでに用意してあったのだ。
あからさまにニセモノなヴィトンの旅行バッグに、いろんなものがギュウギュウに詰め込まれている。おかげで対処も素早くできた。

採尿して、あとは陣痛がくるまで寝て待機である。
検査の結果、細菌感染のおそれはないとのこと。ひと安心だ。



この日は5月20日。予定日を21日としていて、そこまで10時間も残していない。ものすごく安産で、スピード出産でない限りは、予定日21日以後になるだろう。(ところで、予定日通りに生まれるケースは5%〜9%という話) あくまで目安だが、実に順調である。

ゆきこさんには、まだ痛みなし。
入院なんて、小学校の頃の盲腸以来だとか。

尿検査の後、ゆきこさんは診察に。
病院の寝具借用書にサインして、帰りを待つ。



産院は「ひろレディスクリニック」
市内に2つしかない産院のうち一つだ。設備は綺麗だが、個人病院である。選んだ理由は、やはり住処から近いため。

診察の結果、破水はしているものの、陣痛がまだなので、自然陣痛を一日待ってみて、おきないようなら
誘発剤を使用する予定となる。

とにかく
陣痛待ちだった。暇である。
できれば自然にうまれてほしいが、贅沢は言わない。
誘発剤がつかわれるのは、だいたい妊婦の3割くらい。
破水して羊水が少ない状態で長くいるのは危険なので、適切な処置だと思う。


ゆきこさんが実はけっこう緊張してるみたいで、ニコニコしてはいるが、目もギラギラしている。
緊張ゆえの高血圧症候群になりかかっているので、それも心配だ。
テレビを見る、という雰囲気でもないので、とりあえず「しりとり」など始めてみた。

「じゃあ、前期破水の『い』」
「いのしし」
「シシカバブー」
「ぶたのしっぽ」
「ポリンキー」
 ・
 ・
 ・
「ワイクル」
「ルパン三世」
「イカ焼き」
「キキとララ」
「うわ、なつかしいなあ。サンリオだっけ」

キックボクサーはパンチの三倍強いキックを受けているからボクサーよりも打たれ強いらしいよとかそんな話をまぜながら、しりとりで出た単語をネタにしたトークで時間をつぶす。

それにも飽きてきそうだったので、待合室にあった子供用の絵本を持ち出してきて、ゆきこさんに(正確にはおなかの赤ちゃんに)読み聞かせてみた。

イソップ童話しかなかったので、それを読んだのだが、現実のキビシサを思い知らせる類の話ばかりで「うわー」とかいいながら演技たっぷりに読む。「赤ちゃんが産まれてきたら、こうやって読み聞かせしよう」そう考えながら絶好調で読んでいると、いつのまにかゆきこさんが寝入っていた。本を読んであげたら寝ていたなんて、ホントに子供みたいだった。でも、それだけ妊婦生活はしんどいのだろう。

ほどなくして目をさましたので、またまったりと話をする。



再度の往診があったが、やはり緊張のためか血圧が高いとの診断。
とにかく安静に、ということと、今晩は自然な陣痛がない限り用はないので、
旦那はカエレと追い出された。

もとより宿泊は許されていないので、危険な状態でもない限り、従うしかない。いったん、アパートにもどることにした。


「じゃあ、一度かえるから」
「はい」
「なにかあったら連絡して」
「はい」
「寂しかったら、無駄に電話するように」
「はい」
「電話機を抱いて寝るから」
「はい」
「ボリューム最大にして寝るから!」
「はいはい」

出口への仕切り(カーテン)のところでひとしきりウダウダしてから、帰った。






帰り際、診断結果のなかにあった言葉が気になった。

「羊水汚濁」である。

羊水汚濁とは、子宮内の赤ちゃんがさまざまなストレスのために排便をしてしまい(通常は生まれてから最初の排便がある)、羊水が汚れている状態のことを言う。破水した羊水が黄色く濁っていたのだそうだ。

一般的には、陣痛が始まってから汚濁するケースが分かりやすい。陣痛とは、赤ちゃんを押し出そうとする子宮の収縮によっておきるもので、締め付けられたストレスで赤ちゃんがうんこをしてしまうことがあるのだ。だが、ゆきこさんにはまだ陣痛がきていない。なぜ汚濁がおきているのか、不明だった。

羊水は、通常は無職透明らしい(薄黄色という話もある)。汚濁が非道いときは緑色になるが、さいわいうちのケースでは黄〜茶色。とはいえ、汚濁に変わりない。


自宅に帰って、羊水汚濁について調べる。
調べれば調べるほど、苦しくなってきた。

たとえば、羊水汚濁の状態で母親が呼吸をうまくできず低酸素状態になると、胎盤から酸素が得られない胎児は、肺呼吸の行動を起こしてしまう。羊水はLCLみたいなもので、汚濁した状態の羊水を肺に吸い込んだ場合、内部が汚染されてしまう。それにより肺高血圧になって低酸素状態になり、さらに肺呼吸が繰り返されると言う悪循環になり、そのため腎不全・肝不全を起こす可能性がある。もちろん肺炎、気胸を起こすケースもある。(これを「胎便吸引症候群」という)

しらべた件数のうち、およそ半分がなんらかの問題につながり(解決したものを含む)、もう半分がまったく問題なく、吸引などの処置で蘇生するというもの。
そして共通するのが
「出てきてみるまでわからない」ということ。

母親にゆきこさんの容態をきかれて「羊水汚濁らしいんだ」と答えた私の声は、どんな声優でもだせないくらいに悲壮な声音だったと思う。



「羊水汚濁」
この言葉がひっかかって眠れなかった。ポジティブ思考など、こんなときには出来るものではないし、意味もない。
自分のことならば、なんとでもなる。だが、これが子供のこととなると話は別だ。じつに悪質だ。

寝られない。
しかも、なにもできない。
怪我を負った動物が、物陰でじっと体力の回復を待つように、待機することしかできない。なにがあるか分からないから、体力を消耗できない。




かかってこない電話を睨みすぎて、目がいたかった。





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2007.05.21 B 「転院」




2007年05月21日 11:14

翌日、産院から連絡があり、手に負えないことが判明。
大事をとった院長判断で
県立総合医療センターへ転院することが決まる。

その産院は、難しい出産は他の病院に任せる、という風評があったのでそれほど驚かなかった。
逆に、適切な対処であると思う。
ただ、転院先の病院ともとの産院では、用意しなければならない入院グッズがいろいろ異なったのが困った。
スリッパや食器(箸・スプーン)は各自で用意することなど、個人病院と県病院の妙な差を感じる。

前日に多くの症例を見てしまい、すっかり憔悴している自分に比べ、ゆきこさんが明るいので救われる。
彼女は、緊張はしているがそれでも普通に世間話をしている。そうして、私の運転で40分ほどの病院へ移動した。


救急救命センターを持った総合病院への転院が完了したのが昼過ぎ。
規模の大きさと、どんな事態になっても対処が可能な設備にひとまずホッとする。

前の産院はLDR(陣痛から分娩まで同じ部屋で行う)だったが、今度のは段階ごとに部屋が別れているスタイルだった。
陣痛室に落ち着いたゆきこさんには、まだ陣痛は訪れず。しかし赤ちゃんも本人もまだ元気だった。昼食も、もりもり食べている。

食後に陣痛を促進する「誘発剤」を経口にて摂取。 抗生物質の点滴を受けながら、待機である。

つきそってきた私と母も、別室で昼食。その後、ゆきこさんはもう一錠の誘発剤を飲む。
誘発剤は、陣痛を起こすホルモンと同じ成分のものらしい。そういう意味では怖がることもないが、これの摂取は、
一日に6錠までしか許されていないというだけに、多少の不安はある。

転院にともなって、いろいろ必要なものが判明したので、私だけ一時帰宅することにした。
陣痛のスタートもしくは夕食をまって、いよいよ泊まり込みになる予定だ。



帰る前に、ゆきこさんのお腹をさする。

総合医療センターでの診察によると、破水によって、羊水はかなり出てしまっているらしい。
そうなると汚濁はさらに濃くなる。
胎児には危険だ。そのため、早期に帝王切開するケースがある。羊水汚濁を調べたときにも、これがかなり見受けられた。

そもそも陣痛が起きていないのに、羊水汚濁というのは、あまり無い状態らしい。
陣痛による自然分娩が望ましいが、先述の理由で、胎児の状態などによっては帝王切開もありうる。
この判断と実行を委ねることは、診断医に同意した。

もちろん自然分娩が希望だが、私もゆきこさんも、それほど強いこだわりはない。
ここまできたら、ただ、赤ちゃんが無事であってくれればいいからだ。
心配なのは、やはり、でてきてみないと汚濁による影響が見えないことだった。


ここまでの妊娠生活を、まったくもって順調にやってきた。準備もすべてやってきた。
それだけに、いまさらできることがない。確率論の世界になってきている。

だから、もう祈るしかない。

神様に母子の無事を、そしてお腹の向こうの赤ちゃんに語りかける。



 出ておいで。
 
 この世界には、ちょっと分かりにくいだけで、
 素敵なことがいっぱいあるんだ。

 それは努力しないと見つからないようなものかもしれないけど、
 すごく楽しくて、うれしいことが、たくさんある。
  

 さあ、はやく出ておいで、あきら・・・。










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2007.05.21 C 「陣痛」




2007年05月21日 19:13

誘発剤により陣痛がはじまった。
午後4時頃に微弱ながらはじまったので、支度して駆けつける。たぶん、泊まりというか徹夜だ。

医療センターに到着する直前に、かけつけてくださったマンデリンさんから安産のお守りを受け取った。
さすがに陣痛が始まっている妊婦に会ってもらうわけにもいかず、その場で帰ってもらうしかない。
それでも届けてくださったのが嬉しかった。

「いい報告をさせてもらいます」

そうは言ったが、実は確信など何もなかった。



陣痛はすでに数分間隔(4分くらいだったと思うが正確には不明)で訪れるようになっていた。
私にできることは、ひたすらに腰をさするしかない。
温めることも重要なので、手のひらに靴下用の使い捨てカイロを貼り付けて、それで腰をさすったり揉んだりした。春には効果が薄かったかも知れない。

「いい汗が出ているよ」と助産婦さんが励ます。

陣痛に勝る痛みは、この世に存在しないという。
「世界中の痛みを集めた感じ」とすら表現されているのが陣痛だ。もちろん個人差があって「痛くないよ」という信じがたいコメントもネットにはあるが、少なくとも私が見た、ゆきこさんを襲う陣痛は、想像の範囲を超えていた。少なくとも、気絶する類のものは経験があるが、
痛みが続くせいで嘔吐するほどのものを私は知らない。

数分、早いときには1分ほどの間隙しか空けずに、次々と襲い来る激痛。
そしてその痛みに
「2〜3秒ほど息を止めて耐える」ことが許されない妊婦。

「ヒッヒッ・フー」などの呼吸法は、痛みを逃がすためでもあるが、それ以上に、あかちゃんに酸素をおくるための行動である。
以前にも書いたが、
羊水汚濁の場合はことさらに、低酸素状態の発生が命取りにつながるのだ。

妊婦は、どれだけ苦しくても、決して呼吸を止めてはならない。
力を抜いた状態で、痛みを受けとめなければならない。





病院から食事は出たが、ゆきこさんは、とても食べられないでいた。
母がもたせてくれたイチゴと、用意しておいたリンゴジュースのみ、少し飲む。
そして、陣痛と戦う。

夫は、ただ呼吸に合わせてマッサージするしかない。
「ヒッヒッ・フー」の吐く息のタイミングで、彼女が痛いという場所を強く指圧する。
私も同じように呼吸する。ことさらに大げさに呼吸音を響かせて、彼女のタイミングを支える。

仰向けのときは、お腹に息を吹きかけるようにゆきこさんは息を吹く。
わたしも合わせて、自分の息を、赤ちゃんのいるお腹に吹きかける。

まるで、二人の魂を少しづつ削り取って、いまはまだ肉体だけでしかない胎児に、「この子」の魂が安着するための玉座を編み上げているようだった。

いままで二人が生きてきたその内容が、この玉座の材質。
いままで二人がどう愛し合ってきたかが、この玉座の構造。

ここに、この子の魂が降りてくるのだ。








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2007.05.21 D 「陣痛の海」



※ 看護婦さんのことは、看護士と言うのが本当のところなのだが、それだと「その場合の看護士」が男性か女性かが明確でない。
  「女看護士」とか書くくらいなら、看護婦と書いた方が状況説明にはいいと思うので、以後、女性の看護士は素直に看護婦と書く。
  助産士・助産婦も同様に筆記す。



2007年05月21日 19:59

陣痛がはじまって、4時間。
「いい陣痛が来ている」と看護婦さんが言うが、それはつまり激しい陣痛である。
すでに陣痛と陣痛の間隔は1分ほどになっている。その短いインターバルでやってくる陣痛を乗り切ると、ゆきこさんの呼吸はマラソンでもしてきたかと思うほどに乱れている。それを懸命に整えて、再び来る陣痛を受けとめる。


そうして夜8時。
分娩室の準備が始まった。




2007年05月21日 21:13

午後9時である。陣痛室にはいって9時間が過ぎ、すでに次にはいる分娩室は準備ができているが、そこに移る指示は、まだ来ない。

看護婦さんが「あと1時間は生まれませんよ」そういったのは8時すぎ。
逆に言えば、早ければ1時間で生まれるということか! と希望を持つ。この苦しみも、そのころには終わるだろう、と。

この医療センターでの出産計画は、かなり最終段階まで陣痛室にいて、分娩室に入るのは最後の方であるらしい。
その準備もされている。本格的な陣痛が来れば(考えるだに恐ろしいが、
あの陣痛ですらまだザコなのだ)分娩室に入れる。

いつ生まれてもおかしくない!








だが、この陣痛に耐える時間は、最終的に12時間以上つづいた。








2007年05月21日 21:55


ゆきこ、おまえは、すごい女だ。

陣痛は、潮の満ち引きのように、痛みと平安が交互にやってくる。

痛みの度ごとに、あかちゃんが回転しながら下りてくる。
痛みの度ごとに、あかちゃんが近づいてくる。

だから、と。
だから頑張る、と。

結婚してから、すっかり恐がりで泣き虫になったとおもっていた彼女が、これだけの痛みに耐え続けている。


ゆきこ
おまえは、すごい女だ。

立ち会える環境が用意できて本当によかった。
これをたった一人で乗り越えさせるのは、あまりにも酷だ。






2007年05月21日 23:37

陣痛がはじまって9時間が経過。
3分間戦って1分間休むボクシングで言えば、135ラウンド目。

ゆきこさんは、激痛をかわした直後に気を失ったように眠るようになった。
そして、ほんの1分ほどの後に、気絶して緩んだ身体を叩き起こすような陣痛がはしる。

子宮口はすでに全開しており、これは22時30分頃のこと。
赤ちゃんの頭がみえてくるまで、あと2センチの深さとなった。

看護婦さんが感心している。

呼吸がうまくて、いきみが上手に逃がせていると。
そんな一言が、すごくすごく嬉しい。

状況に、目に見える進展はない。分娩室は、まだ時間がかかりそうだった。

腹部に貼り付けた2個のセンサーによると、赤ちゃんは元気な状態で降りつつあるらしい。
おかあさんが、ちゃんと呼吸して酸素を十分に送っているからだ。

激痛を受けて、呼吸を止めないというこの試練。
彼女はみごとに果たしつつある。








2007年05月22日 02:30

ゆきこさんのスタミナが危うくなってきた。

すでに尽きているであろう握力で、それでもベッドの手すりと筒状にしたタオルを握りつぶさんばかりに締め上げ、陣痛に耐える。

破水していて、これだけ陣痛が続いて、子宮口も開ききっているのに、赤ちゃんが降りてこない。ちょっとした異常事態らしい。
このままでは、妊婦の体力が限界を越えてしまうだろう。


午前2時30分。

現在の陣痛をさらにすすめる薬が投与された。

同意の上で、である。













2007年05月22日 03:07


髪の毛がみえてきたころ、
それは陣痛の海だった。

激痛の海をかきわけて、
すでに視界もはっきりしないだろう目を凝らして、
もりあがったおなかを、そのなかの赤ちゃんをみつめて、
ゆきこさんが息を吐く。

悲鳴。

悲鳴。

悲鳴。

だがそれは「たすけて」とは言っていない。
すでに12時間に及ぼうとする陣痛の海で、
「いま、会いに行くからね」とゆきこさんが目で叫ぶ。
それが悲鳴になって漏れでる。


よく立ち会い出産の感想で「女ってすごい」というのを見る。
だがあれは違う。

私の妻だからすごいのだ。

女だから産めるのではない。

私の妻だから、この子が産めるのだ。

妻の悲鳴を聞け。心して、よく聞け。
夫を愛しているから妻はその子供が産めるのだ。
この女にこれほどの情熱があったのかと感動しろ。







生命とは。

生命とは、わたしが想像していたものとは、まったく違うものだった。
思えばわたしは、生命を観念で捉えていたのだ。

軽い形容詞を冠していいようなものではなかった。

生命は、命懸けでなければ生まれないものだった。

愛によって誕生のきっかけを与えられ、愛にまつわるすべてを投入しなければ生まれないのが生命だった。

生命の重さは、愛の重さだった。



創られたものの価値は、創ったものが決定する。








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2007.05.22 A 「祝福の風」




赤ちゃんに感謝を。

この子は、今、わたしたちを親にしてくれている。
戸籍上のものではない。

私たちが親になるには、このすさまじい難産の過程が、絶対に必要だったのだ。








祝福の風が吹く。


振り返ってみれば、まる二日に及んだ出産。

それを支えてくださった、祈りの後方支援に心からの感謝を。
祈りによって吹いた幸運の追い風のおかげで、無事に自然分娩にて出産することができた。


破水、羊水汚濁の判明、救急救命センターのある総合医療センターへの転院、
破水しているのに訪れない陣痛、誘発剤の使用、12時間つづいた陣痛、
帝王切開の覚悟、夜明け前の分娩室、そして


5月22日・午前4時40分

3330グラム

女児誕生。









泣き声のすごく元気な、女の子だった。








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2007.05.22 B 「リアルタイム更新」



いろいろと考えなくてはならないことがあるが、赤ちゃん関係のことはそれだけに集中するとして、今回の出産で「おまけ」としてコメントしたいのが 、妊婦の夫による出産リアルタイム更新というものについて。

正直なところ、これはかなり難しかった。
ほとんど無理だと思っていたが、それでも振り返ってみれば「ある程度は」できてしまうものなのだなあ、と驚いている。

うちの場合、出産はゆきこさんと二人きり(医療関係者のぞく)で、しかもつきっきりだった。
1分から3分程度の間隔で襲ってくる陣痛のたびに、腰を揉んだりさすったりを繰り返す。
インターバルには、汗を拭いて、うちわで扇いで、カラカラになる唇を濡れタオルで潤し、新生児の様々な検査に関する同意書のサインをしたり、夜の2時くらいから前夜ろくに眠れなかったこともあって居眠りしたり。
この時間帯は、ゆきこさんもわたしも、陣痛の度に飛び起きて呼吸法とかマッサージを繰り返し、痛みが去ると同時に気絶したように眠る・・・という感じだった。

そんな中で、リアルタイム更新などできるものではない。

ただ、たまに内診など「旦那さんは外してください」と言われる数分間に、廊下でZERO3を使用してミクシイに投稿し、時間があればそれをコピペして掲示板に貼り付けていただけだ。 鈴木みそ氏が、昔自分のホームページでやっていたというような話を彼自身の漫画で読んだ気がする。前例があるので可能か、と思ったが、
実際にはとんでもない話だった。

更新しないほうが、楽だっただろうか。
だが、そのときそのときに感じたことを、ミクシイという外部記憶容量に逃がすことで、楽になれたような気が、しないでもない。


だが、もし、出産リアルタイム更新を考えているひとがいたら、わたしはお薦めしない。
妻は、そんな逃げ道などなにも選ばずに、やり通したからだ。






あと、

「ゆきこさん、サイトの掲示板とミクシイに、いろんなひとが応援と安産祈願の書き込みをしてくれているよ。日本中のあちこちにいる
鉄オタとかガノタとかロリ(以下略)どもが、祈ってくれてるよ!」

と正直な説明で励ますと、一瞬だけ
大変に味のある表情をなさった後で、力なく微笑んだりするからだ。





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2007.05.22 C「宇宙と魂」



生まれたのが、午前4時40分。
赤ちゃんの処置、ゆきこさんの処置など、誕生のあとしばらくしてから旦那はなにもできない時間があるので、その間に、二人の両親など、各方面への連絡をし、ミクシイを更新し、掲示板を更新した。

分娩室は、赤ちゃんのためにものすごく暖かく室温設定がしてあって暑いほどだった。
赤ちゃんを抱かせてもらったり、へその緒を預かったり、記念撮影したり、ゆきこさんがいつまでもいつまでも赤ちゃんをみつめていたりで時間が過ぎていく。
周りがテキパキとあと片づけに入っているなか、それは本当に、時間がとまったような感覚だった。




赤ちゃんは、生まれた瞬間は、
全身むらさき色だった。
頭が出た瞬間に泣く赤ちゃんもいる。肉体だけがでてきたようなその有様は、まるで死体だった。

ゾッとする瞬間。陣痛との戦いで、羊水汚濁のことを失念していた。「出てきてみないとわからない」というコメントが想起されたそのとき、

第一声が一瞬だけ弾ける。



思い返せば、光りが射したような瞬間。
魂がうまれた瞬間だった。

その後はすぐに沈黙してしまったのを、すぐさま先生が吸引をほどこしていた。もとより羊水汚濁の場合は、口中の汚濁を最初の呼吸で吸い込んでしまうことがある。ハラハラしながら苦しそうな声が漏れるのを聞いていたが、吸引がすんだとたんに、元気な泣き声が飛び出していた。

こころからの安堵。

「うわあ、やったよ、ないてるよ。大丈夫だったよ、ゆきこさん!」

ありとあらゆるものを使い果たした様子のゆきこさんは、なにも返事をせず、ただ静かに微笑んでいる。
いま、彼女はどんな感慨の中にあるのだろう。それが、口数の少ない彼女から語ることは無いと思う。

語らず、ただそこにあるだけの、生命を生みだしたものの姿。
まるで宇宙だと、その姿を思った。




6時ごろになって、看護婦さんの指導のもと、さっそく授乳をする。
消毒し、マッサージしてもらうとちゃんと初乳が出てきた。すごい。
赤ちゃんは強烈な吸い込みでぐいぐい飲もうとする。3330グラムと身体もおおきいせいか、よく飲む子になるだろう。
ゆきこさんは、これから医療センターに入院し、授乳の練習をすることになる。

いまはまだ滲む程度にしか出ないが、手入れとマッサージによって十分に出るようになるだろうとのこと。
それ専門の職種で「ちちもみ」というのがある。これに通うことで、中には仰臥している状態で天井に当たるくらいの勢いで母乳がでるようになる人もいるそうだ。




いまのところ、どこにも異常のない赤ちゃんだった。これから様々な検査があるので予断をゆるさないが、羊水汚濁と判明した時点で、最悪の場合には重度の障害が残るケースを想定していただけに、目があることが、鼻があることが、耳が口が手指があることが、そして生きて呼吸をしてくれていることが、どこまでもありがたかった。


その後、病室へ荷物を移動し、ゆきこさんも移動。
その間の赤ちゃんは、病院で預かってもらうが、基本的には母子同室らしく翌日にはベッドの横にならべてもらえそうだ。


長かった。
まる二日かかった。
でも、そのお陰だと思う。確信を持って言える。

ほとんど何も話さず、ゆきこさんと分娩台の上で赤ちゃんを見つめていたとき、一言だけその言葉を交わした。


「この子に、親にしてもらったね」

「・・・うん」













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2007年5月22日 午前4時40分に、3330gで生まれた晶について、上記の日記では、四柱推命のことが書いてなかったので、この場で転載しておく。

四柱推命といってもネット上のCGIによる簡単なものだ。
いまのところ、成長が早いのはわかるが性格的なものがまったく見えてこないので、多少でも参考になるのがありがたい。



四柱推命 - 鑑定結果


●気質

燃え盛る炎のような「プラスの火」の性質を持っています。
知識欲が旺盛で、名誉と理性を重んじるタイプです。
良い運勢を持っており、成長も速いでしょう。


●性格

[表面的性格]
利己主義的で自分のスタイルを貫くタイプ
行動は大胆で、チャンスにはとことん意志を貫きます。器用なところがあり、頭の回転が良いでしょう。好き嫌いがはっきりしていて、嫌いな人とは口も聞きません。しかし、才能や能力はきわだっていて、その能力を発揮できる環境では成功するでしょう。

[内面的性格]
リーダーシップがあり頼もしいタイプ
権威があり、正しい主張は堂々と最後まで押し通す頼もしい性格の持ち主です。また、独立心が強く、バイタリティーがあり、努力家です。さらに、ひとつのことに熱中するタイプで、あいまいさやごまかしを嫌い、納得がいくまでやらないと気が済みません。他人に対しても自分と同じものを要求する傾向があります。

[長所]
礼儀正しくまじめです。
活気がありやる気満々です。
また、多くの才能を持っているでしょう。

[短所]
派手好みで、目立ちたがりなところがあります。
正直で、おべんちゃらが言えず、反発を受けることもあるでしょう。


●恋愛運

保守的で理想が高い恋
あなたは華麗で、他人を引き付ける魅力を持った人です。恋愛相手はじっくりと選ぶタイプで、クールなところがあるでしょう。


●社会運

芸術と名誉を堅持するタイプ
コツコツと継続して研究するのが好きで、特に文学には才能を発揮します。人によっては、古典文学、習字、琴、茶道、日本舞踊などの古典的な芸術に秀でています。内面的な世界や思想を探求する力があるため、宗教家や思想家の道を志すのもよいでしょう。名声が得られ、指導者としての地位も得られます。特に学術方面で発展します。


●経済運

堅実で締り屋
無駄や浪費を嫌い、堅実に金銭を管理します。そのため、金運は安定しています。しかし、締まり屋でお金を上手に生かすことができない傾向があります。


●健康運

胃腸の病気に注意
胃腸が弱く、便秘や下痢などの症状となってあらわれます。目は良い人が多いです。ビタミンB1の補給や胃を丈夫にする滋養魚 「なまずのずっころ煮」をお勧めします。




CGIによるものだが、なんか、すごい。
いまさらだが、すごく激烈な感じのする子に育ちそうな気がする。

これは教育の腕が問われるなあ。なにもかもをハッキリと教えないと。


それにしても、これだと行動力とボランティア精神抜群な「晶」という名前は、火に油なのかもしれない。





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絵描きと管理天野拓美air@niu.ne.jp